#04
坊坂は台所に現れた女子中学生姿の使鬼を一旦隠すと、本体である木偶と、リモコンで点く卓上照明を居間の掃き出し窓から出たところにあるウッドデッキに置き、仕込みを完了した。日中、日のある間は目視で、夜間は物音と、門扉から玄関をつなぐ階段にある、センサーで感知して足元を照らす庭照明の点灯で、それぞれ不審者を確認した後、使鬼として発現させて、相手の反応を記録することになった。専用の機器がないので、坊坂と藤沢のスマートフォンの動画撮影機能と卓上照明頼りになってしまうが、こればかりは仕方が無かった。
今後の段取りが決まってしまうと、特にしなければならない事も無い高校生四人は、冷房の効いた部屋でごく普通に課題を片付け始め、数時間後、疲労と飽きが来ると、ちょうど映画専門チャンネルでアクション映画特集が組まれていたのでそれを見始めた。映画が終わる頃には夕食の時間になっていて、スーパーで買い込んできていた食料を平げる。どうにも埃一つ乗っていないテーブルや染み一つないソファを使う気になれなかったので、床に直に新聞紙を広げた上に、惣菜が広げられた。台所から電気ポットをまるごと移動させて、居間の電源で熱湯を湧かして、カップ麺の容器に注ぐ。台所で入れると、居間まで運んでくる間に、万が一にもスープをこぼす可能性がある。それを考えて取られた手段だった。余り健康的ではない食事だったが、四人とも不満はなく、食事を終えた頃には太陽はほとんど沈んでいた。家の中にひとがいることを悟られないように電灯は点けない、と取り決めていたので、薄暗い中、包装紙や発砲スチロールの容器、箸や紙皿、空のペットボトルを一纏めにすると、部屋の隅に置いた。
以降は何をするにも全て暗闇の中で行うことになる。交代での見張りと睡眠が提案されたが、置かれた普通ではない状況に、一同そろって興奮気味だったので、結局、全員で徹夜ということになった。液晶の光も目立つので、テレビもスマートフォンも当然使用禁止で、何をしようかと考えた結果、百物語が始まった。もっとも、美月と藤沢は早々に知っている話しが尽きてしまったので、八重樫と坊坂が交代で話す形に変化していった。寺育ちの二人は流石に本職というべきか、話題が豊富だった。
がしゃんという金属のぶつかる物音に、美月がはっと身を起こしたのが、夜中の十一時頃だった。冷房対策で持ってきていた長袖の薄い上っ張りを着込んだ上に掛けられていた、他三人のパーカーや薄手の上着が床に落ちた。怪談を聞いている途中で疲れを覚えて横になったのだが、そのまま眠っていたらしい。美月の目に、ブラインドの隙間から、外を見やる三人の姿が映った。坊坂と藤沢はしっかりとスマートフォンを構えている。と、庭が明るくなった。先程の音は門扉なり柵なりを誰かが乗り越えた際に上がったもので、その誰かが階段のところまで来たらしい。美月は四つん這いで窓辺に寄ると、三人と同じ体勢で、外の様子をうかがった。
門扉を入ったすぐのところに、人影がひとつあった。姿形から判断するに男で、坊坂より少し背が高いくらいの中肉中背である。首の辺りと手元で、きらりと照明が反射されて、光った。首の辺りは装飾品だろうが、手元の方は凶器かと一瞬美月は身構えたものの、すぐに時計だと分かって息を吐いた。
ほぼ同時に、視界が遮られた。卓上照明が点灯し、開き切っていた美月の瞳孔を軽く焼いた。まぶしさに細めた美月の目に、ウッドデッキに立った女子中学生の後ろ姿が入った。
「っひいっ!」
幽霊でも見たかの様な悲鳴を上げ、侵入者は跳び上がって驚いた。声もなかなか大きかったが、声の調子が非常に高かったので、窓硝子越しでもしっかり届いた。美月が、使鬼が邪魔にならない位置に移動して再度庭を見ると、一瞬の驚きから覚めた男が、顔を歪ませて、庭に乗り込んできたところだった。
