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当作品は、企画『ミステリア』に参加しております。
ネタバレするから読了前に感想欄を読まないでね。
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タイトルは、ロイ・ヴィカーズの迷宮課事件簿の『百万に一つの偶然』にちなんでいます。敬意と敬愛を表して、意識的に迷宮課シリーズを模倣していますが、二次創作ではないことをお断りしておきます。
この小説の解決パートの更新は、企画『ミステリア』参加のため、6月16日(土)の深夜0時になりますことを、ご承知のうえお読みください。
昭和×年に生じた雨森信也の事件をおぼえている人は、ほとんどいないと思われる。仮にそういう人がいたとしても、犯人と被害者の過去の淫蕩な関係が大きく取り沙汰された殺人事件だったと、記憶にとどめているのが普通だろう。
が、雨森信也の事件を、際立った稀な事例として福岡県警が記録保存しているのには、それなりの理由が存在した。
それは一本の鍵のせいであった。
実際、当時調べにあたった捜査官たちが真っ先に思い出すのは、一本の鍵である。あの鍵の事件として、彼らは仔細を語りだす。そしてその鍵の存在こそが、雨森信也の事件を、興味深い、ひときわユニークなものにしている要因だった。
事件の背景に男女の淫らな愛欲があったのは事実である。しかしまた、奇跡としか思えない偶然の僥倖が、この事件を特異なものにしているのも事実なのだ。もし雨森信也が、あの一本の鍵を受け取らなかったら、そう、その鍵がなかったら、事件の流れも彼の将来も、大きく様変わりしたのだけは間違いない。
穏やかな、のちに実行される犯罪の片鱗もうかがえない、昼下がりのカフェで、雨森信也は白沢舞からその鍵を渡された。彼にとって舞のその行為は、愛情と信頼の証として少なからず受け取ることのできるものであった。また、舞自身も多分にそういう意味合いを込めていた。雨森は鍵を受け取り、同時に舞の気持ちも受け入れた。
――舞を失うわけにはいかない。
彼が黒貴珠代の殺害を決意したのは、まさにその時であった。