突然の訪問者
季節は三月。まだまだ肌寒いが春の足音が近づいてくる季節に勝手にそいつは
やってきた。
「タナトス、お前は具現化は可能か」
マヤがタナトスに質問する。タナトスは死神のためほとんどの人間には見ることが
できない。マヤはその例外の一人だった。
「はい、もちろんできます。普通はしないですけど。」
タナトスの答えに
「これから私たちはある人のところへ行く。お前は私が合図したら具現化しろ。」
きょとんとするタナトスを見てマヤは
「分かったな」
ときつめにいった。じろりとにらみつけられたタナトスは
「はい」
と小さな声で返事した。マヤ達が目的地に向かっている頃、何も知らない二人は
格ゲーに夢中になっていた。
「とりゃあ、必殺。天竜斬。」
坂井の絶叫が六畳間にこだまする。
「なんのこれしき。」
すました声で岩本がこれをかわす。
「ちょっと岩本。そりゃあ卑怯だろ。」
技をかわされた坂井が文句を言う。
「坂井の動きは直線的だ。かわすのは容易。」
岩本はそういうと坂井の使っているキャラクターにコンボを叩き込む。そしてKO。
「まだまだ修行が足りんな坂井。」
「ちくしょう。もう一回だもう一回。」
そういって坂井がキャラセレクトしていると
ピンポーンとインターホンが鳴った。
岩本がインターホンの画面を見ると、そこには見知らぬ女が一人立っていた。
「どちらさまでしょうか」
岩本の問いかけに対し女は
「マヤ・ルクレールです。お父様が持っているという古本について
お聞きしたいことがありまして。」
マヤにとっては賭けだった。彼にとぼけられる可能性もある。また岩本にとっては、
火星探査でしか話したことのないことを知っている女に対して警戒を抱いていた。
しばしの沈黙の後、岩本は
「マヤさん。失礼ですが、あなたの出身国をお答えいただけますか。
拘束するつもりはありませんのでご安心を。」
この男、分かっていて聞いているな。仕方がないな。
「エスパレス出身だ。」
マヤのその答えに
「分かりました。少々お待ちください。」
そういうと岩本はマヤを招きいれた。
「岩本、もしかしてお前の彼女か」
坂井が茶化すのも無理はない。突然、女が来たとなればそう思うのが普通だ。
だが岩本は
「いや、初対面だ。」
とそっけなくいった。どうぞといって岩本がお茶を三人分用意するとマヤが
「すまないが、もう一人分用意してくれないか。」
と要求してきた。
「了解した。」
岩本はマヤの要求どおりもう一人分のお茶を用意した。そろそろ頃合か。
タナトス具現化を。マヤはひそひそ声でタナトスに命じる。
四つの湯飲みがテーブルに置かれ三人が席に着いたときマヤの隣が突然、
光に包まれた。かと思うと光は消え、代わりに漆黒の翼を持つ黒いワンピースを着た
少女が登場した。
「すげえ、どんな手品だよ。マヤさん。しっかもすっげえ可愛い子。
名前なんていうの」
坂井が驚愕の声を漏らす。
「こ、これは手品ではないな。」
岩本も驚きの声を示す。
「は、はじめまして。タナトスと申します。」
緊張した面持ちのタナトスに対しマヤは
「こいつは死神だ。ちょっとしたきっかけで知り合ってな。一緒に行動している。
今の葉タナトスの具現化術だ。普通の人間にはこいつは見えないからな。」
死神、具現化術、聞きなれない言葉に岩本と坂井は言葉を失っていた。
先に言葉を発したのは岩本だった。
「それより、本題に入ろう。死神についてはさっぱり分からない。ただ火星で
経験したことから推測すると今の現象は起きてもおかしくはない。」
「ちょっと待てよ岩本。俺を置いてきぼりにするな。なにがなんだかさっぱり
分からん。」
坂井の混乱がいっそう増した。
「分かった。火星での体験をあとで話そう。いいなマヤさん。」
「分かった。許可する。ただし、これっきりだからな。」
「感謝する。」
そして本題が始まった。
「これは親父の古本のコピーだ。原本は親父の家にある。」
岩本がレポート用紙をマヤに渡す。一通り目を通したマヤは
「なるほど、火星の石版と同じだな」
マヤは石版の写真を岩本に見せた。
「確かに同じだ。しかし疑問だ。なぜ千年も前に発掘された石版を今頃になって
必死に解読し始めたんだ。」
岩本の疑問に対し
「その情報には嘘がある。一つは千年前に発見されたのではなく、千年前に
運んできたのだ。もう一つはこの石版は千年前でなく、現在の宇宙ができる前に作られたものだ。」
あまりの突拍子もない説明に
「なんだそりゃ。そんなファンタジーな説明されても困るぜ、なあ岩本。」
「あ、ああ。たしかにファンタジーな説明だ。だが嘘をつくならもう少しまともな
嘘をつくはずだ。」
「やはり信じられんか。まあ、無理もない。最初から信じてもらえるとは
思ってもいない。今日は石版の文字と古本の文字が一致するかを確認しに
来ただけだからな。一致が確認できただけでも成果ありだ。協力感謝する。
あとこれは今日の礼だ。受け取ってくれ。」
マヤはCDを一枚岩本に渡した。
「これはアメリカにハッキングしたときに得た情報だ。何かの役に立つだろう。
それでは失礼する。」
そういってマヤとタナトスは岩本のアパートを後にした。二人を見送った後、
先ほどのCDを再生した。そこにはアラスト星人に脅迫されているアメリカ大統領の
姿が映し出されていた。
2028年3月25日残り318日




