表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/68

邂逅

「ウェーイただいまー」

我ながら飲み過ぎたと自覚して智子は自宅の玄関に倒れこんだ。


終電前には解散したものの、素面でなんかやってられねえ!と酒を煽り続けた結果、智子も富永も前後不覚寸前まで酔っ払った。

智子は玄関から寝室まで匍匐前進でずりずりと進む。


「シャワーめんどいなー明日の朝でいっかあー日曜だもんねえー」

酔っ払うと独り言が増えてしまうが、酔っ払いなので気にしない。

「あっ玲奈ちゃん補充してないじゃん! 玲奈ちゃん成分が足りない」

玲奈の世界と自分の世界が繋がっているという仮説は、酔った智子にはどうでも良かった。

とりあえず玲奈を観たいから観る。話はそれからだ。


なんとかベッド前までたどり着いて、ベッドの上に携帯端末と腕だけをボスッと乗せる。

「オープンザストレンジティーヴィー」

覚束ない手つきで智子はストレンジTVを立ち上げた。そしていつものようにチャンネルをクリックする。


チャンネルを繋ぐと、そこには端末を見つめる玲奈の姿があった。

あのクズ父の宣言通り、玲奈の携帯端末は使えなくなっていた。


それでも玲奈は縋るように、過去の鷹司家とのやりとりを眺めていた。

哀しみに満ちた玲奈の様子に、智子も悲しくなってしまう。


「ううう…玲奈ちゃん……」


そう智子が呟いた瞬間だった。

唐突に智子の画面にノイズが走る。


「ん? 接続不良!? やめてくれよー」


これじゃ玲奈ちゃんを見れない、と、智子が思わず端末を叩いた時だった。


「「え?」」


画面いっぱいに、今までにない近距離で玲奈の顔が現れた。


『きゃああ!!』


しかしそれは一瞬の事だった。

玲奈は携帯を放り投げたのだろう。今は天井が映っている。

酒の力で思考力が落ちている智子は、これもドラマの仕様なんだと感心した。


「今まで遠くからのカットで、急に間近に玲奈ちゃんを写すとか…やっぱり演出凝ってるのかな。それにしてもかわいいな玲奈ちゃん」


富永が言っていた仮説を忘れて智子は感心する。

やはりこうしてドラマとして観てしまうと、あの話が荒唐無稽に思えるのだ。

画面から消えた玲奈が何に驚いたのかわからないが、まさか自分を見たからではないだろう。

そういう演出なだけだ。


「あーでもこれが私と繋がってたらなー! 玲奈ちゃんは頑張ってるって伝えれるのに! 憲人さまは絶対玲奈ちゃんを好きだって言えるのに!」

『憲人さま…!?』

何に反応したのか、再び玲奈が画面に現れたのた。

こうして向き合う形になると、まるでテレビ電話をしているようだ。


へべれけの智子はすっかり楽しくなって、玲奈に向かって手を振った。

「やっほーい玲奈ちゃん! 私は日永智子でえーす! ふっはは!」

独り言を言う自分がアホらしくて智子は笑った。はたから見れば単なる変人である。


『ひなが、さん…? 貴女は誰ですか? どうして私を知っているんですか?』

不安げな表情で玲奈は智子の苗字を口にした。


「えっなんの偶然!? 同じ苗字とかスゴイ!」

智子は目を見開いて思わずはしゃいだ。

自分の事を読んでもらえた気になって、ニヤニヤと笑う。

「あーでも智子さんって呼んでほしい。それかお姉さま」

我ながら変態のようだ、と思いながら智子は願望を口にした。


『ともこ、さん…でよろしいのですか? 貴女は誰なんでしょうか』

画面の玲奈は不安な感情を押し殺して、屹然と智子を見据えた。

智子は名前を呼ばれた事で、さすがに単なる偶然だと笑えなくなる。


「え……?」


目の前に映る玲奈が口にしたのは、「ひながともこ」という名前だ。

そして玲奈は先程から、智子の言葉に反応していた。


「私が……見えてるの?」

『はい。見えてます。ひなが、ともこさん』

「うっそ……」

『私は貴女を知りません。会ったこともありません。なのに何故、私を知っているのですか?』


