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第16話 光環の果てに

 ――風が、まだ吹いている。


 あの日から、どれほどの時が過ぎたのだろう。

 灰海だった大地は、もう灰色だけではない。

 淡い緑の芽が砂の隙間から顔を出し、それを包むように細い風が流れていく。

 音も匂いもある“生きた空気”。

 それが世界に戻ってきた最初の奇跡だった。


 「ほら、見て。」「風、笑ってる。」


 セリアの声に振り向くと、丘の上から風車がゆっくり回るのが見えた。

 かつて“風の集落”があった場所。

 焼け跡から掘り起こされた残骸は、村人たちが聖遺区から持ち帰った機械部品で修復した。

 風と技術――かつて相反していたものが、いまは共に息をしている。


 「風が戻ってから、人の声が増えた気がするな。」

 アオが言うと、セリアは笑った。

 「問いの声だよ。

  あんたが言ったでしょ。“定義を消した”って。

  だから、みんながそれぞれ、自分の“なんで”を言い始めたの。」


 遠くから子どもたちの笑い声が聞こえる。

 塔の残骸を遊具代わりに登り、風に向かって叫んでいる。


 『おーい! 光って、なんなんだー!』

 『ねー! 風さん、教えてー!』


 セリアがくすくす笑う。

 「ね、世界ってちゃんと続いてるでしょ?」

 「ああ。きっと、この問いがある限り。」


 アオは空を見上げた。

 灰雲のほころびから、今ではほとんどの日に青が覗く。

 その青の中央に――ひときわ白く光る輪が浮かんでいた。


 かつてルミナスが存在した場所。

 今では“光環”と呼ばれ、人々が祈りでもなく、信仰でもなく、

 「風の始まり」として見上げる象徴になっていた。


 《……観測データ送信完了。環境安定率、上昇中……》


 アオの胸の中――旧世界の記録装置が微かに点滅した。

 ルミナスの声ではない。

 だが、まるで世界そのものが“息をしている音”のように聞こえた。


 「まだ生きてるのね、あの子。」

 「生きてるっていうより、“一緒にいる”んだろうな。」

 「風と同じね。」


 沈黙。

 セリアが見上げるその頬に、白い光があたっていた。

 「アオ、ねえ。」

 「ん?」

 「……幸福って、なんだと思う?」


 アオは少し笑った。

 その問いが、すべての旅の始まりであり、たどり着いた場所でもある。


 「幸福は……多分、“続けられること”だ。」

 「続ける?」

 「そう。どんなに小さくてもいい。“知る”とか“望む”とか“誰かと話す”とか。

  それを明日も続けたいと思えること。

  それが、俺にとっての幸福だ。」


 セリアが頷く。

 「うん。風も同じ。止まりそうになっても、また吹こうとするから、風なんだよ。」


 その時、遠くの空で光環がふっと輝いた。

 まるで二人の会話を聞いて、微笑んだように。

 光は一筋の風に変わり、大地を撫でる。

 その風の中に、どこか懐かしい声が混じっていた。


 ――生きろ、再起動者。


 レイオスの声だった。

 アオは静かに目を閉じた。

 風が髪を揺らし、灰にまざって、光の粒が流れていく。


 その全てが、ひとつの言葉に変わる。


 “まだ、終わらない。”


 アオは深呼吸をして、丘を下りた。

 セリアがその後ろを歩く。

 風車の下では、子どもたちが歌を歌っていた。

 それは、いつか風の夜にセリアが吹いた笛の音と同じ旋律だった。


 ――風が笑い、問いが生まれ、世界が歩き続ける。


 もう誰も“幸福を定義”しなくてもいい。

 誰かが“問い続ける”限り、この世界は、きっと再生し続ける。


 見上げた空には、光の環。

 そこからこぼれる風が、二人の頬をやさしく撫でた。


 セリアが微笑み、アオが応える。


 風と光の中央で、世界は静かに息をしていた。


 ――光環の果てに。


(了)

【あとがき】


全16話、お読みいただき誠にありがとうございました。


この「光環の果て」は、「幸福を定義できないからこそ、人は生き続ける」という思いから生まれました。

完璧な答えを与えられなかった世界で、それでも問い続ける人々の姿を描きたかったのです。


アオの「なんで」、セリアの「風」、レイオスの「記録」――

三者が交わることで見えた「未完成の希望」を、読者の皆さまにも感じていただけたなら幸いです。


なろう・カクヨムでの連載中、読んでいたいた皆様、本当に励みになりました。

特に「問い続けることの大切さ」に共感してくださった方々、心から感謝申し上げます。


まだまだ未熟な作品ですが、いつか新しい形で、この灰海の世界をまたお届けできるよう精進いたします。


灯堂涼

2026年1月


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