飛行試験
2月16日快晴。バレンタインデーは何事もなく平日であった我々坂井、赤松、笹井
岩本の四名はT―7の飛行場の前に集合した。
ついに飛行試験の日が来たのだ。試験監督である黒川教官が一人ひとりの名を呼んだ。
「坂井!」
はい、と俺が大声で返事すると教官が
「昼間に星が見えるようになったか」
と聞いてきたので、月しか見えませんと俺は答えた。続いて、赤松、岩本、笹井が順に点呼され俺と同じように冗談めいた質問を受けていた。岩本に対する冗談はきつい気がしたが。
「お前ら、冗談はこれくらいにしてソロソロ試験を始めるぞ。いいか、何事も自然体が大切だ。過度の緊張は体と頭を硬直させる。それでは飛行機をまともに操縦することはできない。それが数分前のお前らだ。」
さすがベテランの教官だ。新米の状態などお見通しだったのである。そして
「岩本、さきほどはすまない。」
と黒川教官が頭を下げると
「自分は大丈夫であります。」
力強く返事した。が、俺ら三人には詫びはなかった。俺らは腑に落ちなかったので文句を教官にいうと
「リラックスしすぎだ、バカモン!」
と怒鳴られてしまった。そんなやりとりが終わりついに飛行試験が始まった。問題ない。
今までどおりやればいいんだと俺は自分に言い聞かせながらT―7に向かった。まず後方そして前方の安全を確認して操縦席に座った。目標に向かい直進。今日は風もなく穏やかな天気のおかげかまっすぐ順調に進んだ。そのまま順調に飛行機は速度を上げ、徐々に機体は重力に逆らい地表から飛び立った。一回目の離陸は成功だ。その調子で目標地点まで飛行し一回目の着陸のため飛行場を目指した。この着陸はたいしたことはない。着陸地点の安全を確認してから俺はゆっくりと速度を落とし飛行場にたどり着いた。本来なら完全に静止しなければいけないのだが、この試験ではそれをせず、そのまま二度目の離陸を行うのである。次の着陸は大変である。なぜならエンジンを自分で切り、不時着しなけれならないのである。先ほどと同じ経路を飛行し、ついに指定の場所に着いた。
俺は一呼吸するとおもむろにエンジンを切った。とたんにあたりが静かになり、聞こえる音はプロペラと機体が空気を切り裂く音だけになった。高度も先ほどよりも上げている。問題ない。そう思うと心に余裕ができ、横をみて見ると一羽のかもめが併走していた。どうやらあちらは鉄の塊が飛んでいるのが気になるご様子でときどきこちらをちらちら見ているようにも感じた。まあ、そう感じただけなので本当のところはかもめに聞かないと分からないが。やがて俺が乗る練習機が飛行場に無事不時着を終え、飛行試験は終了した。
次の日、試験結果が発表され我々4人は全員合格し、次のステージとなる
T―4練習機の訓練と移行した。 2026年2月