8. ◇調子に乗って連戦連勝
街へと続く道を少し逸れると、すぐ近くは森だ。人の手で管理されているのか、入り口付近は木々の密集度合いもそれほどではなく、歩きやすい。とはいえ、奥まで行けば様相も変わるだろう。できれば、近場で獲物を見つけたいところだ。
数分歩いたところで、ようやく魔物と思しき存在を発見した。少し先の草むらに、棘のある外殻を持つ青い甲虫が潜んでいる。虫とはいえ、人の頭ほどのサイズだ。ハサミのような形状の口吻が武器だろうか。
こちらには気付いていないようで、背中を見せたままじっとしている。周囲を窺ってみるが、他に魔物らしき存在はいない。絶好のチャンスだ。
攻撃手段は〈エナジードレイン〉のみ。だが、敵が一匹ならどうにかなるだろう。というより、アーツを全力で使って低級の魔物一匹倒せないなら、いよいよ詰んでいる。どうにかなると信じたいところだ。
「やるか」
小さく呟いて、そろりと甲虫に近づいていく。気付かれる前に、できるだけ距離を詰めたい。というのも、〈エナジードレイン〉は、対象に触れた状態でなければ発動できないのだ。
甲虫はずいぶんと鈍いらしく、かなり近くまで距離を詰めることができた。虫取りなら、すでに網の射程範囲内だ。だが、手が触れるまでもう少しというところで、ついに甲虫が動き出した。
「うおっ!」
動き出してからは、なかなか素早い。しかも、厄介なことに空を飛ぶ。顔面目がけて突撃してきたので、慌てて跳び退いた。咄嗟のことだったので、全力の横っ跳びだ。無駄に跳躍距離が長いのは、転生で身体能力が向上しているせいだろうか。その辺りの感覚も慣らさなければな、と脳内の課題リストに付け加えておく。
甲虫はというと、少し先でカーブを描きながら、再び俺への突撃を仕掛けるつもりらしい。威嚇のつもりか、ハサミをキチキチと震わせている。
こちらへと飛翔する甲虫。避けることは難しくないが、あえて踏みとどまった。何故なら、衝突のタイミングこそが、俺の攻撃が届く好機だからだ。
無策ではない。奴のハサミ対策として、足元に転がっていた木の枝を拾っている。
衝突の直前、俺は木の枝を目の前へと右手で振り下ろした。甲虫はそれをハサミで受け止める。それこそが狙いだ。奴の動きが一瞬止まった。その隙に左手で甲虫の甲殻へと触れる。
「エナジードレイン!」
アーツの発動はただ念じれば良い――らしいのだが、発動失敗が怖いので念のため声に出す。技名を言い終わる頃には、甲虫に接触した俺の左手が紫色に光っている。同時に、手のひらから何かが流れ込んでくる気配があった。これが生命エネルギーなのだろうか。すでに完全回復状態だったため、流れ込んできた何かは、すぐに体から抜けて散っていった。
甲虫が弱いのか、それとも〈エナジードレイン〉が高威力なのか。戦闘ログのようなものはないので詳細は不明だが、今の一撃で甲虫は力尽きたらしい。その体をキラキラとした光の粒へとその姿を変え、すぐにそれすらも消えた。代わりに、小石ほどの半透明な結晶が転がっている。これがクレアテ結晶体か。
「思ったよりも強いな。エナジードレイン」
まさか、魔物を一撃で倒せる威力があるとは思っていなかった。嬉しい誤算だ。もちろん、魔物の種類によるのだろうが、少なくとも青甲虫ならば一撃……もしダメージが上振したのだとしても二撃で倒せるのだ。これは大きい。倒せる相手がいるならば、レベル上げもできるのだから。
しかも、今回は無意味だったが、ダメージを与えるついでに回復までできるのだから、ありがたい。一撃で倒せない魔物でも、十分に戦えそうだ。
「マナ消費は10か。まだ、使えるな」
俺のマナの最大値は86なので、あと七回使える計算だ。しかも、マナドレインを使えば、マナの回復もできるはず。その回復量によっては際限なく使えることになる。
もしかして、この狩り場なら無限に狩れるのでは?
