31. 寄生された樹精
コルネリアたちの姿が見えなくなってしばらく経ったところで、外套と白面を取り出す。強敵と戦うなら防御は固めておきたい。籠手は装着に時間がかかるので、今回はなしだ。
『ジンヤ、来るよ!』
「ああ」
ペルフェに言われるまでもなく、異変には気がついていた。つい先刻まで、人への敵愾心に支配されていた魔物たちに怯えが見てとれるようになったのだ。
しかし、その程度は魔物の種類によって違うらしい。筋肉兎は正気に戻ったかのように、一目散に逃げ出した。まさに脱兎の如く、だ。一方でゴウルどもは、落ち着かない様子であるが、それでも俺への攻撃を止めようとしない。
煩わしいゴウルどもの攻撃を適当にいなしつつ、主賓の到着を待つ。そのときはほどなくして訪れた。
「グゲ、グゲゲゲゲ……!」
奇声とともに姿を現したのは、ドライアドによく似た存在だった。ただ、全くの別物であることは一目瞭然だ。本来のドライアドは樹木と人間の女性が融合したような姿をしている。それ自体は目の前の存在も変わらないが、その顔は禍々しく歪んでいた。加えて、体に纏わり付く瘤のようものが不気味に蠢いている。まるで侵蝕するかのように。コイツが“狂える精霊”であることは疑いもなかった。
「グ……ゲゲ……」
不意に、狂える精霊が俺へと手を伸ばした。嫌な予感がして、咄嗟に後方へと飛び退く。
次の瞬間、足元から無数の槍が生えた。いや、槍のように見えるそれは、無数の蔦だ。蔦は俺の代わりに、俺へと襲いかかろうとしていたゴウルを貫き、捉えた。
「ガッ……ガフ……」
それはどういった効果なのか。蔓に貫かれたゴウルは、苦悶の呻きを零すと白目を剥いた。完全に脱力した体を蔦が支えている。だが、それは優しい抱擁ではなく、獲物を逃がすまいとする拘束だ。囚われたゴウルは小刻みに震えはじめ、やがて息絶えてしまった。その体が消滅するのを待って、蔓はずるりと地へと戻っていく。
「これはヤバそうだな……」
『ジンヤのと同じだね!』
「同じ?」
『生命力を吸ってるみたい』
「マジか!」
蔦攻撃にはドレイン効果があるらしい。その上、拘束されれば容易には逃げられない。かなり厄介な攻撃だった。
ゴウルたちは始末しておいた方が良かっただろうか。ドレインアーツによって生命とマナの補給源にしようと敢えて残していたのだが、向こうにもドレイン系の能力があるなら話が変わってくる。
「まあ、やってみるしかないか」
『スキル、スキル!』
「まずは戦力分析からな」
数分、矛を交えたところ――……
「倒すのは難しくないな」
『ふへへ、僕のおかげだね!』
「ああ、そうだな」
狂える精霊の攻撃パターンはそれほど多くない。最も脅威となるのは、蔦による拘束&ドレイン攻撃だ。しかし、攻撃動作がわかりやすく、発動まで一瞬、間がある。攻撃動作さえ見逃さなければ、避けるのは難しくない。
次に厄介なのが睡眠攻撃か。不思議な花を咲かせて、こちらを強制的な眠りへと誘うのだ。だが、これも何とかなる。状態異常耐性があるおかげで、すぐに眠りに落ちるわけではなかった。クラっと来た時点で、自分をぶん殴ればそれで眠気は退散する。
くわえて、アーマニアには睡眠の状態異常は効かないそうだ。仮に俺が眠ってしまったとしても、ペルフェが魔法攻撃で無理やり起こしてくれることになっている。
その他の攻撃も、避けるのが容易いか、避けられずとも威力が低い。生命力補給源がいる間なら、どうにでもなるだろう。幸いなことに、精霊は俺を優先して攻撃してくるようだ。積極的にゴウルを狙ったりはしないので、巻き添えとしないように気をつければ無駄に数を減らすことはない。
防御面についてだが、精霊は抗力が高いのか、魔法攻撃の通りが悪い。水系、土系の魔法攻撃は見た限り大したダメージを与えられないようだ。エナジードレインも効果が薄いように感じる。弱点属性なのか、火魔法だけは怯んだ様子を見せるが、効果的なダメージを与えているかというとやや怪しい。
反面、物理攻撃の通りは良い。これに関しては、本人の申告どおり、ペルフェのおかげだろう。ペルフェの宿った長剣は【突進】スキルのおかげで、本来の物理補正以上の切れ味を誇っている。【剣術】のアーツを主軸に使えば、倒すことは難しくないだろう。
それでも、俺たちは苦戦していた。理由は単純で、スキルドレインを狙っているせいだ。
『ジンヤ!』
「ちっ!」
ペルフェの警告に従い、狂える精霊から飛び退く。間を置かず、その場所を地面から生えた蔦が貫いた。左手を見るが、そこには何もない。ドレイン失敗だ。
狂える精霊の高い抗力が影響しているのか、スキルドレインの効果が発動するまで、かなり時間がかかるらしい。何度かチャレンジしているが、結晶体を抜き取る前に反撃を受けてアーツを中断せざるを得ないのだ。効果が発動する前ならマナの消費が少ないのがせめてもの救いだ。
アーツの発動中にペルフェに〈ストーンバレット〉を使わせたりもしてみたが、ダメージが小さいせいか歯牙にもかけず反撃してくる。あまり効果がなさそうだった。
「作戦を変えるしかないか」
狂える精霊は魔法への耐性が強いが、火魔術だけは無視できないようだ。そこが狙い目だろう。ペルフェが火魔術を使うようになれば、奴を牽制できるかもしれない。
「ゴウルから火魔術を奪うぞ」
『オッケー!』
ペルフェの声に喜色が混じる。新たなスキルが取得できることは大歓迎といったところだろう。




