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哀しい女性と企む女

『智子さん


信じていただけたみたいで良かったです。

家守さんの事は存じております。確かにとても凄い方だとお会いした時に思いました。

ですが優しい方ですよ。


そして憲史さまとお会いになるのですね!

なんだが不思議な気持ちです。私も緊張してしまいます。

でも智子さんなら大丈夫だと思います。


家も学校も、状況に変化はありませんが、美里が最近攻撃的です。

慣れてはおりますが、学校ですと美里以外もいるのでそれが少し辛いです。

学校が休みだと安心しますが、智子さんとメールできないのが悲しいです。


月曜日にまたメールします。


宮森玲奈』


ーーーーーーーーーーーーーー


「いい? 智子ちゃん。返答に詰まったら私が口を挟むから、変なことしちゃダメよ!」

「はい!ありがとうございます! ……ところで光さん、このお店ヤバくないですか」

「ヤバイわよ」

智子の問いかけに富永は低い声で答えた。

家守に指定されて来たお店は、智子が人生の中で行ったことがない高級料亭だった。

智子と富永が到着すると仕立ての良い和服を着た上品な中年紳士が、庶民の二人をVIP相手かのように案内してくれた。

もちろん智子も富永も職業柄、高級店のお世話になった事はある。しかし高級店としてのレベルが全く違う。

「ここでごはん食べたら破産しそうですけど」

「大げさよ。せいぜい懐にダメージくらうだけ」

「それがいやなんですけどー!!」

声を潜めてはいるが、軽口を叩きあえるのは案内されたのが個室だからだ。

「ここってあれですよね。政治家とかが密談したりするのに使用するようなあれですよね? 」

「元華族の社長様とこっそり話すにはうってつけじゃない」

ヒソヒソこそこそ話をしながらも、富永を連れて来て心底良かったと智子は胸を撫で下ろす。

智子も一張羅の高めのスーツ姿だが、富永はブランド物の高級スーツに身を包んでいた。

化粧もいつもの地味なものではなく、光沢のある黒のスーツに映える、くっきりとしたものだ。

智子よりもその姿が様になっているのは気のせいではないだろう。

年も役職も上の富永はもともと中途採用で、社歴で言うと智子よりも短い。

以前は大手広告会社に勤めていたらしく、大口クライアントと交渉することもあったらしい。

今でこそ制作に特化した部署で引き篭もりを称しているが、元々はゴリゴリのクリエイター様なのだ。

「私一人だったら孤独死してました」

「ふふん! そうでしょうとも! 私を崇めなさい」

「ありがたやありがたや」

「よきにはからえ」

至極真面目な表情でふざけていると、戸を叩く音がして二人は黙り込んだ。

どれだけ口先でふざけようとも表情を引き締めるのはビジネススキルと言える。

このスキルを身に付けると遠目から見る分には真面目に見えるのだ。

特に智子と富永はその技に長けており、外面帝王と呼ばれている。主に富永の課の人間達に。


「失礼致します」

先ほどの中年紳士が戸を開けると、麗しの鷹司憲史さまがお入りになられた。その後ろには恐怖の秘書であろう青年もいる。

品のある整ったお顔と、よく手入れされているであろう撫でつけられたキューティクル満載の御髪の憲史さま。

39歳という話だが、信じられないくらい若く見える。肌も白くて美しい。

ちなみに憲人さまの青い瞳はお母様の玲子さま譲りで、彼女はハーフ、憲人さまはクォーターにあたる。

対する秘書さまは絵に描いたような堅物の秘書だった。誰もが思い描く社長腹心の部下の堅物秘書。鋭い目は怖いがハンサムなお顔がたまらないといったところだ。


智子と富永は二人の入室に即座に席を立って名刺を取り出した。

「本日はお時間を頂きありがとうございます。改めまして日永智子と申します」

「ありがとうございます。鷹司憲史と申します。……そちらの女性は?」

「私の会社の上司です。今回の件を知っているため、来てもらいました」

「初めまして、富永光と申します」

富永と憲史が名刺を交換すると、後ろの男性とも名刺を交換する。

「鷹司の秘書の家守圭吾と申します」

家守と名刺を交換した智子と富永は意味ありげに視線を交わした。

特に深い意味は無い。ただ恐らく富永も「家守で、けいご、か」と思っているに違いない。

智子はどうも富永が近くにいるとどうでもいい事を考えてしまう。

「さて、立ち話もなんですから座りましょう」

憲史の言葉で全員が席に着いた。


有難いことに座敷ではなくテーブル席だ。脚の痺れと戦わずに済む。

「頂いたメールですが確かに玲奈さんだと分かりました。貴重な情報をありがとうございます」

「いえ、こちらこそご足労頂きありがとうございます」

