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木偶  作者: のっぺらぼう
6/11

#06

やってきた警察は、夜中ということで簡単に現場検証と事情聴衆を済ませた後、家人に当たるのが実際には住んでいない藤沢だけだったので、明日必ず成人の居住者が署に来るようにと一言残し、男を連行して去って行った。その時点で、サイレンの音を聞きつけた付近の住民たちがより一層、何事かと集まったが、既に藤沢から事情を話されていたひとびとが代わりに説明をしてくれたのと、車庫の落書きを見て、事情を理解してくれた。

現場が解散されて、建物に戻る頃には既に日付が変わっていた。もともと徹夜するつもりだったとはいえ、疲労を感じ、高校生四人は少しぐったりしながら、居間に座り込んだ。

「悪い、何だか大事になっちまった」

藤沢は()びたものの、もともと一悶着(ひともんちゃく)あるかもしれないということで来ていた美月たちである。騒動自体をどうこう感じることはなかった。そもそも大事になって一番苦労が増えるのは、間違いなく藤沢である。

「あの侵入者の言ったこと、近所のひとにも聞こえていたよね。おかしな噂を立てられたりしないか」

美月は気に掛かっていたことを口にした。男の声が近所の各戸にまで届いていたからこそ、隣家の主人は武装してやってきたと思われた。そしてその内容が根拠の無い罵詈雑言(ばりぞうごん)であっても、面白くおかしく騒ぎ立てる輩というのは、どこにでも一定数いるものである。藤沢は不機嫌そうに口を引き結んだ。

「…近所で何か言われるようなことになったら、それはあいつの親が何とかすることだろ」

ややあって、藤沢はそう吐き捨てた。ルリ嬢の姿をした使鬼(しき)を侮辱した侵入者に腹を立て殴り掛かって行った割りには、淡白というか冷淡な態度だった。というより、美月には藤沢が、男が言った言葉…ルリ嬢が金銭と引き換えに知らない男性とお茶を飲む商売をしている…を真実として(とら)えているように見えて当惑した。坊坂と八重樫も、藤沢の突っぱねた態度に戸惑った表情を見せている。友人たちの表情を見て、藤沢は少し顔をしかめつつ、言葉を選んで、続けた。

「悪い。態度悪いな、俺。でも、俺、正直、あいつも、再婚相手も、嫌いなんだよ。だから近所で何言われようと、どうでもいいって言うか…」

近所のひとたちは皆、藤沢を知っている。それにも関わらず、郵便受けには藤沢の名前がない。その点で、友人たちは充分に事情を察することが出来ていたので、藤沢がルリ嬢とその実母を嫌うことは理解出来た。ただ美月としては、ルリ嬢が補導対象もどきの方法をとってまで金を必要としていたことがどうしても気になった。おせっかいだとは理解していたが、少し考えると、己の鞄からルーズリーフを一枚取り出して、出来るだけ女性らしい文字で、靴のことや、女性専用の消耗品のことを挙げ、ルリ嬢と母親の関係に気をつけて欲しいという旨の文章を書いた。それを女子生徒が手渡しで手紙をやり取りするときに使う、長方形の四つ角の二つを内側に折り込んだような形に折り畳んだ。

「これさ、親戚の女性から、とでも言って、ルリ嬢の担任にでも渡せないかな?担任が男性なら養護教諭とか体育教諭の方が良いけど」

男性教諭だとピンと来ないか、対応を誤る可能性があると思ったのだった。藤沢は少し眉を上げたが、不快そうな表情ではなく、素直に手紙を受け取った。

「養護教諭の方がいいな。担任知らねえし。養護教諭、変わってないなら、親父の再婚相手と俺が一騒動あったとき、味方してくれたひとなんだよ。担任なんか、ごたごた起こすな、って、(ひで)え態度だったのによ。結局、中二の途中から、ばあさん…父方のばあさん…のところに住むことになったから、転校して、それきりなんだが。本当、あのときは、友達(ダチ)とか、幼馴染みにも避けられたから、救われた」

後半は独白になっていた。

「…中学、同じところに通わせているんだ…」

「ああ、絶対その中学がいいって、でも俺が在学しているのは嫌だから辞めろ、って」

美月が反射的に口にした問い掛けに、藤沢は律儀に答えた。

「…そうか。ところで、明日、親父さんは何時頃帰宅するか、分かるか?」

それまで無言だった坊坂が、少々強引に割って入って話題を変えた。藤沢は首を傾げた。

「状況の説明をするのに、誰かいた方が良いと思う。親父さんに説明した後で、お(いとま)しようかと」

「ああ、そうか。遅くなると、大変か」

坊坂と八重樫の次の目的地は、ここから結構な距離がある。遅くなってから出立すると、その日のうちにたどり着けない可能性があった。

「俺だけ残ろうか?坊坂と八重樫は早めに出ないといけないだろ」

美月はそう提案した。美月の自宅へは、最悪、夜になってからでも帰り着ける。

「俺は、別に明日はどこかに泊まって観光したっていいから、何時でも気にしない」

八重樫はそう言い出した。夏休みのこの時期に、都市部で高校生を受けて入れてくれる宿泊施設があるかどうか疑問だが、八重樫は宿が無ければ野宿でも(いと)わない(たぐ)いである。坊坂も明日絶対に帰省しなければならないわけでもなく、話し合いの末、全員で藤沢の父親に事情を説明してから、解散しようということになった。

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