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第8話 風の去った村

 夜が明けても、灰海の空には朝も夜もなかった。

 それでも、さっきまでの闇とは違う。風車が再び回る音が、少しだけ世界に色を戻していた。


 灰獣はもういない。

 けれど、村の外れには焼け焦げた匂いと、崩れた家の残骸が残っていた。


 「……想像してたより、被害は大きいな」


 アオが呟くと、セリアは布のマスクを直しながら頷く。

 「風が寝ている間は、私たちが守らなきゃならない。

  でも、もうこの村は保たないかもしれない」


 風車の基部にひびが入り、動かなくなったものもある。

 子どもたちは避難に追われ、大人たちは壊れた羽根を外して修復を始めていた。

 風紐の柱――あの旗が結ばれた塔は半分ほど折れ、布だけが風に絡まっている。


 「みんな、落ち着け! まだ風は吹く!」

 老人のひとりが叫ぶ。

 けれど声は震えていた。信仰と現実の境目は、灰になるほど薄っぺらい。


 アオは、セリアの横顔を見た。

 夜中に命懸けで笛を吹き続けた少女の表情は、冷静過ぎるほど静かだった。


 「……怖くないのか」

 尋ねると、セリアはほんの少しだけ笑った。


 「怖いよ。でも、風がまた吹く。

  風が沈黙する時に、試されるのは“信じる力”だから」


 「信じるだけで、人は生きていけるのか?」


 自分でも意地っ張りな言葉だと思った。

 セリアは答えなかった。ただ、壊れた風車を見つめたまま呟く。


 「“信じられない”ってことも、風の一部なんだよ」


 アオはその言葉の意味を考えようとして、やめた。

 理屈よりも、目の前の現実が切実だった。


 子どもたちの泣き声。

 倒壊した屋根を直そうとする手。

 風の神を怒らせたのかと怯える老人。

 風が止まれば、人の心まで止まりそうになる。


 その混乱の渦中、奥から誰かが駆けてきた。

 「セリア! 風車の下の水槽が……!」


 雨を集めて蓄えていた地下貯水層。そこから黒い水が溢れだしていた。

 嫌な臭い――焦げた金属と油の匂い。

 覗き込むと、底で赤い灯りが瞬いている。


 「……まだ、灰獣の部品が動いてる」


 「逃げろ!」


 セリアの叫びと同時に、爆音が響いた。

 水面から飛び出した金属の腕が、壁に叩きつけられる。

 半壊した灰獣のコアが、機械のように体を起こした。


 「おい! まだ動けるのかよ!」


 アオが鉄棒を構える。

 セリアはとっさに笛を吹くが、音は途中で掻き消された。

 黒い水が気化して煙となり、風の流れを止めてしまったからだ。


 「風が……止まってる!」


 「走れ!」


 二人は同時に村の外へ駆け出した。

 背後で爆発音。赤熱した金属が灰とともに吹き上がる。

 飛び散った火花が布屋根に燃え移り、火の手が上がった。


 人々が悲鳴を上げる。セリアが足を止める。

 「戻らなきゃ!」

 「無理だ! 中はもう燃えてる! 」


 アオが手を掴む。

 「助けたきゃ、生き延びろ! このまま焼け死んでも、誰も救えねぇ!」


 セリアは振り払おうとしたが、アオの顔を見て立ち止まる。

 炎が灰に反射して、ゆらゆらと光を踊らせる。


 その火を見ながら、セリアが静かに言った。


 「……風が、怒ってる」


 「怒ってるんじゃない。これは――世界の警告だ」


 アオは光の柱の方向を見やった。

 遠くの白い光が、赤く染まっているように見えた。


 「風だけじゃどうにもならない。

  人が作ったものも動いてる。何かが“目覚めた”」


 燃える村の中から、老人の声が響く。

 「セリア! 子どもを頼む!」


 咄嗟に顔を上げると、炎の向こうに小さな影――少年が倒れている。

 アオは迷わず走った。灰と煙で視界が白くなる。

 少年を抱きかかえ、セリアとともに外へ走り抜けた。


 抱えた子どもが弱々しく息をする。

 セリアは震える手で髪を撫でた。


 「……もう駄目かと思った」

 「だから言っただろ。信じる力だけじゃ足りない」

 「あなたって、本当に意地悪ね」

 「そうでもしなきゃ、生き残れなかった」


 そう言い合って、二人ともかすかに笑った。

 灰の風が吹く。燃え残った布が灰になり、空へ舞う。


 村は、もう生きられる場所ではなかった。


 「行こう」

 アオは背中のリュックを背負い直す。

 「この子を安全なところに届けたら、俺は聖遺区へ行く」

 「一人で?」

 「他に道を知ってるやつがいない」


 セリアは少し黙り――やがて、小さく息を吐いた。


 「しょうがないな。

  風はきっと、“一人じゃ行くな”って言ってる」


 「風が?」

 「そう。……私も行く」


 アオは一瞬、言葉が出なかった。

 セリアは空を見上げて続ける。


 「村の人たちを助けるには、“風の流れ”を変えなきゃならない。

  そのためには、光の塔で何が起きてるかを知らなきゃ。

  あんたの“なんで”と、私の“信じたい”を、少し合わせてみる」


 アオは苦笑した。

 「勝手に決めるんだな」

 「風がそう言ったもの」

 「……あんたって、本当に都合のいい風使いだ」


 「そっちこそ、“理屈の塔”の人間らしい理屈屋じゃない」


 二人の言い合いをかき消すように、灰が一斉に舞った。

 風紐の柱が音を立てて崩れる。

 音は、まるで村全体の息が静かに絶えたようだった。


 アオは聖遺区の光を見つめた。

 その白い柱が、今はどこか赤を帯びて揺らめいている。


 「――行こう。風が止まる前に」


 セリアが頷く。

 二人の背中を、灰の風が追いかけていった。


(第9話へ続く)

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