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日永智子と鷹司憲史

『ーー初めまして。私は鷹司憲史と申します。先ほど宮森玲奈の件でお電話されたのは貴女でお間違いありませんか?』


端末の向こうから聞こえる声には聞き覚えがあった。

ドラマの中でーー玲奈の物語の中で何度も聞いた声だ。

一つ違うのは、あの中では人柄を示すように穏やかだった声音が、威圧するような雰囲気を帯びている事だ。


てっきりあの秘書が折り返ししてきたのかと思っていたのに、まさかまさかの鷹司憲史さまご本人ではないか。


『……失礼ですが、聞こえてらっしゃいますか?』

思わず固まった智子はハッと頭を下げる。目の前にいるわけではないのに動いてしまうのは日本人の悲しい性だ。

「は、はい!申し訳ございません! は、初めまして、日永智子と申します。さ、先ほどお電話したのは私です」

動揺が完全に声に出てしまった。

「てっきり先ほどの方からだと思っておりました。その、折り返し頂き誠にありがとうございます」

『玲奈さんとは私も親交がありますから、直にお話を伺いたいと思いまして。それで、あなたは? 玲奈さんの味方と仰っていたようですが』

物腰が丁寧な割に、問い詰めるような口調だ。

さすが大企業の社長様は主導権を智子に渡す気が無いようだ。


「はい。怪しいのは百も承知です。ただご存知の通り、玲奈ちゃんの現状は良いものとは言えません。私はそれをどうにかしたいのです」

『随分と玲奈さんにお詳しいようですが、彼女とのご関係は? 彼女と連絡を取れなくなる前にあなたの名前を聞いたことはありませんが』

聞かれると思っていた問いかけに智子は無意識に頷いた。

「それはそうでしょう。玲奈ちゃんと私が会ったのは婚約破棄の話が出てからです。でも私はある事情で玲奈ちゃんを知っていて、彼女の環境を良くは思ってませんでした。そんな時、運良く玲奈ちゃんと知り合うことができたんです。関係としては赤の他人ですが、お互いの事はよく知ってます」

『ある事情というのは?』

「お電話では説明が難しい事情です」

『それで信用されると考えておいでですか?』

「そうは思っておりません」

怪しい人間が情報を秘匿しながら話をしているのだ。相手が焦れても無理はない。

しかし真実を言うのは今はまだ早いだろう。


「不躾ですが、あなたは玲奈ちゃんの味方でしょうか? 婚約破棄の件はお認めになっていないと伺いましたが本当でしょうか」

『それはあなたには関係のない話です』

智子が唐突に話題を変えた事に、憲人は少し苛立ったように返した。

「関係あります。先に言いましたが私は玲奈ちゃんの味方です。そのために協力をお願いしたい。でももし婚約破棄の話が進んでいるのなら協力は結構です。鷹司家に拒絶されたと知ったら玲奈ちゃんが悲しみますから」

随分と横柄な態度だと自分自身に呆れながら智子は話を続ける。

「玲奈ちゃんは今でも憲人さまが好きです。もちろんあなたの事も、奥様の事も。でも怖くて連絡ができないのは、拒絶されるのが怖いからです。拒絶されてしまえば今度こそ1人になると思っているから」

『拒絶などありえない。この3カ月、なんとか連絡を取ろうとしてました。妻も憲人も同じ考えです』

苛立ちを抑えた落ち着いた様子で憲史はきっぱりと言い切った。

「良かった……」

智子は思わず安堵のため息をついた。

彼らが玲奈を見限る事は無いと思いながらも、確信は無かった。やはり雅紀が勝手に動いていたのだ。

これで玲奈が一番傷つく事態は避けられる。玲奈が傷付くのは婚約破棄ではなく、彼らに捨てられる事だ。


「それでしたらお互いに協力できないでしょうか。一つ確かなのは、現在も私は玲奈ちゃんと連絡を取っている、という事です。端末が壊されていて一時期私とも連絡が取れてませんでしたが、今は学校のパソコンからメールで連絡を取り合ってます。ご希望であればお教えすることが可能です。実際に玲奈ちゃんにご連絡を取って頂いて、私と会っても構わないと判断してはいかがでしょうか」


長々と今までの話をするには電話では難しい上、どれだけ智子が言葉を尽くしたところで、信頼を勝ち取るの難しいだろう。

それならば玲奈と連絡を取ってもらうのが一番だ。鷹司家の真意が分かった今なら安心できる。


憲史から思案するような沈黙が流れた。あまりに長い沈黙に智子が焦れて声を出しそうになった瞬間、端末から声が響く。

『アドレスを伺います。玲奈さんだと確認が取れたらお会いしましょう。もし違えばあなたの会社に警告を出します』

「へ?」

智子は不穏な言葉に身を固めた。

(まだ勤め先も言ってないんだけど!? なに会社って!? ハッタリ!??)

そう思った智子の思考を読んだかのように、憲史は智子の勤め先を口にした。

(ヒッ! この短時間で身元がバレてる! なんで!? 怖い!)

端末を持つ手が思わず震える。


『私の秘書は優秀でして』

電話の向こう側で憲史は穏やかな笑顔を浮かべている事だろう。

緊張で汗ばんでいた智子の額からはダラダラと汗が溢れる。

「は、そ、そうですか。それは素晴らしい秘書さまで……。あの、今回の件は完全にプライベートなので、結論が出るまでは会社に何も言わないで頂けますと幸いです……」

『検討致します、日永智子さん。それではアドレスを』

「は、はい……」


アドレスを教えて電話を切った智子はバッタリと作業台に倒れ伏した。

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