新しい朝に
玲奈視点です
目が覚めると、知らない天井が目に入った。
回らない頭の中で、ここはどこなのだろうと考える。
(私はいつ眠ったのかしら)
頭がぼんやりとしていて、思考が定まらない。
私は必死に眠る前の事を思い出そうと体を起こした。
「あ、起きたね。おはよう玲奈ちゃん!」
起き抜けに聞こえた声に、私は目を見開いた。
「智子さん…?」
どうしてここに、と言いかけたところで、私は自分があの家を出たことを思い出した。
けれどその後、私は今までに無いほど泣いてそのまま眠ってしまったのだ。
「も、申し訳ありません! 私あのまま寝てしまったんですね…」
「なんも気にする事ないよ~。寝る子は育つって言うしね。あ、何か飲む? 泣いて寝たなら喉カラカラじゃない? 水とリンゴジュースとコーヒーとお茶ならどれがいい?」
恐縮する私に智子さんは手を振って笑った。
その笑顔に安堵して、自分が指摘通り喉が渇いている事に気が付く。
「ありがとうございます。でも自分で…」
「ど・れ・が・い・い?」
寝ていた大きなソファから降りようとすると、智子さんは笑顔で私を制した。
「言ったよね。私は厳しいって」
「…リンゴジュースでお願いします」
私を甘やかすために厳しくすると言った智子さんは、宣言通り有無を言わせぬ空気だ。
答えに満足したのか、智子さんはキッチンにジュースを取りに行った。
それがなんだかくすぐったくて、私は口元を緩めてソファの背もたれに体を預ける。
そうして、自分が今どこにいるのかをやっとゆっくり見渡せた。
落ち着いた雰囲気の広い室内には必要最低限の家具が置いてあるが、全体的にがらんとしている。
けれど不思議と寂しい印象は無かった。
それどころか、薄手のカーテンから差し込む光の美しさに、泣きそうになる。
「はい、リンゴジュース」
「ありがとうございます」
差し出されたコップを受け取ると、智子さんは私の頭を撫でて再びキッチンに戻った。
当たり前のように撫でられるのに戸惑いながら、渡されたリンゴジュースを飲むと、喉が優しく潤って体に染み渡っていく。
(こんな感覚は初めて…)
温かい日差しと優しい味のジュースを飲みながら、智子さんがキッチンで料理をしている。
経験したこともないのに、懐かしいと感じるのはなぜだろう。
ジュースを飲みながらぼうっと智子さんを見ていると、私を見た智子さんと目が合った。
「玲奈ちゃんて嫌いな食べ物あったっけ?」
「いえとくには…」
言いかけて私は口ごもった。
嫌いな食べ物が無いかと言えば実はある。
気を使って無意識に否定しかけたが、智子さんは私に遠慮をしてほしくないと言ってくれた。
それに我慢して食べても、きっと智子さんは見抜いてしまいそうだな、と思い直す。
「あの、セロリと…フォアグラが駄目です」
どちらもあの独特の香りが苦手なのだ。
「セロリはともかくそこでフォアグラが出てくるのはさすがだね。でも了解! よくできました。えらいえらい!」
智子さんは私の一瞬の葛藤を読んだかのようににっこり笑って私を褒めた。
「いま朝ごはん作ってるからもう少し待ってね。落ち着いたらこれからの話もするから」
「朝ごはん…」
智子さんの言葉に私は動揺した。
そういえば先ほども智子さんは「おはよう」と言ったし、窓から差し込む光も明るい。
「……智子さん、私どれくらい寝てたんですか?」
「今が8時だから~えーと…20時間くらいかな?」
「20時間!?」
智子さんの言葉に私は思わず声を上げた。そんなに睡眠をとったことは今までに一度もない。
風邪を引いた時ですら、そこまできちんと寝た記憶は無かった。
「そんなに寝たの初めてです…」
「泣いたのと、気が抜けたからじゃないかな。いい事だよ」
智子さんは料理が盛られたお皿をソファ前のテーブルに並べながら、穏やかに笑った。
「人間ってさ、すーっごく頑張った後に安心すると、たくさん眠れるんだよ。心も体も休もう!って思うからかもしれない。だから、玲奈ちゃんの心と体が休もうとしてくれたのが私は嬉しい」
温かい智子さんの眼差しと言葉に、やっぱり私は少し泣きそうになる。
滅多な事では泣かない自信があったのに、いつから私はこんなにも涙もろくなってしまったのだろうか。
そんな私の感情が分かっているのか、いないのか、智子さんは優しい表情を浮かべて、私の頬を両手で包んだ。
「んふふ、ふにっふに」
そしてニヤニヤ笑いながら私の頬をふにふにとつまむ。
「と、ともこひゃん…?」
「ずっとこれやりたかったんだよね~。予想通り、玲奈ちゃんの頬っぺたすべすべのふにっふに!!」
「ええええ」
「あーたまらない~かわいこちゃんのほっぺた~」
「えええええ」
暫く私の頬をいじくった智子さんは、満足したのかうんうんと頷いてテーブルの前に腰を掛ける。
「さあて玲奈ちゃん、とりあえずご飯食べようか。これから玲奈ちゃんを連れまわすから、体力つけないとね! って言っても簡単なものしか作ってないし、味の保証はしない!!」
堂々と胸を張った智子さんの宣言に、私は思わず笑った。
そうして初めて一緒に食べた朝食は、今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。