メインで話すのはあくまでも智子と憲史なのだと、富永も家守も控えめに座っている。

それでも横に富永がいると思うだけで、智子は緊張する事なく話すことができた。

「それで私に協力してもらいたい事はなにかな?」

端的な問いかけに智子は目を丸くする。

「私と玲奈ちゃんとの関係を話さなくても良いのですか?」

「話す気は無いようですが違いますか? 玲奈さんもその部分を濁してましたからね。時間の無駄は嫌いで」

有難い事に、憲史は智子と玲奈の関係について言及するつもりは無いらしい。

追求されないのも怖いものがあるが、適当に誤魔化そうとしていたから正直助かった。

「そうですか…。ありがとうございます。それでは私も端的に申し上げます。玲奈ちゃんの祖父についての情報を頂きたいです。もちろん三条家側の」

智子の言葉に意外、というように憲史は瞬いた。

「三条家ですか。それはまたどうして」

「私は玲奈ちゃん側について詳しいのですが、玲奈ちゃんに関わりが無い人だとあまり知らないのです。なぜ沙耶さんが三条家と連絡を取らないのかずっと不思議でした。通常であれば三条家に助けを求めることも出来たはずです」

「ああ……」

憲史は口に指を当ててちらりと家守を見た。家守はそれだけで頷いてこちらを見据える。

「沙耶さまのお母上は既にお亡くなりになっており、お父上の三条義政氏とは、ほぼ絶縁関係になってました」

「絶縁関係……何故ですか」

「宮森雅紀との婚約を義政氏が強行したからです」

家守はきっぱりと言い切った。

「三条家は旧華族ですから家柄に拘っている方々が多い。しかし商才があまり無く、財政的には厳しい状態でした。そこに目をつけたのが宮森雅紀の父親、宮森雅彦氏です。彼は金銭援助と引き換えに宮森雅紀と沙耶さまとの婚約を望みました。彼らは三条家の血が欲しかったのでしょう。義政氏も最初は渋ったものの、結局は沙耶さまと宮森雅紀が10歳の頃に婚約を結んだ」

「それを宮森雅紀が拒んだ」

「はい。ですが最初は彼も沙耶さまと親しくしていたようです。変わったのは高校で斉木美織と出会ってからですね。婚約者の不貞を知った沙耶さまは義政氏に婚約の解消を申し出ました。しかし既に金銭援助は億を軽く超えてましたからね。同意できるわけがない。結果的に沙耶さまは宮森家に放り出されました」

「そんな……」

何故実家に助けを求めないのだろうと何度も思ったが、沙耶には理由があったのだ。

「宮森雅紀も最初は抵抗しましたが、斉木美織を本宅に置いて構わないという約束で沙耶さまと結婚したようです。ただ生まれた子供が男児ではなかった上、沙耶さまはお身体も弱く次のお子様への期待も無くなりました。さらに宮森雅彦氏が亡くなり血筋を望む人間が消えた。そうして沙耶さまの宮森家での立場は悪化してしまい、現在に至ります」


家守の話に智子は無意識に唇を噛んだ。

話を聞けば聞くほど、沙耶に落ち度は無い。それなのにあんな状態で亡くなったのか。

智子の中に怒りと自己嫌悪がこみ上げる。

「それで、なぜ三条家側の情報が知りたかったのでしょう?」

家守の問いに智子は言葉を詰まらせた。不仲だと予想はしていたが、ここまでとは思わなかったのだ。

「玲奈ちゃんを三条家の養子にしようとしていたんです」

答えない智子に変わって返事をしたのは富永だった。

「今の話を聞いてもそれが可能だと思いますか?」

家守が無表情に富永を見据えている。その瞳には呆れが混じっていて智子は顔を赤くして俯いた。

(私はなんにも分かってなかった)

自己嫌悪で吐きそうだ。話し合いでどうにかできるような話ではない。

しかし富永は意外な言葉を口にする。

「可能でしょう。今まで甘い汁を啜って生きてきた奴らを騙しさえすれば」

富永はにっこりと笑って憲史を見つめた。

「宮森雅紀と美織が結婚する事はご存知ですよね」

「もちろん」

「そうなれば三条家への金銭援助を宮森雅紀がすると思いますか?」

「それは無いでしょう」

笑う富永に対して、憲史もまた微笑んでいる。ハラハラしながら智子は二人を交互に見つめた。

「私もそう思います。今頃、三条家は焦っているでしょうね。どうやったら宮森家を繋ぎとめられるのか。だったら新しいパトロンを与えればいいと思いませんか?」

「……私に金を払えと?」

憲史が整った顔に冷笑を浮かべる。

智子の知る憲史は穏やかで優しいが、今目の前にいるのは巨大企業を経営するトップだった。

見返りもなく金を出せと?と微笑みだけで伝えてくる。その顔にただの一般市民の智子は内心で縮み上がった。

しかし富永は屹然と首を横に振って、同じように考えの読めない笑みを浮かべる。

「いいえ? 払ってもらえると、思わせればいいんです」

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