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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ドルセット界物語

雪に沈む

作者: とにあ
掲載日:2014/06/23

 

 あの日も白い雪が降っていた。

 私の銀の月……輝ける太陽……


 彼女に初めて接したあの時も……



「あら、目が覚めたの? 大丈夫? 辛くはない?」

 彼女はぼんやりとした意識しかない私に心配そうに尋ねてきた。

 最初に感じたのは質素だが暖かな場所ということ。

 同時に安全な場所だと……理由もなくそう思った。

 次に目に入ったのは彼女の怒ったような優しい笑顔。

「聞いてるの! 起きてるのはわかってるんですからね! どこの里のこだか知らないけど、挨拶や、意思表示をしなくっちゃだめじゃない。どんな状況でも、ネ」

 彼女は茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せた。

 そして私は安全を確信した。

 ……彼女は私が誰か知らなかった。

 短く切り揃えられた白銀の髪、淡い蒼の瞳。

 少しその蒼い瞳が私には珍しかった。

 私のそばにいた人たちの目は黒か、淡い茶色、琥珀色というところだったから。

「だいじょうぶ?」

 彼女が心配そうに私を覗き込んできた。

「え?」

 蒼い瞳がすごく近い。

「大丈夫ね。頭も打ってるのかと思っちゃったじゃない。えっと、知ってるかもしれない けど、あたしはジルクラレンス・ルフェール。ジルでいいわ」

 彼女はすっと離れると明るく笑って自己紹介をした。

 蒼い瞳が軽くひそめられた。

「……口、きけないの? あなたの名前は?」

 私は慌てて名乗ったんだ。

「イリュー・セクテア・ハイランド」

 つい本名を……

 彼女は気付かず、明るい春の日差しのような笑顔を私に向けてくれた。

「イリューね! 春までにはきっと良くなるから、また旅に出られるわよ! もう少し落 ち着いたらあなたの里のことや外のことを話して頂戴」

 彼女は明らかに誤解していた。

 後で指摘すると彼女は照れくさそうに笑った。

 明るく気さくな彼女が私は好きになった。



「その仔はパパローニ、あたしが孵したシャドリの子供。まだ大きくなるのよ」

 馬よりもほんの少しだけ小ぶりな鳥を指して彼女はそう言った。

「このターバルの里ではこれを馬がわりに飼育しているの。あなたのトコは?」

「う、馬かな」

 私の答えにジルは神妙に頷いた。

「普通そうよね。馬とかロバとか、なのにね、砂地の里では蛇を騎乗用に飼育してるんですって。信じられない。あ、見た事ある?」

 私は誤解した状態のまま言葉を続けるジルに首を振って見せた。

「あら、そう。バクフェルトは見て来たんですって」

 バクフェルトとは私の命の恩人で、友人、同時にジルを捨てた彼女の元婚約者だ。

 彼のことを言うときには彼女は寂しげになる。

「私が住んでいたのはナーキフ、ここより北にある山国だ。聞いたことはある?」

 ジルは顔を輝かし頷いた。

「知ってるわ! 白い街並みにあかあかと燃え立つ松明と、華やかで奔放な娼婦たち、高 みにそびえる王城と愛と復讐の女神の神殿!」

 子供のようにジルは知ってる知識を披露した。

 窓の外には雪。



 私は彼女と4年の月日を過ごした。

 移動し、己を鍛え高める民族であるターバルの民には珍しく、ジルは移動を嫌った。

 定住を好んだ彼女は私が居ついた事を喜んでいるようだった。

「居着いてもいいのかい?」

 夏のある日に尋ねると彼女は笑った。

「嬉しいわ。怪我人に、老人、子供くらいですもの。この里にいるのはね」

 それから腰に両手を当てて睨みつけるふりをした。

「たとえ、あなたがなぁんにも出来なくったってね」

 そう、私は彼女が言うように何もできなかった。

 料理なんて厨房に立ったこともないし、家の補修なんてどう手をつけたらいいかわからない。

 掃除だって人がしてくれるものだった。

 彼女はそんなことを気にした風もなく、親鳥のように私の世話をしてくれた。

 そして冬のある日に息子が生まれた。

 付けた名前は『イリュージン』私はいつまでもあの土地に居れると錯覚していた。

 子供と、ジルと、ささやかな家庭の中で……。



 秋のあの日、バクフェルトがやってきた。

「イリュー」

 彼は真剣な眼差しで私を見、ジルとイリュージンを部屋の外へ行かせた。

「どうしたんだい。バーク」

 嫌な予感が背中をざわりと這い上った。

「ハイランドの2老人が亡くなった。お前を本格的に探し始めている」

 私はそのときどんな表情をしていたんだろう?

 凍りついた感覚が全身を包んでいた。

 信じられなかったのだ。すぐには……認めたくなかったのだ。

「……父上と母上が?」

 バクフェルトは頷いた。

「……戻らなくては……」

 私は無意識のうちにそう呟いた。

 バクフェルトは静かに頷き、私の肩を掴んだ。

「わかってると思うがジンとジルは置いていくんだ」

 私は彼の言葉に彼を見た。

 真剣な眼差しは私ではなくジルのことを気遣っての言葉だった。

 何を言えたろう?

 戻れば私を待っているのは妻と国主としての務め。

 白く美しい私の故郷……。

 私の『妻』妹イリス。

 国を出た時はまだ12になったばかりの妹。

 私の子を産み育てることだけを望んで育った妹。

 同じ灰色の髪、淡い茶色の瞳。花と小さな生き物が好きな無邪気な妹。

 守らなくてはいけない……。

 ……何を?



「バーク、ジルとイリュージンを……」

 彼は静かに頷いた。

「わかってる」

「バーク、聞いてくれ。私は、国を変える。変えてみせる。そして……」


      2人を迎えにくる……


 言葉は続けられなかった。



   白い雪が降っている。


   すべてを覆い隠す白い雪が。


「お兄様。イリス王妃は身ごもりました。……わたくしも……これからもハイランドの血は続きますわ。安らかにお眠りくださいませ」

 薄茶色の髪の女はそう言って微笑んだ。

「そして、いつか復讐を果しますわ……」


 混濁する意識の最後は愛しい妻の姿や声でなく、腹違いの妹の声。

 その決意を止めることも、真実を見ることもなく、君に、ジルクラレンス、君に……帰ることが……できない。


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