夢
僕の最近のマイブームは夢を見ることだ。
と言うと、みな揃って首をかしげるのだが、僕がそう言うのにはもちろん理由がある。
僕が見る夢には不思議な特徴があるのだ。
端的に言えば、それは『ゲーム』。
夢の舞台は戦時中や裏組織内。魔王を倒すために様々な冒険を繰り広げたりするファンタジーの世界であることも多い。
他にも幾つかあるが、どれも『戦う』という要素が付随している。
だから僕はそれを『ゲーム』と例えた。
その夢の中で、僕は常に戦闘に駆り出されているのだ。
そして、自分が死ぬーーつまりゲームオーバーとなったとき、僕は夢から覚める。
それは長いことも短いこともあり、一番長いときで半日近く『ゲーム』を楽しむことができた。
そのときは寝過ぎだと母親に怒られたりもしたが。
説教中に『じゃあ、起こしてくれればよかったのに』と愚痴半分で言ったら『いくら起こそうとしても起きなかった』と大声で返された。
多分、『ゲーム』内で死なない限り目が覚めないということなのだろう。
ある意味では、死ぬまで途切れない『体験版』のようなものだと思うが。
短いときは本当に短くて、十分前後で夢が終わる。
そのときは当然寝直すのだが、次に見る夢はいつも違う夢だった。
だから、良いところでゲームオーバーになって、悔しいからもう一回といってまた寝ても無意味なのだ。
とはいえ、『ゲーム』の中にいる時間は現実を過ごす時間より圧倒的に有意義。
休みの日なんかはつい魔が差して父が使っている睡眠薬をこっそり飲んだりと、『ゲーム』に浸ることが多かった。
こんな話をしたところで誰も信じてはくれないだろうから、これは僕だけの秘密だ。
『ゲーム』の腕もだいぶ上達してきたころ、僕は病院の中で目覚めたことがあった。
どうやら三日の間寝続けていたらしく、どうやっても起きなかったために病院へ搬送したそうだ。
つい熱中しすぎてしまったとはいえ、周りに心配をかけさせてしまった。
反省しなければ。
それからまた数週間経ったころ、僕は魔法の使えるファンタジーの世界に降り立った。
そこでもまた、僕は魔王によって支配された世界を救うという目標を元に冒険を始めたのだ。
魔法が使える夢は頻度が少なく、なおかつ現実にない力を生み出すのは僕にとって大いに愉快なことである。
そのときはたまたま長期休暇中だったということもあり、僕は時間も気にせず『ゲーム』に励んだ。
何日経ったかは数えていない。
けれど僕は、ようやく魔王の元に辿り着くことができた。これまでに見てきた夢の中での経験の積み重ねによって。
装備や魔法も充実し、仲間も増え、いよいよ『ゲーム』も終盤だ。
ゲームオーバーに終わって悔しい思いばかりしてきた夢の世界で、その無念を晴らすことができる。
そして僕は、仲間を連れて魔王の前に立った。
倒した。ついに倒したのだ。
本当に辛い戦いだったけれど、僕は最大限の力を持ってして魔王を打破した。
世界は救われ、僕はエンディングを迎える。
夢中に駆け回ってきた冒険が終わる。
結構な時間が過ぎたはずだ。
また両親に迷惑をかけているかもしれない。早く起きよう。
……………………
そっと閉じた目を次に開いたとき、僕は依然として魔法の世界にいた。
疑問が生じると同時に、ふと気付く。
ゲームオーバー以外で『ゲーム』を終了する方法を知らないということに。
エンディングを終えたにも関わらず、夢は覚めない。
どうしてだろう。
いくら考えても答えは見つからない。
そのうち僕は、現実に帰らなくても良いのではないかという結論に至った。
常に人に縛られ、退屈な時間を過ごす現実にわざわざ戻る必要性はないのではないかと。
月日は巡り、年を数えられるほどの時間が経った。
僕は未だ『ゲーム』の中にいる。
たまに思うのは、今両親はどうしているのだろうかという素朴な疑問。
現実の僕は植物人間のようになっているだろうし、それはもう心配をかけるどころの話ではないのかもしれない。
だからといって僕が目覚める方法なんて知らないわけで、起きろと言われてもどうしようもない。
一度自殺を試みたことがあったが、次に目覚めた場所は現実ではなく『ゲーム』の中の教会だった。
もはや夢から覚めることを許さないということなのだろうか。
まあ、なんにせよこっちの世界には魔法があるし、戻ることに執着する理由などあるはずもない。
そう思った僕は、未知の魔法を知り、覚えることに熱中する日々を送っていた。
この世界は退屈という言葉を知らない。
この世界ならば、楽しく生きていけるのだ。
数年が経ったころ、僕は未踏の地を歩いていた。
それはいわゆる一人旅というやつで、見解を広げるための行動に過ぎない。
今いる場所は、樹木に満ちた密林の中。
人の気配はなく、不気味な雰囲気を伴っている。
そんな中、ふと水音が耳に流れ込んできた。
川か何かがあるのだろうと、気になった僕は音のする場所へ向かう。
そのうち、深く生い茂る木々の先に光が見えた。
どうやら森を抜けるようだ。
かき分けた先には確かに川があった。
澄んだ水が流れ、心地よい音が趣深く感性に響く。
大きくも小さくもないその川に沿って歩いていると、少し離れたところに橋が架かっていた。
それが人の手で作られたものだということは明らかだ。
ということは、すでにこの地は未踏ではないということになる。
もしかしたら、この先に誰かがいるのかもしれない。
そう思った僕は、気の向くがままにその橋を渡った。