「……一戦だけ試すつもりだったが、もう少し戦ってみるか」
決して、ハクスラ好きの血が騒いだわけじゃない。あくまで、マナドレインの確認だ。有効な攻撃手段があるのだから、少しくらい検証を延長しても問題はないはず。
「囲まれたか。調子に乗りすぎたな」
思わず苦笑いが浮かんだ。マナドレインの検証のためと言いつつ、戦闘を繰り返し、森の奥まで来てしまったようだ。そろそろ引き返そうと考えたところで、魔物の集団に取り囲まれてしまった。
ギィギィと不快な声を上げているのは、白い毛で覆われた猿のような生き物だ。背丈は俺の半分ほどだが、油断は禁物。相手は魔物なのだ。奴らの武器は鋭い爪。アレに引き裂かれれば無事では済まない。
しかも、数も多い。俺を取り囲んでいる白猿の数は十体。
だというのに余裕があるのは、対処できるという確信があるから。それほどまでに、エナジードレインとマナドレインの組み合わせは強力だった。
加えて、転生による身体能力の向上にも慣れてきた。思い通りに体が動くので、白猿の攻撃を捌くのも容易い。
「ギィ!」
「はいよっと!」
飛びかかってきた白猿を最小限の動きで躱し、側面から掬うように抱え上げる。この隙にエナジードレインを発動だ。
「ギェ!?」
生命力を奪われた白猿が苦しげな声を上げるが、まだ生きている。さすがは、この森で一番の強敵。他の魔物はエナジードレイン一度で沈むが、コイツらは耐えるのだ。とはいえ、ほとんど虫の息だが。
「ほらよ!」
「ギィ……」
瀕死の白猿を足元に転がして踵の一撃をお見舞いする。それでお終いだ。生命力が尽きた白猿は、光の粒へと姿を変えた。これで残るは九体。
と言っても、奴らの攻撃は爪による引き裂きのみ。連携して襲いかかられると厄介だが、敏捷能力に優れた戦闘職業の恩恵もあって、避けるだけなら難しくない。あとは隙を見て、先ほどと同じことを繰り返せば勝てる。
加えてやるべきことをあげるなら、エナジードレイン二度につき、マナドレインを一度使うことくらいか。
個体差はあるが、白猿相手なら、マナドレインで大体20ちょっとのマナが奪える。つまり、エナジードレイン二回分のマナが補給できるわけだ。ただし、同じ白猿にマナドレインを使っても二度目以降の吸収量は0。おそらく、マナを吸い尽くしてしまっているからだろう。なので、こまめに回復しないとマナが枯渇する恐れがある。
とはいえ、気をつけるべきなのはその程度。さしたる危険もなく、俺は残りの白猿を始末することができた。
「やっぱり、強くなってるよな」
白猿は元々苦戦するような相手ではなかったが、ここまで圧倒できるほどの能力差はなかったように思う。連戦しているうちに能力が上がったようだ。
そういえば、アーツの仕様を把握してからは、ステータスを確認していなかった。せっかくだからと、システムカードを確認してみると――……
名 前:No Name
戦闘職業:盗賊
レベル:3
生命: 126/ 126
マナ: 99/ 119
筋力: 58 魔力: 58
体力: 49 精神: 50
器用: 73 抗力: 49
敏捷: 74 幸運: 73
「おお、レベルが3にまで上がってるな。……ん?」
ステータス表示を見ていて、一瞬、違和感を覚えた。能力値ではない。戦闘職業が盗賊になっているのはバグだと思うが、それはすでに把握している。では、何がおかしいのか。
「……なんだこれ! “No Name”って名無しかよ!」
何故か、名前が“No Name”になっている。システムカードから入力ができるのかと色々と試してみるが、何をやっても変更することはできなかった。
「もしかして、これもバグか?」
そういえば、俺は時間切れによって強制的にこちらに転送された。正式な処理が終了していないから、名前が入力されていない可能性があるな。
「待てよ? もし、入力が完了していないのだとしたら……」




