19. スキルを盗む新アーツ
急ぎ巨猿のもと戻ると、まさに『疾風爪牙』へと迫らんとするところだった。彼らは群がる白猿への対処で精一杯で、撤退することもままならない状態。そんな状況で巨猿へと戦力を割けるわけがない。このままでは、壊滅は避けられないだろう。
無論、そんなことを許しはしないが。
残り少ないマナを体からかき集めてアーツを発動する。発動地点は『疾風爪牙』と巨猿の中間地点だ。アーツが発動すると同時に、大量の水が全方位に流れ出した。
使ったのは〈バーストフラッド〉。威力は低いが、溢れ出す水によって対象の行動を阻害するという副次効果がある。普段の狩りに使うアーツではないが、この状況においては有効だ。『疾風爪牙』に群がる白猿を蹴散らし、巨猿の足を止めることに成功した。
「な、なんだ!?」
「……ファントム!?」
「え?」
咄嗟のことだったので、アーツを使用する際に警告する暇もなかった。そのため、『疾風爪牙』の面々も混乱しているようだ。
それにしても、ファントムか。
どうやら、彼らは俺のことをジンヤとは認識していないようだ。最悪、バレても仕方がないと思っていたのだが、そういうことならファントムとして振る舞うとしよう。
「苦戦しているようだな? 君たちには荷が重かろう。デカいのは俺が貰い受けるぞ」
戸惑う彼らに一方的に宣言してから、巨猿と対峙する。奴は、先程のアーツの使用者が俺であると正しく認識しているらしい。攻撃を受けた怒りで、狙いを再び俺へと移したようだ。ギィギィと喚きながら、こちらへと向かってくる。
この展開はありがたい。一番の懸念は俺を無視して、『疾風爪牙』へと襲いかかることだった。これで彼らの安全は確保できるはずだ。
「ギィ!」
「おっと、助かる」
ボスからの指示でもあったのか、下っ端までもが、標的を俺に切り替えたらしい。数に任せた攻撃は場合によっては脅威だが、今の俺にとっては補給チャンス。かえって都合が良い。
襲いかかってきた白猿の攻撃を躱し、投げ飛ばすついでにマナを拝借する。それを適当に転がして、次の白猿からは生命力を奪う。それを数度繰り返すことで、生命力は完全に回復した。マナは吸収量が少ないため、まだまだ半分といったところか。
と、そこに、距離を詰めた巨猿が、跳びながら拳を叩きつけてきた。しっかりと認識していた俺は、それを難なく避ける。
「ガルァァァァア!」
直後に巨猿の咆哮。何らかの特殊効果があるらしく、先程と同様に一瞬だけ気が遠くなる。
だが、同じ轍は踏まない。朦朧となる意識の片隅で、横薙ぎで襲いかかってくる物体を認識した俺は倒れ込むように身を投げ出す。どうにか避けることができた。
「ギリギリだったな。アレはマズい」
白面の特殊効果か、それとも単純に先刻よりも距離があったからか。今回は咆哮による影響が小さかったように思える。とはいえ、完全に無効化できず、隙ができることは避けられない。一つ間違えれば、致命傷だ。横薙ぎによる殴打ならばダメージを負うだけで済むが、万一掴まれれば身動きを封じられてなぶり殺されることになる。
「マナを枯渇させてみるか?」
距離を取り、水魔法の初期アーツ〈アクアショット〉で巨猿を牽制しながら対処方法を考える。
奴の咆哮がアーツによる攻撃なら、マナを枯渇させることによって封じることができるかもしれない。が、確証はない上に、果たしてボスクラスの魔物のマナを枯渇させることはできるのか。少なくとも、白猿のように一度で吸い尽くすなんてことはできないだろう。だが、何度も吸収を試みれば、咆哮を至近距離で食らうリスクも高まる。ドレイン系のアーツは直接接触しなければならないのが使いづらいところだ。
「だとしたら……試してみるか」
どうせ、何度もドレインする必要があるのなら、試してみたいアーツがある。実は【盗む】スキルのレベルが10になったときに、新アーツを習得したのだ。パーティーに潜り込むことを決めた直後だったので、まだ試していないのだが、上手くいけば奴の咆哮も無効化できるはず。
新アーツは〈スキルドレイン〉。システムカードの説明によれば、対象に触れた状態でアーツを発動すると、対象の取得しているスキルをランダムに一つ奪うことができるらしい。明らかにヤバいアーツだ。その分、マナ消費は200。最大値まで回復した状態でも一度しか使うことができない。まあ、周囲に補給源が大量にいるので、何度かは挑戦できるだろう。
巨猿の攻撃を捌きながらも、白猿からの補給は続けていたおかげで、マナは概ね回復している。とりあえず、使ってみようか。
「今だな!」
ちょうど良いタイミングで、巨猿が右腕で殴りかかってきた。それを左前方に転がるようにして避けた。巨腕が奴自身の視界を遮って、俺を見失っている隙に背後へと回り込む。そして、〈スキルドレイン〉を発動する。巨猿に触れた右手が青く光った。が、それだけだ。今のところ、スキルを奪ったような感覚はない。
……これ、本当に発動してるんだよな?
「ガッ!」
「うおっと!」
そうこうしているうちに、俺が背後に回り込んだことに気がついたらしい巨猿が振り返った。奴は、そのまま大口を開けて吼えるような仕草を見せるが……咆哮の効果は発揮されなかったようだ。思わぬ結果に、巨猿はきょとんとしている。
咄嗟に距離を取った俺がふと右手を見ると、そこには先程までなかったはずの青い結晶体があった。おそらく、無事アーツが発動したのだろう。結果が出るまでに少し時間がかかるらしい。
「これが奪ったスキルなのか?」
ひとまず、結晶体はインベントリに納めて様子を窺うことにした。スキルの効果を確認するために、危険だが敢えて至近距離で〈エナジードレイン〉を主軸に戦う。巨猿は時折苛立たしげな唸り声を上げるだけで、咆哮を上げることはなかった。
咆哮が使えなくなったのは間違いなさそうだ。やはり、先程の結晶体が、巨猿の咆哮に関連したスキルだったのだろう。
結晶体の使い方は気になるが、さすがに確認している余裕はない。相手の攻撃を無効化できるだけで御の字だ。一番の脅威となる咆哮さえ封じれば、脅威度は大きく下がる。奴の攻撃は当たればダメージが大きいが、俺の速さにはついてこれていない。よほど油断しなければ攻撃を食らうことはないだろう。こうなれば、ボス格だろうと倒すのは難しくはない。
「だとすれば、やることは決まってるな!」
それはもちろん、スキルドレインの続行だ。マナ補給源があり、レアっぽいボス格の魔物がいる。こんな好条件はなかなかない。稼げるときは稼ぐのが、良いゲーマーというものだ。いや、単純に俺の趣味なんだが。




