11. アースリルの宿にて
アースリルは地球からの転生者が集う街だ。ここには基本的に地球からの転生者か、その子孫しかいない。住人の半数以上が、転生してから五年以内の準平民と聞いた。
アースリル周辺のダンジョンに出現するのは弱い魔物ばかりだ。転生したばかりの駆け出し探索者にはちょうど良いが、その分、稼ぎも控えめらしい。経験を積んだ探索者は稼ぎを増やすために、別の街に移るそうだ。
さて、そんなわけで、アースリルの街で活動する探索者の多くは活動歴の短い駆け出しが多い。そして、駆け出しの冒険者の装備は、わりと似たり寄ったりだ。何故なら、金がないから。彼らの多くは店売りの量産品を装備している。オーダーメイド装備など注文する金ないし、よほどの運がなければレア装備に出会う機会もほとんどない。
そんな街中を、白面をつけた黒衣の不審者が歩けばどうなるか。当然、目立つ……はずなのだが、想像したほどの騒ぎにはならなかった。とはいえ、気にしていないというよりは、気付いていないように思える。実際、直前まで平然としていたのに、突然俺を見てビクリと肩を震わせるといった反応を何度か見た。
心当たりはある。おそらくは宵闇の外套の特殊効果が発揮されているのだろう。周囲はすでに薄暗い。暗闇で視界が狭くなっている上、外套の効果で俺の気配は察知されづらくなっているのだ。よほど近づかない限り、俺の存在に気付けないらしい。
「ここでいいか」
俺が足を止めたのは、奥まった場所にある大き目の建物の前。掲げた看板にはベッドのマークが記されている。宿屋だ。
転生したばかりの探索者は、家など持ってはいない。必然的に宿暮らしとなる。そのため、アースリルにはたくさんの宿屋があるそうだ。値段や部屋のグレードはピンキリらしいが、外観では判断するのは難しい。そもそも、具体的な相場がわかっていないので、値段を聞いても判断がつかないのだが。今回は、人通りが少ないという基準で選んだ。
建物に入ってすぐのカウンターでは、厳つい男性が頬杖をついている。客が入ってきたというのに接客業としてはあるまじき態度に思えるが、ここは日本ではない。ついでに言えば、目の前の男性も元日本人ではなさそうだ。海外ではこんなものなのだろう。
と、思っていたのだが、どうにも様子がおかしい。数秒待っても声すらかからない。そもそも、こちらを見ているはずなのに反応がない。
「……部屋を取りたいのだが」
「うおっ、いつの間に!? きゃ、客なのか?」
「そうだ」
仕方なく声をかけると、男性は跳び上がりそうな勢いで驚いた。気付いていなかったらしい。もしかして、外套の効果だろうか。夜間は明るさに関係なく気付かれにくくなるのかもしれない。
ちなみに、俺たちが話している言語はエルネマインの共通語……らしい。俺としては日本語を話している感覚であるし、目の前にいる男性が話す言葉も日本語に聞こえる。言語感覚が置き換わっているのか、違和感を覚えることすらない。よくよく考えれば気味が悪いが、便利ではある。
「一泊なら200エルネだ。飯をつけるなら、追加で20エルネ。食堂は閉まってるから、残り物を温めたもんになるが」
「食事付きで頼む」
どうやら食事にありつけそうでひと安心だ。値段の高い安いはわからないが、とりあえず支払いに問題はない。
一日中魔物を狩っていたのでクレアテ結晶体は結構な数が集まった。それらは全てシステムカードにチャージして、エルネに変えてある。その合計は8000エルネほど。
このペースでは一年続けても300万エルネにすら届かないが、レベルが上がり、強い魔物と戦えるようになれば稼ぎも上がる。まだまだ慌てる必要はないはずだ。
ちなみに、稼いだエルネは即座に返済に回されるわけではなく、借金とは別枠で保持される。返済のタイミングはいつでも――それこそ五年経過する直前でも良いらしい。なので、返済を急ぐ必要は基本的にはない。
むしろ、ハルヨシさんは、こまめに借金を返すよりも所持エルネを残しておくことを推奨していた。
準平民は装備品などの大きな買い物はツケ払いができる。借金が増額される形になるわけだ。しかし、宿代、食事代などの細々とした出費はツケ払いができないらしい。そのため、日々の暮らしにはエルネが必要となる。
また、この世界の住人は、毎月、税金の支払いが課せられている。貴族階級を除けば支払いは一律10000エルネ。こちらもツケにはならず、所持エルネから強制的に徴収される。しかも、このときにエルネが不足すると準平民でも強制的に奴隷落ちしてしまうらしい。
「システムカードをかざしてくれ。って、あんた、そのなりで準平民なのか」
「何か問題が?」
「いや、問題はねえよ。ちょっと驚いただけだ」
会計のためにシステムカードを出すと驚かれてしまった。カードの色で階級を判別したのだろう。とはいえ、差別感情があるわけではないようだ。男性の表情に侮蔑はなく、浮かんでいたのは純粋な驚きだった。まあ、この街の半数以上は準平民であるわけだし、当たり前か。
「ほら、こいつが鍵だ。飯は部屋に持っていってやるから、待ってな」
「ああ」
男性が鍵を投げ渡してくるのを受け止めて頷く。鍵には番号が記された板がついている。部屋番号だろう。そこから推測するに、俺の部屋は二階らしい。
「はぁ!? な、なんだこりゃあ?」
階段を上るとき、階下から男性が驚く声が聞こえた。が、俺には関係なかろうと部屋を探す。ドアに貼り付いているプレートを見ていけば、階段のそばですぐに見つかった。内装を見た感想は……まあ、普通だ。日本のホテルほど整ってはいないが清潔感はある。ゆっくり休めそうだ。
ベッドに腰をかけ、一息つく。が、残念ながら休息するにはまだ早いらしい。目の前の空間が揺らぎ始めたのだ。この現象には見覚えがある。あのときと同じなら、現れるのは当然、奴だ。
「ちょっと、ちょっと! 何してくれてるの!」
空間の歪みから現れたのは、予想通り、御使い男だった。




