霧島すみれの憂鬱
すみれは憂鬱だった。世の中はクリスマスモード一色。なのに自分といったら。
学校が終われば基地に直行、制服のまま監視やミーティング、新型電子戦兵器の
開発、エトセトラエトセトラ。別に嫌いなわけじゃない。コンピューターや機械を
いじるのは好きだし自分の仕事に対しても誇りを持っていた。
でもやっぱり彼氏がほしい~。
せっかくのクリスマスよ、クリスマス。
なんで毎日毎日韓国なんかを相手にしなければいけないわけ。
クリスマスぐらい休みなさいよ、全く。外はイルミネーション一色、周りは
カップルだらけ。やんなっちゃう。しかも結衣先輩から呼び出し食らってるし。
基地で話せないことって何かしら。
まさか・・・愛の告白?
いくらなんでもそれはないわよね、クリスマスといえ。だいたいそんな趣味ないし。
その頃、長澤のアパートでは
「はいはい、そこ手を抜かない。なんで月なんか置くのよ、ふつう星でしょ、
ツリーのてっぺんは。」
「分かったよ、いちいちうるさいんだから。」
「坂井、口動かさないで手を動かす。きりきり働きな。普段の訓練よりはましでしょ。
あら、このクス玉は何かしら。紐が付いてないし。」
そのときだった。パンと乾いた音がして
クス玉が割れた。突然の出来事に長澤はしばし呆然としていた。
「どうだ、こういう趣向もたまにはいいだろう、いつも引っ張るだけじゃ味がない。」
自動小銃かついだ岩本が誇らしげに言っていた。消火器が飛んできた。
岩本の顔面に直撃。
「なにするんだよ、痛いじゃないか。」
「どこの世界にクリスマスパーティーにチャカぶっ放すバカいるのよ。」
「大丈夫だ、ただのゴム弾だし。」
回し蹴りが飛んできた。はあ、こんなんで準備間に合うのかしら。
長澤はテーブルクロスを呆れながらかけていると
ピンポーン
とインターホンが鳴った。画面には笹井と赤松が映っていた。
買い出しから帰って来たのだ。
「チキンとケーキそしてシャンパン、もちろんノンアルコールだ。」
赤松は自信たっぷりにふんぞりかえっていた。
「おかえり、やっぱ混んでた?」
「大変だよ、予約しておいて正解だね」
と笹井。
「本当ね、誰かさんは当日でも余裕だぜ。なんて言ってなかったっけ。」
と長澤は笑いながら赤松のほうをちらりと見た。
「まあ結果オーライってことで」
「本当しょうがないわね、赤松は」
ちらっと壁にかけられた時計を見た長澤は
「あら、もうこんな時間。そろそろすみれちゃんが来る頃ね。さあ作戦開始よ」
と同時に部屋の電気が消された。彼女の到着まであと少しだ。
5人とも息を潜めていた。最も長澤を除いた4人は普段の訓練で鍛えているので
こういうことはお手の物である。
ピンポーン。
インターホンが鳴り、長澤が画面に向かって
「ちょっと待ってね、いま開けるから」
ドアの鍵を開け、入っていいわよというと
「おじゃまします」
・・・反応がない。どうしたのかしらと思っていると突然、あちこちからパンと火薬が
発火する音が聞こえた。次の瞬間、周りが明るくなり、すみれが呆然としていると
「その顔もらった!」
と女の声がしてカメラのフラッシュが瞬いた。
「なんなんですか、いったい。」
ハッピー、メリークリスマス!
その一言ですみれは気づいた。そうか結衣先輩の話ってこれのことだったのね。
「さあさあ、上がって。」
長澤にうながされて部屋に上がるとテーブルクロスが敷かれた上には
ローストチキンとクリスマスケーキそしてシャンパンがあり、テレビの横には
クリスマスツリーがそして壁には飾りつけの紙リングが連なっていた。
突っ立ってるすみれに長澤がポンと肩をたたいて
「いつもご苦労様。今日はクリスマスよ。パーと騒いで楽しみましょ」
すみれは
「うん」
と一言だけ言って、もうすでにバカ騒ぎしている連中たちの中に入っていった。
その夜は普段の緊張を忘れて普通の女の子に戻って楽しいクリスマスを過ごした。
その彼女の顔を見た長澤は少しだけ安心した。
2026年クリスマス




