酔っ払いの祝杯
智子視点です
「ってことでお疲れ様カンッパーイ!!!」
「いえーーーーーーーい!!!!」
ガチコンと祝杯の乾杯音を鳴らしたのは智子と富永だ。
行きつけの飲み屋で本当の意味で決着がついた状態で飲む酒は非常にうまい。
「はーおいしい。宮森一家が海外に逃亡してくれて余計においしい」
「いやだって憲史さま怖かったですもん。日本にいたら破滅させんぞって背中で語ってましたもん」
「それだけの力があるしねえ。にしてもほんと祝杯のビールは最高だわ!」
「ですよね~。しかも今日の私、なんとべろんべろんになれるんです!玲奈ちゃんは今日は玲子様と女子会らしいので!」
「お、いいじゃな~い。じゃんじゃん追加するわよ智子ちゃん!!」
「サーイエッサー!!」
智子が軽快に答えると二人は再びジョッキをカチンと鳴らす。
鷹司家不法侵入事件から2か月が経った。
あの後、宮森一家は1週間も満たないうちに海外に出たという。
雅紀がいなくなったことで、鷹司の圧力が無くなり宮森家は持ち直すまではいかないが、多少落ち着いたらしいが、宮森一家はうまくいっていないらしい。
甘やかされた美織も美里も英語が話せない。
不慣れな海外で美織は不満が爆発し、美里にいたっては終始あのプッツンした状態らしい。
雅紀は義務感からなのか愛情からなのか、どうにか修復を試みているらしいが上手くはいっていないようだ。
「そのうち美里、病院に入る事になるんじゃないかしら」
ふう、と焼き鳥片手にため息をついた富永に、智子は眉を寄せた。
「っていうかなんでその情報を光さんが持ってくるんですか?海外にも情報網があるんですか?光さんってどこかの諜報員なんですか??」
怪しい怪しいと思っていたが、まさか海外宮森一家情報を富永が持っているとは思わなかった。
智子も鷹司サイドから「問題無し」との報告は受けたが、ここまで詳しくはない。
思わず指摘した智子に、富永はハッ!と笑った。
「だーかーら、知り合いがね、なんかこう、やばい方の好奇心の塊っていうかね。なまじっか能力があるからさー。聞かなくても教えてくれるんだわ」
「その人なんなんですか…そもそもそんな人と知り合いの時点で光さんもやばいですけど」
「はー?やばくないわよ。やばかったらこんな所で社畜なんかやってないわよ」
「確かに」
富永の言葉に妙に納得して頷いたが、あまり答えにはなっていなかった。
だが酔っ払いなのであまり気にならない。
「それにしても、密度の濃い一年でした」
「あー…」
智子の呟きに富永は半笑いした。
ごく普通の社畜だった智子の元に訪れた謎の奇跡。
玲奈と繋がって助ける事を誓い、脳みそをフル稼働して玲奈に辿りついた。
そして仕事を抑えて引っ越しをして、玲奈の保護者に落ち着く。
振り返れば振り返るほど、一年でこなす内容ではない。
「なんか何年も経ったような感覚です…」
「お疲れさま…」
富永は憐れむように割りばし袋で智子の肩をポンポンと叩いた。
「…なんで袋で叩くんですか」
「手が届かなかったから」
「慰めが雑過ぎる…」
ジトっと見つめる智子を華麗に無視して富永はビールを飲み干した。
すかさず追加注文をした後に「そういえば」と呟く。
「あのテレビって、もう見れないんだっけ?」
「ああ、ストレンジTVですか? アプリはまだありますよ。でも玲奈ちゃんの端末が壊れた時点で、もうあの項目は無くなりました」
「結局あの現象ってなんだったのかしら」
「そうですね…」
今考えても意味が分からない。
「本来存在しないはずの玲奈ちゃんの物語が流れただけでも変なのに、繋がらないはずの端末が通じる謎…これってすごい話よね」
「確かに…玲奈ちゃんへの心配が大きすぎて深く考えてませんでしたが、普通にあり得ないですもんね」
「これが誰もいない空間で硬貨が浮かぶ~とかなら霊現象的に沙耶様なんだけど」
「霊で片付けるには規模がでかいですもんねえ」
暫く二人でうなっていたが、結局答えが見つかるわけもなく話題は鷹司家に移行した。
そこで智子は最近の悩みを富永に打ち明けた。
それというのも、鷹司一家が、特に玲子様が智子に好印象を抱いている事に由来する。
「実は今日の女子会、私も誘われてたんですよ」
「うわ…よく断ったわね」
「断る勇気って持ち続けるの大事だと思うんですよ…うっすら本性知られちゃってますし…」
ここ数ヶ月、鷹司一家と定期的に連絡を取っているのだが、どうやら彼らは智子を非常にお気に召したらしい。
しかも宮森一家不法侵入事件時に雅紀を殴った事でより気に入られたと言うのだから信じられない。
智子としては完全に失態だと認識しているため、気まずさは倍増しだ。
それなのに頻繁に食事に誘われるし、休日の玲奈の鷹司家お宅訪問時にも一緒にと言われる。
家で仕事が待っていると言ってなんとか断っているが、正直困り果てていた。
「どうしたらいいですか光さん」
「いや、今日もはっきり断ってるんでしょ。それでいいんじゃないの?」
「でも私のせいで玲奈ちゃんに嫌な印象持たれたら嫌じゃないですか! 角を立てずに全部躱したいんですよ!!」
無茶な智子の懇願に富永はうーんと首を捻った。
「それは無理でしょう。そうね、ひと月だと智子ちゃん死んじゃうから、4ヶ月に一度受けた後は全部躱す、って作戦の方が有効よ。そして「行きたいんですけど~」って空気を出しつつ、その期間を少しずつ、少しずつ伸ばしていくの。いきなりじゃダメ。相手が悟りつつも「こいつはこういう人間なんだな」って許してくれるようになるまでやりぬくの。根気よ、根気!」
「まさか具体案が出るとは思いませんでしたがそれ有効ですね。採用します」
「ありがとうございます」
「いえ、むしろありがとうございます」
採用の言葉に富永が頭を下げたので智子も倣って頭を下げた。
「あの、誤解の無いように言いますけど、嫌いとかじゃないんですからね?好きですし尊敬してますし」
「分かってるわよ。住む世界の違いって大きいもの。富裕層の中でも別格だしね」
「あー光さんがいてくれて良かったー! ちなみに4ヶ月に一回の時に光さんを連れてくので休み教えてくださいね」
「一回は約束したけど毎回は嫌よ」
「時給制で…」
「高いわよ」
「構いません」
智子が真剣に頷くと富永は呆れたようにため息をついた。
「仕方ないわねえ…」
「っっっやっっった!!!」
強力な味方を付けた事で智子は喜んだが、気が緩んでお酒を飲むペースが速くなり、翌日地獄のような二日酔いを味わう羽目になったのだった。