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第7話 風の夜

 夜が来ても、この世界は暗くならなかった。

 灰を通して光が拡散し、昼のようでもあり、夢の中のようでもある。

 外の風がかすかな音を立て、村全体が祈るように静まり返っていた。


 「風の夜って、こんなに静かなのか?」


 俺が小声で尋ねると、セリアは小さく頷いた。

 「風が止まる夜は、みんな“風の声”を聴こうとするの。

  眠る人より、祈る人の方が多いよ」


 「声、ね……」

 「風は、ここに生きてるもの全部と話してるの。

  だから、怒ってる時は早く吹くし、喜ぶ時はやさしく撫でてくれる」


 その言葉に、思わず苦笑する。

 「まるで人みたいだな」


 「当たり前でしょ。だって、“人も風の一部”なんだから」


 あっけらかんと言い切る彼女の横顔に、俺は言葉を失う。

 信じているのじゃない。生き方そのものが、その思想に沿っている。

 塔の生活では考えられなかった“信仰と理屈の境界”のなさだった。


 「でも、風は何も話さないさ」

 俺は思わず言葉を挟む。

 「風は大気の流れだ。温度と圧力の差で動く。教科書に――」

 「教科書?」

 セリアが眉をひそめた。


 「塔の資料のことさ。昔の人の記録」

 「昔の人は、風を“数字”にしたの?」

 「……まあ、そうだな」

 「じゃあ、彼らが作った“光の塔”が世界を壊したのも、数字のせいね」


 怖いほど静かな声だった。

 外では子どもたちの祈りの歌が、かすかに流れている。

 「風を見ようとするあまり、触れられなくなったのよ。

  あんたたち“塔の人”の目には風が見えても、心は吹かれなかった」


 刺さるような言葉だった。

 けど、反論できない。

 俺の中の「知りたい」という願いも、もしかしたら“見ようとし過ぎる目”なのかもしれない。


 「……でも、“知らなくてもいい”ってのは、怠けすぎじゃないか」

 「怠けてない。聞き方が違うだけ」

 セリアは外を指差した。


 「見ようとするあんたたちと、聞こうとするあたしたち。

  違う道をとっても、風はどちらの声も運んでくれる。

  だから――」


 その時、突風が吹き抜けた。

 違う。風圧が重い。灰の粒が地面から一斉に舞い上がる。


 セリアの顔色が変わった。

 「灰獣だ!」


 同時に、村の奥から金属を軋ませるような不気味な音が響く。

 目をこらすと、灰の中に黒い輪郭がうごめいていた。

 四足の獣――だけど、それは生き物じゃない。

 装甲の破片とケーブルで組み合わされた機械の塊だ。


 「みんな! 風車を止めて!」

 セリアの声が村中に響く。


 人々が一斉に風車の支柱に取りつき、回転羽根を固定する。

 「止まれば、奴らは音を追わない!」

 「お前はどうするんだ!」


 俺が叫ぶより早く、セリアは走り出していた。

 風紐の柱へ。あの村の中央の塔だ。

 彼女は腕の布をほどき、手に持った笛を口に当てる。


 ヒュゥゥウウ――


 低く長い音が、灰夜に鳴り響く。

 “風の歌”。

 風紐の旗が揺れ、灰が渦を巻く。

 灰獣の影がその音に向かって足を止めた。


 「セリア!」

 俺は走った。

 獣の胴体から、鋭いワイヤーのような腕が振り上がる。

 手近にあった鉄棒を掴み、反射的に前へ出る。


 金属同士が激しくぶつかり、腕が飛んだ。

 獣はかすれた電子音のような悲鳴を上げて、後ろにのけぞる。

 セリアの吹く音が止まる。


 「逃げろ!」

 「もう少し! あと一息で風が来る!」


 確かに――空気が震えた。

 風車が一基、きぃ、と鳴いて動き出す。

 まるで息を吹き返すように、周囲の旗が一斉に踊り出した。


 灰獣が怯む。

 灰の渦がそれを包み込み、姿が溶けるように消えていった。

 数秒後、静寂。灰の粒が再び地面に戻る。


 俺はその場にしゃがみ込み、大きく息を吐いた。

 「……これが、“風の夜”かよ」


 セリアが笛を下ろし、肩で息をしながら笑った。

 「だから眠らないって言ったでしょ」

 「心臓止まるかと思った」

 「大丈夫。風が守ってくれたから」


 そう言って、セリアは空を見上げた。

 風車が回るたび、夜空の灰が淡く光る。

 その光の向こうで、白い柱がまた一瞬、明滅した。


 「……あれも、風のしわざか?」

 「違う。あれは“人間の息”の残り」

 セリアの声は少しだけ固くなる。

 「風が止まるたびに、あの光は強くなる。

  きっと、塔の人たちの祈りがまだ消えてないんだよ」


 アオはしばらく黙ったまま、その光を見つめた。

 恐ろしいほど静かな灰海の夜の中で、心臓の音だけがやけに生々しく響いていた。


 ――この世界では、生きること自体が問いの連続だった。


 風の音が少しずつ優しくなる。

 セリアが微笑んで、灰に埋もれた灯りを指差した。


 「ほら。風が、答えてる」


 同時に、遠くでまたひとつ、風車が回り始めた。

 小さな村全体が、ゆっくりと“生き返る”音を立てていた。


(第8話へ続く)

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