「…ってっめ!金!金出せ!金はどうした!」
品の良くない声で、男は怒鳴りつつ、使鬼に迫った。ウッドデッキは庭より二三段、高い位置に設置されている。もちろん乗り降りのための段があるのだが、男はそれに気付いていないのか、ウッドデッキ越しに使鬼の胸ぐらを掴んだ。ウッドデッキ分、使鬼の位置が高いので、掴んだ手はほとんど万歳するような、不安定な体勢である。
「なめ、やがって!分かっ、てんの、かあ!てか、一回ヤらせろこらああ!」
怒鳴りつつ、揺さぶる。使鬼は、当然ながら恐怖など感じることも無いので、侵入者の動きに合わせて、無反応に前後に動かされているだけである。もっとも、美月としては、例えその立場に自分がいたとしても、同じような反応になると思った。男は単に下品で不快なだけで、凄むというには余りに迫力不足である。だが、だからといって、良い気分ではない。そして美月よりも気分を害した者がいた。大抵一番先に短気を起こす八重樫より今回は早く、藤沢が臨界点に達した。スマートフォンを投げ出し、木製のブラインドを引きちぎる勢いで押しのけ、窓を破壊せんとばかりに引き開ける。張り出し窓から飛び出ると、こちらもウッドデッキの柵越しに男に殴り掛かった。
「うおっ!?」
侵入者は一声叫んで、使鬼から手を離して退いた。元々大柄な藤沢は、自分より低い位置にいて背も低い相手に、上手く対応出来ず、男を掴むべく伸ばした手が宙に漂った。その伸ばされた右腕を藤沢のすぐ後に飛び出した八重樫が、両手で抱え込んだ。左腕は坊坂が抱え込んだ。そのまま二人で、藤沢の巨体を窓側に引き戻した。
「有段者が怪我させたらまずい」
坊坂が藤沢を小声で宥めた。藤沢は聞こえているのかいないのか、気の弱い者ならそれだけで震え上がる表情で、坊坂を見、正面に視線を移して侵入者を睨め付けた。睨まれた男は、喉の奥で詰まらせたような悲鳴を上げたが、一拍置いて、藤沢が押さえつけられて動けないことに気付くと、ひきつった顔でげらげらと笑い出した。
「へっ!そいつの彼氏か何かか!?知ってるか、一回五千だぞ!みっなさあん。ここのお、ガキは一回五千円でヤらせてくれますよお!」
藤沢の顔がどす黒く染まった。坊坂も八重樫もはっきりと藤沢から漏れ出す殺意を感じ取り、戦慄した。藤沢が暴れ出し、二人が、共に押さえきれないと感じ、藤沢の腕を折ることを頭に過らせた。侵入者は、藤沢の殺気に当てられて真っ青になり、逃げ出そうと一歩後ろに下がった。その時、横手から水流が走った。下がりかけたところに大量の水を顔面に受けて、男は顔を押さえて、よろめいて、膝をついた。玄関から出て、ホースを構えた美月は、容赦なくその顔面を狙って水を掛け続けた。水圧の強弱を変更可能な型で、普段は庭の散水に使われているのだろうが、今は洗車などに使う、最大水圧に設定してある。手足に当たってさえ相当痛かった。男は腕で顔をかばって、硬直していたが、突然、意を決したのか、逃げ出すべく水流の元とは逆に向かって駆け出した。美月は水を足に向けた。もともと芝生で傾斜もある。男は喜劇を思わせる動作で間抜けた声を上げつつ、見事に滑って転んで、庭の柵に衝突した。男は尚も逃げ出そうと、両手を柵に掛け、体を支えて立ち上がろうとしたが、駆け寄った美月は勢いそのまま、問答無用で、背後から男の股間に向けて、華麗な踏み込みと共にフリーキックを蹴る要領で蹴りを入れた。ぐぼっ、というくぐもった声があがり、男の顔と濡れた上半身がべしゃりと地面に付いた。美月は片方の足で男の背中を踏み付けた。
「これ、どうする?」
その体勢のまま、ウッドデッキの上で半ば呆然としてる三人に声を掛けた。