「あの…その思い出の中の聖女さまなのですが…そもそも男性なんですけど大丈夫そうですか?」
わたくしはマリー・ド・ローズノワール。
この大陸一の大国パラディフルールィの辺境伯家の娘にして、王太子殿下の婚約者。
優雅な淑女であるようにと王太子妃教育を受けているけれど、まだまだ王妃殿下には及ばない花嫁修行中の身。
しかし王妃殿下には、たくさんの言葉をかけて頂き可愛がって頂いている。
婚約者である王太子殿下はジャン・ルイ・ド・ロワデフルール。
とても泣き虫で可愛らしい人だけど、為政者として涙を流しながらも「人を切り捨てる判断」も持つ素晴らしい人。
優しくて、いつも王太子としての仕事をこなしつつもわたくしとの時間を作ってくださるの。
そんなわたくしと王太子殿下には今…いえ昔から悩みの種が。
それは王太子殿下の弟、ピエール・アンリ・ド・ロワデフルール様とその婚約者兼わたくしの従妹カトリーヌ・ド・ローズブランシュの仲違い。
仲違いというか…なんと言えばいいのかしら。
第二王子殿下とカティの婚約は、王家からの強い要望で叶ったもの。
わたくしと王太子殿下の恋は両家の希望で叶った初めてのお見合いでお互い惹かれあってのものなのだけど…そこは蛇足なので置いておくとして。
カティはローズブランシュ家の娘。
その強い「精霊の守護」を希われて第二王子殿下と婚約したの。
第二王子殿下は、油断するとすぐ儚くなりそうなお方だったから…特に治癒の力の強い白薔薇の精霊のご加護をと願われたのよ。
そして第二王子殿下とカティの『婚約式』で、白薔薇の精霊さまは第二王子殿下にも祝福を授けた。
それなのに第二王子殿下ったら、その幼い頃の朧げな記憶を夢に変えてしまったらしくて。
「あの白薔薇の聖女を嫁に迎えたい!どうしてもカトリーヌとの婚約を続けたいなら、カトリーヌは第二妃にすればいい!」
いつからだったかしら、そんな妄言を言うようになってしまったの。
そもそも第二王子殿下はお立場を弁えていない。
第二王子殿下は、結婚適齢期になれば王位継承権を返上して臣籍降下しカティの「入り婿」としてローズブランシュ家に入る定め。
「第二妃」もなにもない。
そもそも我が国は一夫一妻制だから王家の人間であっても側室も妾も本来はあり得ない…側室制度は余程その代の王が子に恵まれなかった際の措置。
それなのにどうしてそんな妄言を言うのか…それはもちろん、きちんと国について勉強していないから。
第二王子殿下はそのお立場にありながら、それに甘えて義務は果たさないお方。
さすがにカティが可哀想だわ。
国王陛下は第二王子殿下可愛さに庇ってばかりだけれど、王妃殿下もそろそろ我慢の限界のようだし…なにより、王太子殿下がもう「切り捨てる覚悟」を決めた。
『あの子はもうダメだ、ミミ』
『王太子殿下…』
『カトリーヌ嬢にもこれ以上付き合わせるわけにいかない。あの子は切り捨てよう』
『ああ、泣かないでください…大丈夫ですわ、きっとすぐお迎えがきます。天の国では、第二王子殿下も幸せになれますわ』
そんな会話が思い出される。
なぜかどんなに言葉を尽くしても、王太子殿下の涙は止まらなくて…でもそんな王太子殿下はわたくしをひしっと抱きしめて『慰めてくれるだけで嬉しいよ』と仰っていたけれど。
でもこれで第二王子殿下も終わりね。
問題はカティとローズブランシュ家への賠償。
第二王子殿下は…「白薔薇の精霊」の加護が無くなれば心配せずとも儚くなるでしょうし。
けれど第二王子殿下が儚くなる前に…現実を見せて差し上げなければ。
