ついに帰国
やくざの二人組みが看守の女の言いつけを守っておとなしくしてから数日後、
新たなる罪人がやってきた。
「私、何か悪いことしたんですか。」
抗議の声を無視し看守の女は
「不法入国よ。捕まって当然じゃない。」
と冷たく言い放つ。
「私、今まで色々な国に行ったけど一度も捕まったことはありません。
だいたいどうしてあなたは私が見えるのですか。」
抗議の声はまだ続く。看守の女は
「そうね。あなたの言うとおり普通の人間ではあなたを認識することはできない。
それはエスパレスとしても例外ではない。あなたのような特殊な存在を認識できる
システムはエスパレスでさえ存在しない。でもあなたは私はあなたを認識できる。
許可なく我が国に入ってきたものを見過ごすわけには行かないからね。
あきらめなさい。」
手錠をつけられた抗議の主は観念したように看守の女の後についていった。
そしてやくざの二人組みの手前の牢屋に収監された。
「姉さん。その女の子いったい何やらかしたんですか」
兄貴と呼ばれる男が看守の女にその罪人について聞いてきた。興味を持つのも
無理はない。見た感じは15、6歳顔立ち、黒のワンピース、そして背中には
漆黒の翼があるのだから。
「あなたも私が見えるのですか」
捕まった少女がおそるおそる聞くと
「見えるも何もそこにいるじゃないか、なあ相棒。」
兄貴と呼ばれる男が相棒に話を振ると
「兄貴、頭大丈夫ですか。誰もいないじゃないですか。」
相棒のほうが心配そうに兄貴のほうを見る。
「何言ってんだ相棒。現に目の前にかわいこちゃんがいるじゃねえか。」
兄貴は相棒に必死になって説明するが相棒は取り合わず
「いないものはいないじゃないですか。からかうのもいい加減にしてくださいよ
兄貴。」
そういうと相棒はやってらんないというようにベッドにもぐりこんでしまった。
「姉さん、いったいどうなってるんです。そのお嬢さんはいったい何者なんですか」
兄貴が看守の女に尋ねると
「私が聞きたいわよ。お前、名はなんという。」
少女に話を振ると
「私、タナトスといいます。いちおう死神です。」
「だって。ところでお前たちの名前まだ聞いていなかったわね。」
看守の女の問いかけに兄貴は
「俺は中畑やすひこと申します姉さん。そこで不貞寝している相棒は
津村ようすけといいます。」
「私はマヤ・ルクレール。エスパレス軍海軍大将よ。看守ではない。
タナトスっていったな。私はハーフ天使だ。天使の血が流れているのだ。
死に神が見えて当然だ。そこの男は知らないがな。証拠を見せよう。」
そう言うや否やマヤの背中に炎のように真っ赤な翼が現れた。
「納得したようだな。それでよい。ところでタナトス。お前は何しにこの国に来た。」
あいも変わらず冷たい声がタナトスに向けられる。
「た、ただのお仕事です。死に神としての」
マヤの威圧に押されたのかタナトスの返事は抗議のときとは違って
か細くなっていた。
「そう、なら問題ない。ああ、そうそうお前たちの件だが日本という国に
帰還が決まった。お前たちのこと色々調べた結果、特に問題はないということが
会議で決まってな。」
その言葉を聞いた中畑は
「ありがとうございます。姉さん。さすが俺らの姉さんです。」
感謝のあまりマヤの手を握ろうとしたが軽くいなされ
「触るな。この、痴れものが。いつから私はお前たちのボスになったのだ。
まったくもう。呆れるったらありゃあしない。とにかく色々手続き済ませたら
とっとと日本に送るから、もう少し我慢しなさい。分かった!」
怒気に圧倒された中畑は小さな声ではいと答えた。
「あのお、私のほうはどうなるんでしょう」
申し訳なさそうな声でタナトスが聞くと
「そうねえ、悪意はないみたいだし。すぐ釈放はされるだろうけど、
国籍がないからねえ。どこかの国に送るわけにも行かないわね。死に神の
強制送還なんて前代未聞だからねえ。」
マヤがどうしたものかと考えていると中畑は
「日本なんてどうです。俺の親分のお嬢は一人暮らしなんで聞いてみます。」
「そいつ、タナトスのこと認識できるの」
マヤに突っ込まれると
「あっ、そうでした。では俺と・・・」
言いかけたところで
「却下。お前みたいな野獣と一緒にするわけないだろう。恥を知れ。」
マヤの怒号が刑務所内に響く。やがてマヤが怒りを鎮め落ち着きを取り戻すと
「あっ、そうだ」
と普段の口調とは違うかわいらしい声で
「タナトス、お前は私と一緒に日本に来い。少し調べたいことがあるのだ。
で、お前らは別に送り返せばいいことだ。文句はないな」
思いっきり睨まれた中畑は
「いえ、文句なんて滅相もございません。日本に返していただけるだけで感謝です。」
「ならよろしい。では帰国の準備しておきな。」
そういうとマヤはさっさと牢屋から出て行った。次の日
「よし、お前らこの魔方陣の上に乗れ。」
といつもの口調でマヤが3人を命じる。
「乗りやした。姉さん。俺らはいつでも大丈夫です。」
「よろしい、では3人とも目をつぶれ。それから中畑は帰りたいところを
イメージしろ。」
3人は言われたとおりに目をつぶり、マヤは中畑のひたいに手をくっつけた。
数秒後
「よし、目を開けてよし。」
とマヤの命令で3人は目を開けるとそこには信じられない光景があった。
タナトスはぴんとこなかったが二人のやくざはびっくり仰天してしまった。
そこは慣れ親しんだ山菱会の本部の目の前だったのである。
「あ、姉さんこれはいったい。」
中畑がおそるおそる聞くと
「ただの瞬間移動だ。たいしたことではない。最もこれは魔法ではなく
テクノロジーだが。案内はここまでだ。次不法入国したら、命はないと思え。」
マヤはそういうとタナトスを連れて立ち去ってしまった。
「姉さん、いってしまいましたね。兄貴」
「そうだな、相棒。」
二人はマヤの背中が見えなくなるまで見届けた。
2028年2月8日




