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三条義政

「父上には当主の座から降りていただきます」

平坦な声で義政に告げたのは、三男の三条義之だった。

義之にはいくつかの子会社を任せていたはずだが、実子と言えど義政に物言える立場には無いはずだ。

義政は身の程を弁えない義之に顔を歪めた。


「お前は何を言ってるんだ。そんなの許されるわけが無いだろう」

「一族で話し合った結果です。貴方には、当主の座からも、三条グループ会長の座からも降りていただきます」

「馬鹿なことを言うな!!儂を当主の座から引きずり落とせる者などいない!!」

義政は怒りに目が眩んで激昂した。

ビリビリと室内に声が響き、秘書も使用人も恐怖に身を竦める。

しかし義之だけは平然と義政に微笑みかけた。


「出来るか出来ないかではありません。これは一族全ての総意です。本日、この場を持って貴方には退任して頂きます」

「無能だと思っていたがここまでとは思わなかったぞ、義之!!くだらない話は聞いてられん!今すぐここから出ていけ!!二度と三条の名を名乗れると思うなよ!!」

怒鳴りつけた義政に、義之は歪な笑い声を漏らした。


「貴方の時代は終わったんですよ、父上。利益どころか損失しか生まない当主の、会長のどこに存在意義があるのですか」

「鷹司家から支援を貰えるのは誰のおかげだと思っている!!」

「それはもちろん、姪の玲奈のおかげです」

「約束を取り付けたのは儂だ!」

「いいえ。貴方と、玲奈と、私です。鷹司家との契約時に私が同席したのを覚えてらっしゃいますか?」

「それがなんだ!! 判を押したのは私だ!」

「それは私も同じです」

義之は契約した際の書類のコピーを義政の前に並べた。


「鷹司家からの支援の条件は、玲奈を三条家の養子にして婚約を結ぶこと、そして三条家が利益を出すことです。もし利益を出せず損失が続く場合には支援を打ち切る、もしくは相応の対応を行う旨を書いてあります」

「なんだと!?」

契約時、義政は自分の不利になる文章が無いかじっくり見たはずだ。

そんなものはなかった、と言いかけて書類を見れば、確かにそれに準じた記載があった。

「馬鹿な」と呟く義政に、義之が乾いた笑いを浮かべる。


「金遣いが荒く商才がない貴方に、一族は見切りをつけることにしました」

「なにを言ってるんだ!この契約をしてから一月しか経っておらん!」

「そうですね。ですがこの数十年、懲りずに負債を抱えては宮森に尻拭いをさせていた貴方を、周りが信用するとお思いですか?正直、鷹司家からの支援が無ければ三条家は終わりです。ですから、私が貴方に変わって三条家を仕切ることになりました。貴方は見限られたんですよ」

そう告げる義之に、義政は怒りでブルブルと震えた。


義政にとって子供は駒でしかなかった。

死んだ女に生ませた子供は全部で四人いた。

長男の義照、次男の義孝、三男の義之、末の沙耶。

今まで子供たちが義政に逆らったことなどない。

幼い頃に嫌というほど痛めつけて身の程を知らしめてやったから、逆らえるはずもないだろう。

義政は実子に対して、そんな感情しか抱いていなかった。

現に長男も次男も義政の言いなりで、義之もそうだったはずだ。

なのに何故、こうして侮蔑したように義政を見下ろすのか。


「私が貴方に逆らうのが意外でしょうね」

そう笑う義之の目の奥に、仄暗い色が浮かんだ。

「小さい頃から貴方に従うのが当たり前だと思っていました。私だけでなく、一族の人間全てがね。でも沙耶が死んだ時に貴方が言った言葉を私は忘れない。覚えてますか? 沙耶が死んだと聞いて、貴方は沙耶を役に立たん娘だと、死なれたら金がもらえないと言ったことを」

そう言われて義政は「だからなんだ」としか思えなかった。


「その言葉を聞いた時思い出しました。婚約者に蔑ろにされて一人で部屋で泣く沙耶のことを。見捨てた自分のことを。そう、私は沙耶を見捨てた。貴方が怖くて、私は沙耶を、実の妹を見捨てたんだ」

義之は狂気を湛えた顔で笑う。

「私たちが沙耶を殺した。殺して、尊厳すら奪った。なのに貴方は、金のことしか考えなかった。実の娘が死んだのに」

呻くように義之は言葉を吐き捨てる。


「私は結婚して子が生まれ、貴方の異常さを知った。子を産んだ妻も、子も愛しかった。全力で守らなければいけないと思ったんだ。それで分かったんだ。貴方は異常者だ。人間ではない。沙耶だけじゃなく、玲奈すら利用してまだ肥え太ろうとする化け物だ!だから私は貴方を裏切ることにしたんだ!」

「この親不孝者が!!」

カッとなった義政は拳を振り上げた。

しかし義之はそれをすんなりと躱して、代わりに自身の拳を義政の顔面に叩きつける。

老いた義政の体は反動に耐えられず、勢いよく後ろに倒れこんだ。


「……簡単な事だったんですよ。私たち一族は、かつての貴方の幻影に怯えていた。でも一族にも財界にも、貴方を信頼する人間は殆どいない。そんな人間に怯えるのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい」

痛みに呻く義政を義之は見下ろした。

「今月中には家から出て言ってもらいます。ご安心ください。老後に相応しい穏やかな田舎での生活を保証いたします」


それだけ言って、義之は部屋から出ていった。

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