戦火の中での出会い~ロシア編~
「う、う~ん。いたたたた。ここはどこ?コックピットじゃないことは確かね。」
ソフィアは自分の居場所を確かめるように周りを見わたす。グリセリドが少し後ろで
倒れていた。ソフィアはグリセリドのところに走っていき、耳元で
「いつまで寝てんのよ。起きなさいよバカ。」
と大声で叫んだ。
「どうしたソフィア君。ん、ここはどこだ。ジークフリードの中ではない
みたいだが。」
「知らないわよ。私だってほんの数分前に気が付いたんだもの。」
「それは悪いことをしたなソフィア君。数分とはいえ、君を見知らぬ土地に
一人ぼっちにしてしまったことは謝罪しよう。寂しかっただろう、
不安だっただろう。この俺様の胸に飛び込んでくるがいい。」
「黙れ、やっぱ寝てろ。」
そう言ってソフィアはグリセリドに鉄拳をお見舞いした。
「痛いじゃないか、ソフィア君。それはそうとやはりここは奇妙なところであるな。」
そういってグリセリドは足元を見る。足元はまるでドライアイスが立ち込めて
いるようであり、ひざから下はそのもやで見えなくなっていた。
「やっぱ、私たち死んだのかしら。」
「それはないだろう、ソフィア君。」
ソフィアの意見をきっぱりと否定するグリセリド。
「なんでそんなに自信あるのよ。」
「死、すなわち意識の喪失。今、俺様はソフィア君。君と会話している。
つまり、意識がある。つまり俺様はここにいる。そして君もここにいる。
それはまだこの世に存在しているという証明だ。」
「まったく、あんたのポジティブさには呆れるわ。」
そういってソフィアは大きくため息をついた。
「では探索だ。」
そういってグリセリドは道なき道を歩き出した。
「ちょっと待ちなさいよ。あんた道わからないでしょう。」
「それは凡人の考えることだ。この天才の前では通用しない。なぜなら道は
俺様の後ろにできるからだ。」
「ほんと、バカなんだからあんたは。まあ、あそこで止まっていても仕方ないしね。」
1時間ほど歩いただろうか。二人の目の前に人工物らしきものが見えてきた。
二人はそれに駆け寄るとそれは、見たこともない文字らしきものが書かれた
石版だった。
「何よこれ。こんだけ歩いて見つかったのはへんてこりんな石版一つなんてね。」
グリセリドは、石版をじっと見つめていた。
「なんか分かったの。」
「ううむ。なんて書いてあるかさっぱり分からん。この天才にも解けぬものが
あるとは。」
グリセリドは石版を前に頭を抱える。
「こういうのって解読書みたいのが必要なんじゃないの。」
「妙なのだ。この石版の文字は。」
「私の質問はスルーかい。いつものことだけど。で、どう妙なのよ。
分かるように説明して。」
グリセリドはソフィアのほうに向きなおして
「よくぞ聞いてくれたソフィア君。まずこの1行目の文字列を見てくれ。
ここではこの文字群の後にこの文字が来ている。しかし3行目では違う文字が
来ている。」
「それって単に前置詞みたいなもんじゃなくて。」
「そこが凡人の考えるところよ。だが良く見るが良い。文字の形そのものを。」
ソフィアはグリセリドの指す二つの文字を見比べた。
「よく分からないわ。形が違うのは分かるけど。」
「いいか。一行目の文字はこれも含めてすべて、左から書かれている。
しかし3行目のこの文字は右から書かれているのだ。」
「あ~、確かにそうね。全部ミミズみたいなだけど文字の右側が払われているわ。
でもこの文字だけは左側が払われているわ。」
「それだけじゃない。この文字は最後の部分が少し折れて下に払われている。
おそらく、この文章は、例えるとロシア語、英語、フランス語がミックスされて
書かれたようなものに違いない。」
パチパチパチパチ。突然、後ろから拍手する音が聞こえてきた。二人が振り向くと
そこには女性が立っていた。ロングヘアで金髪。左手には杖を持っている。
「何のヒントも無しにそこまで分かるとは、あなた何者。」
「俺様を知らないだと。俺様は神に選ばれし超天才、グリセリドだ。覚えておく
