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老人の末路

「三条義政、無事追い出せたみたいね」

昼時の作業室。

お弁当片手に入ってきた富永の第一声に、智子はこくりと頷いた。

「はい。玲奈ちゃんの後見人も、三条義之に変えることが出来たみたいです。光さん、その節は本当にありがとうございました」

「いいのよ。動いたのは殆どあの秘書だもの」

よいせ、と富永は椅子に腰かけた。

「博打に勝って良かったわ」

ホッと息をついた富永に、智子は憲史と初めて会った日のことを思い出した。


あの日富永が提案したのは、玲奈を養子にした後、三条義政を失脚させるという計画だった。


ーーーーーー


高級料亭で憲史と家守と向かい合っていたあの時。

一体全体どういう経路から仕入れているのか謎だが、富永は三条グループの財政状況や一族の不和について知っていた。


三条義政が当主になって数十年、三条家はずっと義政の独裁状態だった。

気に入らないものは追い出し、利用できる親族は全て利用した。

権力を振るって女遊びを楽しみ、気に入らない人間は裏の人間に処理をさせていたらしい。

しかも三条グループの株や資産を好きに動かして莫大な損失を産んでは、宮森家に資金を強請っていたそうだ。

これだけ好き放題をして今の今まで当主の座に居られるのだから、独裁というものは恐ろしい。


ただそんな義政に対し、腹に逸物抱える人間は多いだろう、と言った富永に憲史も家守も頷いていた。

『だから義政の失脚を条件に、三条家に支援してはいかがでしょうか』


富永が提案したのは、支援をちらつかせ義政に玲奈の養子の件を持ちかけることと、正式に養子に入った後で義政を失脚させて後見人を変更するという事だった。

しかしこれに顔を顰めたのは家守だ。

『結局のところ、金を出せと言うのですか?』

智子が震え上がる笑顔で言った家守に、富永も笑顔で笑い返した。

『ええ。ですが後に利益に繋がるのであれば、構わないのではないですか?』

そう言って富永は書類を取り出して憲史と家守に渡した。

智子は中身を見ていないが、彼らが怪訝な表情を浮かべたのは見て取れた。

『これは三条グループの財務諸表ですか?』

その問いかけに智子は思わず声を上げそうになったが、なんとかこらえる。

富永が言うには、負債を抱える三条グループの中でいくつか利益を出している会社があるという。

それらは全て三条義政の三男、三条義之が束ねる会社だ。


ここ数十年ボウボウに燃えている三条グループの寿命は長くない。

だが三条義之が当主になれば状況が変わる可能性がある、と富永は続けた。

無謀な賭けではあるが、投資と考えれば悪くないのでは?と問いかけた富永に、憲史は難しい表情になった。

『それは随分な大博打ですね』

『ええ。ですから交渉の際に損失の額によって支援を打ち切る、という条件をつければいいのでは?向こうは喉から手が出るほど援助が欲しいはずですから、それくらいの条件は飲むでしょう。もっとも、私が思いつくような事、憲史様は既にお考えかとは思いますが』

穏やかに笑う富永に対して、憲史はすぐには頷かなかった。


『失礼ですが、あなたは玲奈さんをご存知なのですか?』

『いいえ。日永から話を聞いているだけです』

『なのにここまで調べ上げたのは何故ですか?これはそう簡単に手に入れられるものではないでしょう』

憲史の問いかけに智子も富永を見やる。智子としても気になるところだ。

そもそもどこからこんなものが入手できるのかすら謎だ。

『そちらの秘書の方のように、私にも調べる事に長けた友人がいるだけです。調べた理由は……そうですね。他人の子供を一人で引き取ると決めた後輩を手助けをしたいと思ったのと、面白そうだったからですね』

