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36. 囚われのキョウヤ

 転生半年組のトップ層である『精霊の守護者』や『疾風爪牙』と交流があることもあって、俺自身、新人探索者としてはトップレベルの実力者として見られているようだ。そのせいで、パーティーに誘われるような機会も増えてきた。全てお断りしているが。


 そんな風に注目されているので、色々変な噂が立つのだ。例えば、アイツの正体はファントムではないのか……とか。


 なかなか面倒な話だが、俺の対策が功を奏してか、今のところ与太話として片付けられている。


 その噂対策というのが、定期的にジンヤとして買い物をすることだ。決済履歴にジンヤの名前が残るので、ジンヤがファントムでない明確な証拠となる。まあ、偽装しているので完全にインチキなのだが。


 その日もジンヤとしてアースリルの街を歩いていた。明確な目的はない。買いたい物もないので決済履歴を残すために素材でも売却をしようか。そう思って探索者ギルドへと向かった。


「良かった! ジンヤさん!」


 建物に入ったところで声をかけられる。聞き覚えのある声に視線をやると、そこにいたのはリュウトだった。偶然……というわけではないのだろう。彼の顔にははっきりと安堵の色が浮かんでいる。


「どうしたんだい? 何かあったの?」

「ジンヤさん、力を貸してください! 他に頼れる人がいないんです!」


 縋りつくかのように、詰め寄られる。それだけでリュウトの必死さが伝わってきた。よく観察してみれば、その顔には疲れが滲んでいる。彼をこれほどまでに憔悴させる問題が起きているらしい。


 おそらくは厄介事だ。だが、一度パーティーを組んだ(よし)みもある。同郷の元学生を放りだす気にはなれない。


「何かな?」

「実は――……」


 彼の語った内容は、想像以上に厄介な話だった。



◆◇◆



 カツカツと足音が響く石畳を、武装した女性の先導で歩く。長い金髪を靡かせ、騎士のような鎧を纏う彼女は、ゲームでよく見るヴァルキリーを彷彿させた。実際には、ポンコツ(セプテト)とは別の御使い直属の衛兵隊の一員らしい。この牢獄の看守でもある。


「ここだ。変な気は起こすなよ?」


 衛兵が振り返ったのは、とある独房の前だ。彼女は素っ気なく警告した後、少し距離をとった。そこで俺たちを見張るつもりらしい。


 独房は狭く、簡素な作りになっている。正面を仕切るのは鉄格子だ。高レベルの探索者ならば鉄格子くらいどうにかできそうなものだが、当然ながら対策はされているのだろう。


「キョウヤ君」

「……アンタか」


 呼びかけると、鉄格子の向こうで俯いていたキョウヤが顔を上げた。表情のない青い顔だ。


「リュウト君から話は聞いたよ」

「そうか……。俺、またやっちまったよ。また迷惑をかけちまった」


 そう言ってキョウヤは両手で顔を覆う。ぼそぼそと抑揚のない声だったが、そこには紛れもない後悔が含まれていた。


「まあ、ちょっと短絡的だったかもしれないな」

「……ああ」

「行動を起こす前に誰かに相談した方が良かった」

「……ああ」


 キョウヤの声は震えていた。自分の行動を本当に後悔しているのだろう。


「だけど、間違っていたとも思わない。多少、結果論ではあるけどね」

「……え?」


 俺の言葉が意外だったのか。キョウヤは思わずといった様子で顔を上げ、濡れた瞳で俺を見た。


 キョウヤがここに囚われている理由は他の探索者に襲い掛かったからだ。誰かが通報したのか、やってきた衛兵隊に即座に捕縛されたらしい。


 基本的にエルネマインで探索者同士の争いが起きた場合、レベルと罪状に応じたペナルティ――エルネの支払いだ――を課せられ解放される。神からすれば、労働者を長期間拘束するよりも、罰金を支払わせた上で働かせた方が得だということだろう。


 そんなわけで、本来ならばキョウヤも罰金を支払った上で解放されるはずだった。そうなっていないのは、相手が悪かったからだ。市民階級ではあるが、その探索者には貴族の後ろ盾があった。しかも、キョウヤが射かけた矢が、貴族から借り受けたアイテムを破壊してしまったのだという。


 単純に運が悪かった……とは到底思えない。不審な点があるのは間違いない。だから、直接話を聞きに来たのだ。


「詳しく話を聞かせて欲しい」

「あ、ああ……」


 そもそも、何故、キョウヤが探索者に襲い掛かったのか。それにはもちろん事情がある。


 もともと、その探索者たちは素行が悪いと有名だった。貴族をバックに好き放題するような連中で、アースリルで活動する人々からは蛇蝎の如く嫌われている。


「俺、アイツらが話しているのを聞いたんだ。アイリたちを奴隷に落としてやろうって、笑いながら話してやがった!」


 素行不良の探索者たちには、とある疑惑があった。貴族の権力を笠に着て、気に入らない……あるいは気に入った探索者を奴隷に落としているのではないかという疑惑だ。いや、それは概ね事実だった。ただし、表向きは、彼らが被った損害を補填するため、という建前で。


 そんな連中が笑いながら物騒なことを話しているのだ。キョウヤは、『精霊の守護者』が次のターゲットになったのだと考えた。そして、怒りにまかせて、探索者たちを問い詰めたのだと言う。だが、彼らはヘラヘラと笑いながら取り合わなかったらしい。それどころか――……


「アイツら、俺に協力しろって、言いやがったんだ! そしたら、美味しい思いをさせてやるって! ふざけるな! パーティーは別れちまったけどな! それでも、アイリとレイナは仲間だ! 仲間なんだよ! それを、アイツら! くそっ!」


 彼らはキョウヤに、『精霊の守護者』を売るように打診してきたらしい。その言葉に激昂したキョウヤは気がつけば彼らに矢を射かけていた。


「それがあんなことになっちまうなんて。なんでだよ、なんで上手くいかないんだよ……」


 キョウヤの顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。彼に降りかかった怒りと悲しみは、成人もしていない彼が背負うには重すぎることだろう。今にも押しつぶされそうになっているように見えた。


 たしかに、彼のとった行動は短絡的だった。もっと良い解決策があったかもしれない。だが、仲間を思い、そのために取った行動を責めることはできない。誰が悪いといえば、素行不良な探索者たちとそれを許す貴族だ。


「キョウヤ、やっぱりお前は間違ってないよ。お前はアイリたちを守ったんだ。大丈夫。俺が……いや、俺たちが何とかする。それまで、ちょっと待ってろ」

「あ、ああ。ありがとう……ありがとう……」


 限界を迎えたのだろう。キョウヤは堰を切ったように泣き出した。


 すぐにでも出してやりたいところだが、今すぐには無理だ。俺のすぐ後ろで見張っている衛兵は、今の話に少しの興味も示していない。彼女たちに掛け合ったところで無駄だろう。ましてや、歯向かうのはもってのほかだ。場合によっては神への反逆として処断されかねない。


 となれば、件の探索者たち……そして、その後ろ盾となっている貴族階級の探索者をどうにかしなければならない。


 正面から逆らうのは難しいだろう。だが、何とかなる。いや、何を使ってもでも何とかしてみせよう。


 見てろよ、クズどもが!


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