#01
年毎に何人か、遭難者を出しているであろう下手に造られた迷路よりも複雑で、およそ思う通りに進むことが出来ない駅構内を、十代半ばから後半と思しき四人組が歩いていた。先頭は二人分の荷物を軽々と抱えた大柄で体格の良い男で、次に片掛け鞄以外は手ぶらの、中性的な顔立ちの少年、その後に少し遅れて、必死で前二人の後を追って歩く、小柄な男子と、中背の若者、の四人だった。小柄な方は、左右に鎮座する、土産物や駅弁を扱う店舗や、或いはすれ違い、或いは追い越して行く種々雑多な人々をきょろきょろと物珍しげに見回しているために、中背の方は、引いているキャリーバッグを、その車輪で行き交う人々の足を引いてしまわないように必死で操っているために、遅れがちだった。
床は磨かれ、電飾は輝き、空調機能がしっかりと作動している。これでもかというほどに現代の技術が集約され、一糸乱れぬ律儀さで動いているが、駅舎の建物は赤煉瓦の瀟洒な外観である。ただ、今回、この四人組は乗り換えのみの利用で来ているので、外側からその佇まいを味わうことは出来なかった。
四人は、居心地の良い駅構内を縦断し、階段を上ると、在来線の一つのプラットフォームに出た。途端、それまでの心地よさから一転、元からある暑気に加えて、下から、上から、大都会特有の、室外機から排出された熱気と、アスファルトとコンクリートの照り返しが襲いかかってきた。線路も、電線も、全てが風ではなく陽炎で、揺らいでいる。
「うあ」
それまで顔を輝かせていた小柄なものが、顔をひきつらせつつ、うめきを上げた。その後ろの中背のものは、声こそ上げなかったが、同じく顔がひきつっている。
「乗っちまえば、問題ない」
先頭を歩いていた大柄なものが、余り慰めにはならない言葉を掛けた。納得したわけではないだろうが、両者ともうなずいた。幸い、程なくして、軽妙な音楽が流れ、橙色を特徴とする、独特の色合いの車両が入って来た。四人は他の乗客とともに、客車の中に吸い込まれて行った。
四人は前から順に、藤沢賢一郎、須賀光生、八重樫郁美、坊坂慈蓮、という名前である。前から二番目は生物学的には雌性で、名前の字も実際は美月と書くが、訳あって性別を偽って、他の三人と同様、座生学院高等学校という少々特殊な全寮制男子校の第一学年に在学中である。学生が夏休み真っ只中の八月初めのこの日、四人はそれまでの休暇を過ごした、八重樫が小、中学生時代を送った地方の小さな寺を発ち、ここまでやって来た。当初の計画では、八重樫は休みの間中、藤沢と美月はもう数日をその寺で過ごす筈だったが、諸事情あって滞在が不可となり、解散、となりかけ、そこでまた事態が急変した結果だった。
昨日、全員が翌日の出立を控えたその日のちょうど昼食後の休憩中、座布団を枕にして寝転がってスマートフォンを眺めていた藤沢は、メッセージアプリに新しい連絡が寄越されたのに気付き、内容を液晶画面に表示させて、顔を曇らせた。その、余り良くない表情のまま体を起こすと、しばらく操作に没頭した後、顔を上げ、縁側に向かって声を掛けた。
「須賀は明日、何時に出る予定だ?」
縁側で、柱に背をもたれかけさせて、新聞のテレビ欄を眺めていた美月は、その問い掛けを少々不思議に思ったものの、午前中の余り早くない時間を答えた。
「なら、途中まで、一緒に行く」
「は?」
美月は思わず間抜けた声を上げて、新聞紙から目を上げた。美月は首都圏だが非・首都にある自宅に戻るつもりだった。学院に戻る藤沢と、確かに途中までは同じ経路なのだが、何せ学院は、最寄りの駅から自家用車で二時間以上、自治体のバスを使うと三時間を越える場合もある集落から、更に自動車で一時間、という辺境の地にある。明日、藤沢が美月と同じ時間に出れば、その日のうちに着くことは出来なくはないが、夜も更けた頃になってしまう。