いい話になりかけたところに富永の本音が混じって微妙な空気になりかけたが、気を取り直した憲史は探るように富永を見据える。

『それだけで私に根拠の無い賭けに出ろと?』

『人間、得たいものを得るには犠牲は付き物です。そちらが本当に玲奈さんを思うのであれば、むしろ安い賭けなのでは?幸いな事にそちらには潤沢な資金がある事ですし』


ーー企画部全員が恐れをなす鬼の富永は、相手構わず動じぬぶっとい精神を持っているーー


そんな言葉がよぎり、智子の脳内でハードボイルドなBGMが流れ出した。


『むしろ私は、貸しだと思っておりますよ?』

そう告げた富永は、『ちなみに、お礼は弾んでくださると嬉しいです』と満面の笑みを浮かべた。


ーーーーーー


「あの時の光さんには痺れました」

「でも粗だらけ、穴だらけの提案だったからほんっと良かったわよ〜。粗を細かーくいなして穴を埋めたのは秘書と憲史さまだもの」

そう言う割には分厚いお礼を笑顔で受け取っているのだから、やはり富永は一筋縄ではない。

「それに義政が勝手に自滅してくれたしね」

富永の言う通り、これほどスムーズに事が進んだのは義政が自滅してくれたからだ。


賭けに出る前、憲史は偶然を装い三条義之と接触した。

さりげなく玲奈の話をふれば、義之が沙耶の件に罪悪感を抱いていることや、義政に対して憎しみを抱いていることが分かったらしい。

そこから本格的に機会を設けて憲史が説得をすると、驚くほどあっさり義之は了承したと言う。

宮森家から援助を打ち切られたにも関わらず贅沢をやめない義政に、一族の中でかなり不満の声が上がっていたらしい。

長男次男は心底義政に怯えて使えないため、親族の期待は義之に向いた。

義之にしても、沙耶の死をきっかけに義政を失脚させる機会を伺っていたらしく、鷹司家の申し出は渡りに船という状態だったらしい。


その後は義政が勝手に自滅した。

義政が金欲しさに自身が持つ非公開株を無断で売り渡したのだ。

本来であれば取締役会で承認を得なければならない株を無断で売買したことで状況が一変した。


本人はバレる前に買い戻すつもりだったらしいが、気付いた義之がすぐに買い戻した。

本人にその自覚はないが、義政は自ら権力を手放したのだ。


鷹司サイドが用意した書類にサインを書かせるのも容易かった。

義政が目を通した書類には確かに義政が不利になる事項は存在していなかった。

しかし確認のために義之が書類を受け取った時に、義之が本物と入れ替えた。

詐欺と言えばそうなのだろう。

だがこの前日、秘密裏に開かれた取締役会で義政は解任され、代わりに義之が会長の座を得ていた。

その義之のサインがあるのだから、問題になるはずもない。

力も持たない一人の老人が騙されたと騒いだとて、ボケが始まったのだろうと笑われるだけだ。


そうして先日、ようやく義政を家から追い出せたらしい。

義政は最後まで抵抗したらしいが、義之が力付くでねじ伏せたとの話を聞いた。

玲奈の件も最初はゴネたが、金をチラつかせる事で無事変更されたようだ。

義政はあまりに目先の金に弱い。その性根は生涯変わらないのだ。


義政は現在、関西地方のドがつく田舎に軟禁状態らしい。

死ぬまで苦労を強いられた沙耶を思えばぬるい処置かもしれないが、計画の段階から全員の意見は「やりすぎない」ことで一致していた。

あれだけ人の痛みに無頓着な人間が反省をするわけがない。

しかもやりすぎると、キレて何をするかわからない。

義政には権力の行き届かない地で静かに死んでもらうのが一番だ。

現に、義政は今までが嘘のように覇気が無くなり、日に日に衰えていってると報告があった。


富永本人は荒だらけと言うが、結局は提案通りに丸く収まったのは事実で、智子は改めて頼もしい先輩を見つめた。

「義政がいなくなったってだけで安心します」

「そうね。でも宮森の方は一応気をつけて。思った以上に自滅していってるみたいだから」

富永の言葉に智子は身を硬くした。


入念に準備をした義政への報復に対して、宮森側には殆どアクションは起こしていない。

たった一言、鷹司憲史が「今後一切、宮森と関わらない」と公言しただけだ、

裏工作もない、ひたすらシンプルな報復である。


それが殊の外、宮森サイドにダメージを与えているらしい。

玲奈との婚約で取り付けた案件が全て離れ、さらに馴染みの取引先が離れて言っているというのだ。


「宮森雅紀本人が出向けば変わるかもしれないのに、なんか部屋にこもってブツブツ言ってるらしいわ。仕事に関してはできる男だったらしいのにバカよね。今の段階で見切りを付けてる幹部もいるみたいだし」

「……光さんの情報網ってなんなんですか。怖いんですけど。その情報網怖いんですけど」

「ほほほ。持つべきものは調べるのが得意な友人よね」

「絶対一般人じゃないですよね……」

「大丈夫、バレるタイプじゃないから」

それは果たして大丈夫なんだろうか。

首をひねる智子に富永は「細かい事気にしてたらハゲるわよ」と笑う。


「それにしてもやあねえ。好き勝手に生きてた人間ほど打たれ弱いんだから」

「全くですよ。玲奈ちゃんの強さを見習ってほしいものです」

智子と富永は同時にため息をついたのだった。

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