だって、わたくしの可愛い従妹を傷つけ続けたんですもの。
『その方は聖女さまなどではなく、我が家を守護する白薔薇の精霊さまです!』
『うるさい!そのような戯言に私が騙されると思ったか!隠していないで白薔薇の聖女を出せ!』
何度説明しても、誰が説明してもコレ。
もう、白薔薇の精霊さまご自身から真実を明かしていただくしかないわ。
そして執り行われたのは、前代未聞の『婚約破棄式』。
婚約式を執り行った以上、婚約を破棄するならばその式もしなければ王家にまで被害が及ぶ。
主にローズブランシュ家の白薔薇の精霊さまの怒りで。
まあ、婚約破棄式を執り行ったら第二王子殿下の祝福は奪われるのだけど…王家が巻き込まれるよりいいわよね、処分も楽だし。
「これより婚約破棄式を執り行う…」
そう言った教会の司祭の声が震える。
当然だ、こんなの前代未聞だし司祭さまには精霊や妖精たちの声がはっきり届くから…その怒りに心がへし折れそうなのだろう。
「ふん、やっと私を解放する気になったかカトリーヌ!さっさと白薔薇の聖女さまを出せ!」
「わかりました…ブランシェさま」
『ああ、我が愛し子よ』
お姿を現したのは白薔薇の精霊さま。
王太子殿下とカティを除いて、わたくしたちは皆教会の床にひれ伏す。
「おお、白薔薇の聖女よ!私です、貴女に祝福を受けたピエールです!」
『貴様…俺がどれほど怒っているかわからないのか』
「お声までお美しい…ハスキーボイスも素敵だ」
『カティ、こいつ殺していいか』
「ブランシェさま、待って」
カティは地に伏せたわたくしには表情まではわからないが、凛とした声で第二王子殿下に告げる。
「あの…その思い出の中の聖女さまなのですが…そもそも男性なんですけど大丈夫そうですか?」
「は?どう見ても女性…」
『確かに俺は男にしては声も高いし、背丈は女性の平均より少し高い程度だし、「美人」と称されるが…男だぞ。カティのローズブランシュ家を守る「白薔薇の精霊」なのだから』
「…は?…え?」
呆然とする第二王子殿下。
その程度のことだって、ちゃんと国について勉強していれば自分で気付けたことなのに。
『貴様は勘違いに勘違いを重ねて我が愛し子を傷つけたな。俺がどれほどの想いで我慢していたか、わかるか?カティ本人が『まだ許して差し上げてください!あの人祝福が無くなったら本気で死ぬので!』と願うから血を吐く想いで見逃していたのだぞ』
「待って…待ってくれ、私の初恋は男だったのか?」
『痴れ者が!今更それを言うか!カティへの謝罪ではなく!!!』
「落ち着いてください、ブランシェさま!この場にはお従姉様もいらっしゃいます、ローズノワールのお従姉様です!」
『…なに?おお、気付かずすまなかったなミミよ。このままでは黒薔薇のに俺が怒られてしまうな…ほら、皆の者立っていいぞ。皆楽にせよ』
白薔薇の精霊さまのお言葉で、地に伏せていた全員が立ち上がる。
見れば、カティは可哀想なモノを見る目で第二王子殿下を見ていた。
第二王子殿下は信じられないと言った様子で白薔薇の精霊さまを見つめていた。
白薔薇の精霊さまは射殺さんばかりの目で第二王子殿下を見つめ返していた。
『おい、白薔薇の』
『黒薔薇の…来たのか、相変わらず過保護だな』
『戯け。貴様が我のミミを這いつくばらせるから急いで来たのだぞ』
『すまんな』
『まあ、原因は知っている。そこの痴れ者だろう』
わたくしの…ローズノワール家を守護してくださる黒薔薇の精霊、ノクスさま。
白薔薇の精霊さまと比べてとても背が高く、声が低い、威厳ある「お爺ちゃん」のような方。