「親から連絡来た。親の家に一泊する」
藤沢は端的に状況を説明してくれた。
「何かあったのか?」
既に寮には明日戻ることを伝達済みである。わざわざそれを曲げてまで、家に立ち寄らなければならないようなことが発生したと思い、美月は心配そうに尋ねた。藤沢は不機嫌そうに答えた。
「うち、親父が子連れ同士で再婚してるんだけど、再婚相手の連れ子が、おかしなのにつきまとわれているんだと」
「その連れ子さん、女の子なの?」
美月の連続した問い掛けに、藤沢はうなずいた。
「中学生。そいつと再婚相手は、もう親父の実家に避難済み。入れ替わりで親父が出張から戻ってくる筈だったんだけど、延びた。家が誰もいない状態になると、何をされるか分からないから、明日一日、泊まってくれだと」
藤沢は身の丈六尺越え、体重百キロ前後、強面の格闘技経験者である。おかしなの、に対して配置しておくには格好の人材である。ただ、その点を考えても、美月は少し不信感を抱いた。
「藤沢の親の家ってどこなの?」
都内の郊外との答えを得て、ますます美月は不審に思った。学院は文字通り人里離れた場所にあるし、今滞在しているこの寺も、地方の余り交通の便が良いところではない。どちらからにしろ、都内まで出るには半日を潰すことを覚悟しなければならない。それなのに、いきなり翌日に一泊しろとは、いくら夏休み中の学生相手とは言え少々横暴な物言いというか、こちらの予定を無視して掛かっているのではないかと思われた。美月は新聞紙を床に置いて座り直し、藤沢の顔を見やった。
「俺も一緒に泊まろうか?その変なのが来たら、藤沢が牽制して、その隙に俺が警察呼べるし」
都内郊外からなら美月の自宅も近いので、すぐに帰ることが出来る。そもそも明日絶対に帰宅しなければならないわけでもないので、美月はそう提案した。
「いや警察には、連絡するなって。よく分からないけど相手が同じ中学生なのかもな。でも、そうだな。俺一人よりはいいかもな」
藤沢は少し考える様子を見せた。
「もし、大所帯でも受け入れ可であれば、俺も行くけど。牽制要員で」
八重樫と二人、新しく購入した地図を見ていた坊坂が、口を挟んできた。口調は藤沢を気遣っているようだが、口うるさい親戚連中が待ち構える実家への帰省を、一日でも遅らせたがっているだけにも思えた。
「三人も四人も一緒だと思えるのであれば、もう一人」
八重樫も参加を打診してきた。八重樫は、明日、母親がこれから住み込みで働くことになる別の寺に一緒に行くことになっていたのだが、その辺りはどうにでもなるらしかった。
藤沢は三人の顔を一通り眺めると、無言でスマートフォンの上に指を滑らした。
「全員、頼む」
ややあって、藤沢はそう言いつつ、スマートフォンの画面を示した。美月は縁側から這ってきてのぞき込んだ。太い眉とはちきれそうな頬をした、見切れている大人の手と比べて随分大きい赤ん坊の写真のアイコンからの、『友達3人泊まっていいか?』という問い掛けに、『構わん』と、背広に黒帯を締めた絵のアイコンが答えていた。
「あ」
予定の変更を坊坂が電話で実家に、八重樫が庫裡にいる母親に、それぞれ伝えている間、突然、藤沢が声を上げた。まだ弟妹が野外学習に行っているので、元々明日帰ることを伝えていなかったために手持ち無沙汰になっていた美月は、驚いて藤沢の顔を見た。
「布団の余分がないかもしれん。というかどこにしまってあるのか知らん」
「いいよ、夏だし。床と屋根があれば問題ないよ」
恐らく自分以外の二者も気にしないだろうと思って、美月は勝手に友人代表として口をきいた。