小さな奇跡
智子視点です
「申し訳ありません。玲奈ちゃんが眠ってしまったので、お会いするの明日でも大丈夫でしょうか？」
宮森家を離れた途端に崩れ落ちるように泣いた玲奈は、そのまま深く眠りに落ちた。
智子は玲奈の体を抱えながら、本来であれば今日これから会うはずだった鷹司憲史に連絡を取る。
とは言っても、実際に電話をした相手は憲史の秘書の家守だ。
あまりに深く眠っている玲奈を起こすのは憚られて、智子はそのまま新居に向かう事にした。
（今までのタガが外れたってところかな）
初めて対面した時の玲奈にはまだ大きな枷が付いていた。
その枷が外れてた玲奈は、今までの苦しみを吐き出すように泣いた。
見ている智子が辛くなるほどの悲痛な慟哭に、これまで玲奈がどれほど我慢を強いられてきたのかが伺える。
（せっかく玲奈ちゃんが全部吐き出せたんなら、ゆっくり休ませてあげないとね）
早々にこのまま玲奈を休ませることに決めた智子はすぐに家守と連絡を取った。
事情を説明して折り返しを待つと、すぐに予定を明日にずらしてくれた。
忙しい身だろうが、憲史も玲奈の体調を考えたのだろう。
（それにしても三条義政と会うのを明日にしてて良かった）
義政と玲奈の養子縁組手続きはすでに済んでいた。
玲奈が家を出た後、殆ど接する事は無いが、まずは挨拶に行かなければいけないだろう。
本音を言えば、玲奈に会わせたくはない。
義政は沙耶の人生を狂わせた男だ。
祖父だからと言って、玲奈への愛情も無い。
しかし、まだ義政にはこちらの動きを気取られたくはないのだ。
怒りに任せてせっかくの計画を崩されるのだけはいけない。
運転手の高坂に行先の変更を告げると、高坂はちらりと玲奈を見る。
「かしこまりました。マンションに着きましたら、私が玲奈さまをお運びしますね」
「あ、ありがとうございます」
さすが鷹司家の用意する人材は物腰も丁寧で気が利く。
宮森家の使用人に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
行先を変えてほどなくして、車は智子と玲奈の新居に着いた。
玲奈を新居のソファに寝かせて荷を降ろすと、高坂は帰っていった。
智子は一息ついて、ソファですやすやと眠る玲奈の頭を撫でた。
ベットに寝かせようかとも思ったが、目が覚めた時に智子が近くにいた方がいいだろう。
それにすでに用意されていたソファはベットかというほど大きい。
そもそも必要最小限に用意された家具はどれも智子では手が出せないような高級品だ。
このソファだって、安く見積もっても云百万はくだらない。
高級家具の展示会で似たようなものを見たが、目が飛び出る金額だったのを覚えている。
前準備があったため、智子はすでに一週間ほど前に鷹司サイドが用意した高級マンションに引っ越していた。
流石鷹司が所有するマンションはとにかく広くてオシャレだ。
こんなに部屋が必要なのかと聞きたくなるほどに部屋があるし、なによりセキュリティが万全だ。
その場所を無料で提供されている事に思うところが無いわけではな無いが、富永の言う通り好意に甘えた方がいいだろう。
玲奈には憲人の通う学校に転校してもらい、先ほどの高坂に送迎をお願いしている。
形式上ではあるが、玲奈は三条家の令嬢であり、憲人の婚約者になる人間だ。
それだけでも十分警戒に足るが、これからの事を考えて宮森雅紀や美里、義政が玲奈を狙わないとは言えない。
彼らは思い通りに玲奈を手放し、手に入れていると思っている。
だが、現実はそうではない。
今まで好きなように生きてきた彼らが道を阻まれた時に、玲奈を逆恨みしないとは言えない。
むしろ、彼らの自分勝手な性質を考えれば、十分に考えられるのだ。
目の前で眠る玲奈は幼い。
もうじき14歳にはなるが、彼女はまだまだ子供なのだ。
ずっと苦労してきた分、これからはただ幸せに生きてほしい。
未だに、なぜ智子が玲奈の物語を見る事が出来たのかは分からない。
番組表にも載っていない、カメラが設置されているわけでもないのに智子は玲奈と繋がる事ができた。
不思議な奇跡が起こった理由をこれからも知る事はないだろう。
けれど、自分が玲奈と救うために、出会うために繋がったのだと今は思える。
人と深く関わる事が嫌いな自分が、玲奈となら一緒に歩きたいと思えた事もまた、小さな奇跡だ。
そのことが、涙が出そうになるほど嬉しい。
「私と一緒に来てくれてありがとう、玲奈ちゃん」
智子は眠る玲奈を見つめて、胸がいっぱいになった。