『白薔薇の。さっさとこいつの祝福を奪え』
『その後どうする』
『ミミを這いつくばらせたのだ、呪いを授ける』
『ハッ。相変わらずだな、好きにしろ』
白薔薇の精霊さまが第二王子殿下に手を翳す。
すると第二王子殿下の中から光が溢れて溶けて消えた。
『これで貴様は終わりだ』
『いや、我が終わらせない』
祝福を失った第二王子殿下は突如過呼吸になるが、それを遮るようにノクスさまが手を翳す。
すると黒いモヤが第二王子殿下を包み込み、過呼吸が治った。
「…え、黒薔薇の精霊さま、私を助けてくださったのですか?」
『戯け。我は貴様に呪いをかけたのだ』
「呪い…?でも、苦しみが引いて…」
『貴様に掛けた呪いは、死ぬこともできず老いることも許されず永遠を味わうというもの』
「は…?」
それを聞いた白薔薇の精霊さまがノクスさまの肩を叩いて笑う。
『つまり、俺たちと一緒で永遠に暇つぶしに困るわけだな!俺たちは力があるから、目をかけた家系に祝福を与えたり愛し子を愛したりと時間をつぶせるが…ただの人間のこいつには無理だろうしなぁ』
『しかも死なないが腹は減るし喉も渇く仕様にしたからな、永劫に続く苦しみになるぞ』
『やるなぁ黒薔薇の』
『白薔薇のが祝福を解いたから出来たことだがな』
「そ、そんな…死ねない?老いない?」
その重さが分かったのか分かってないのか、第二王子殿下は力なく地べたにへたり込み泣き崩れた。
そして王太子殿下がその場で宣言する。
「この婚約破棄に当たって、王家はカトリーヌ嬢に一切の非がないことを宣言する!ローズブランシュ家には相応の賠償を、カトリーヌ嬢個人にも賠償金を用意すると誓う!」
『当然だな』
『それだけでは甘いのではないか?』
「我が愚弟は王家から籍を抜き、国からも追放処分とする!」
『よく言った泣き虫王子!』
『我々からの罰はこれくらいにしておいてやろう』
「そんな…兄上、兄上…」
「もう貴様は弟でもなんでもない。あ、断種してから追放するからまだ逃げるなよ」
「ひぃぃっ!!!」
ということで、わたくしの可愛いカティの『婚約破棄式』はざまぁ展開で一件落着となったのだった。
その後、ピエールという男は王太子殿下の仰る通りに断種され王家からの籍を抜かれて国外追放となった。
わたくしと王太子殿下は相変わらずラブラブだけど、それは蛇足だから置いておいて…カティはローズブランシュ家を守るため女伯爵となることは変わらないものの、婚約者が変わった。
今度の婚約者はローズブル伯爵家の三男の、紳士的で誠実な人。
フランソワ・ノエル・ド・ローズブル。
何故かめちゃくちゃ大きな金魚を飼ってそれを自慢するような不思議な人だけど、その金魚の満足そうな様子を見れば誠実さの説得力にはなる。
そんなフランソワさまと早速仲良くなったカティは幸せそうだ。
「それでね、お従姉さま。フランソワさまったら可笑しくて…ふふ、私が照れてしまった時に「金魚さん」なんて呼ぶのよ?失礼よね」
「真っ赤で可愛いと言いたいのでしょうね」
「もう、困るわ…こんな好きになるなんて…」
「いいことじゃない。わたくしと王太子殿下にも負けないラブラブカップルだと有名よ?」
「ええ?もうそんなに噂が回ってるの?恥ずかしいわ」
カティが幸せそうでよかった。
わたくしも幸せだし。
「ミミ」
「王太子殿下!」
「もう、またカトリーヌ嬢とばかり仲良くして。ヤキモチを焼いてしまうよ?」
「ごめんなさい。それじゃあカティ、またね」
「はい、お従姉さま!」
こうして我が国はまた平和に回る。
薔薇の精霊たちの加護によって。