がいい。」
「バカ!初対面の人にそんな挨拶があるか。どうもすみません。こんな奴なんで
気にしないでください。ちなみに私はソフィアと申します。」
女性はくすっと笑って
「面白い方々ね。ところでグリセリドさん。超天才というからにはこの世界に
ついても興味あるんじゃないかしら。」
女性はグリセリドを挑発するように話しかける。
「もちろんだ。現在、俺様に分かっていることは俺はまだ生きていることだ。
そしてこの世界は時間の流れが極めて不安定であるということだ。」
「ちょっと待って。時間の流れが不安定ってどうして分かるのよ。」
グリセリドの突拍子もない発言にソフィアは驚く。
「これを見ろソフィア君。」
ソフィアはグリセリドがはめている腕時計を見た。
「あんたねえ、なんでぜんまい時計とデジタル時計がセットになっているのよ。
しかもずれているし。戦闘中に壊れたんじゃんないの。」
「これだから凡人は困る。俺様は、ここに来たとき二つの時計は同じ時間を
さしていた。でも今はずれている。よいかソフィア君。機械が精密になるほど微々たる違いに影響を受ける。それがこの結果なのだよ。」
「じゃあ、ぜんまいはへぼいから影響をうけなかったってことね。」
「そういうことだ。どうだ、そこ女よ。」
女性は不敵な笑みを浮かべながら
「かなりいい線ついているわ。グリセリドさん。あなたの推測は正解よ。
この世界はラピステレス。お二人から見れば夢の世界に当たるわ。そしてここは
ラピステレスの最奥地よ。夢を見ている人間や夢の住人ですら、めったに来られない
場所なのに生身の人間が来るとわね。前に女の子の魂を連れてきたことはあったけど」
「天才に凡人の常識など通じないということだな。」
「来たくて来たわけじゃないでしょ。バカ」
すかさずソフィアがグリセリドをど突く。
「あなた達、仲がいいわね。もしかして恋人同士?」
「そんな訳ないじゃないですか。これと付き合うくらいなら蛙のほうがましよ。」
「ふふふ、そういうことにしておくわ。さて本題に参りますか。グリセリドさん。
あなたの推測どおり、この世界の時間は不安定です。そしてあなた方の世界の理とも
違う世界です。それ故、今まで数え切れないほど宇宙は生まれ、滅んできましたが
ラピステレスは影響を受けませんでした。そして、この石版も前の宇宙の遺産です。
いくつ前かは分かりませんが。そしてこれは石版の解読書です。」
そういって女性は本を五冊、ポケットから取り出した。
「これをあなたたちに渡すわ。正直言うと解読書を読む解読書が必要なんだけど、
それがどこにあるか分からない。それにこの世界、宇宙と同じくらい広いから
探す気にもならないの。だから石版の内容、分かったら教えてくれない。」
「なんの、これしきの謎。俺様の頭脳にかかれば朝飯前の夕飯前だ。
首を長くせんでもすぐに解いてやる。」
と調子に乗るグリセリド。
「あら頼もしい。ではお願いしますね。帰りは私がお送りいたします。
ではこちらへ。」
二人は案内された魔方陣に乗った。すると魔方陣から光があふれ二人を包み込んだ。
気が付くと二人はコックピット内にいた。
「元の世界に戻れたみたいね」
「そのようだな。よかった、よかった。一件落着。」
何気なく位置を確認したソフィアは思わぬ位置に目を疑った。
「ねえグリセリド。ここウラジオストックらしいわよ。」
「なにい。そんなに飛ばされたのか。あの凡人との戦いで。」
「そうみたいね。それはそうと石版の文字どおするの?。解読するんでしょ。
ちゃんと解読書も持っているし。」
グリセリドからの返事が返ってこない。
「どおしたの、神に選ばれし天才さん。」
「石版の文字、メモするのを忘れた。」
一瞬、コックピット内が静まり返った。が、
「バカじゃないのあんた。肝心かなめを忘れるなんて解読もくそもないじゃないの。やっぱバカだわ、あんた。」
ソフィアの大声で再びコックピット内は騒がしくなった。