玲奈は睨むように智子に問いかける。

しかし言葉と表情の裏に恐怖と疑問が透けて見える。


それはそうだろう。

繋がらないはずの端末に突然見知らぬ女のアップが現れて、あまつさえ自分の名前を呼んで手を振っているのだ。

ホラー映画にもほどがある。


一気に酔いが醒めた智子は、冷静に状況を振り返った。

智子にしても訳がわからないのだ。

ドラマの主人公だったはずの玲奈と、こうして端末を通して対峙する。

そんなの誰が予想できるというのだ。


「……玲奈ちゃん」

『はい』

「先に言わせてほしいんだけど、私は怪しい者じゃないわ。いや……どう考えても怪しいよね。ええと……変態とか、幽霊とか、犯罪者とかじゃないのは間違いないわ。それだけ信じてほしいの」

『はあ……』


智子の言葉に、玲奈は怪訝な表情を浮かべていた。しかし智子だって、何が何やらちっともわからないのだ。

それにひとつ、確かめなければならない事がある。


「あー……私の事を話す前に、一つ変な事を聞いてもいい?」

『……はい』

「貴女は、宮森玲奈を演じている子役、とかでは無いのよね?」

『え?』

「私と話しているあなたは、ドラマの登場人物なんかじゃない。それであってる?」


智子は真剣に問いかけた。

頭のどこかでこれが壮大なドッキリなのではないか、という疑いが消えない。

問われた玲奈は戸惑ったように智子を見つめて、小さく頷いた。


『わ、私は、ドラマの登場人物なんかじゃありません。何を仰っているのかわかりません』

「そう……」


玲奈の返答に、やはりと思いながらも智子は言葉を選ぶ。

正直この状況を受け入れたとして、玲奈にどう伝えたらよいのかわからない。


しかしこれは願っても無いチャンスだと智子は気付いた。


誰か、誰でもいい。

この少女を助けてあげて。

いっそ、自分が。

何度そう思ったかわからない。


もし、この世界が繋がっているのなら。

同じ空の下で生きているのなら。


「玲奈ちゃん。気味が悪いかもしれないけれど、私はあなたを少しだけ知ってるの。あなたがどれだけ頑張り屋で強くて優しいか、あなたがどれだけ踏み躙られてきたのか」

『なにを……』

玲奈の言葉を遮って智子は言葉を続けた。

「私なんかじゃできる事は少ないかもしれないけど、私は玲奈ちゃんの力になりたい。でもすぐに私の事を信じろなんて言えない」


智子だって見知らぬ人間が訳知り顔で近寄れば警戒する。疎ましくすら思うだろう。

けれど諦められなかった。


助けるなんて傲慢な事は考えていない。

けれど大人である自分が、子供を子供として守りたいと思う事は間違っていないはずだ。

玲奈に与えられているのは乗り越えられる試練なんかじゃない。理不尽な差別だ。


「だから玲奈ちゃんにも私を知ってほしいの」

智子の言葉に玲奈は明らかに戸惑っていた。しかし戸惑いながらも、智子から視線を外さない。


何度も見ていた強い瞳だ。

こうして向き合えば黒の瞳は眩い光を帯びている。

その煌めきの、なんと美しいことだろう。


「繋がらないはずの端末になぜかこうして繋がったんだもの。奇妙な巡り合わせだと思って、少しだけ付き合ってくれないかな?」


智子は悪戯っぽく問いかけたが、内心はドキドキしていた。


玲奈が拒否すればこの不思議な奇跡はここで終わる。

嫌がる相手の人生に土足で踏み込む趣味はない。それでも可能性があるならかけてみたい。

もし玲奈の人生に少しでも関われたなら。


その思いが届いたのかはわからない。

しばらく黙り込んでいた玲奈は、意を決したように智子を見据えた。


『あなたが誰かわかりません。正直、怪しいと思っています。でも不思議と嫌じゃないんです』

「玲奈ちゃん……」

『私に、あなたの事を教えてください』



こうして、日永智子と、宮森玲奈の人生は繋がった。

次から玲奈視点に切り替わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