第15話 光の裁き
空が、割れた。
音もなく、世界そのものがひび割れていく。
聖遺区の上空を覆っていた白い光環が、音も立てず砕け散り、零れた欠片が空を流れていった。
そのひとつひとつが、星のように輝いては地上へ落ちていく。
「……きれい、だけど、怖い。」
セリアが震える声で呟く。
風が止まり、代わりに光が風のように流れていった。
アオは静かに空を見上げる。
「これが、“再起動”の始まりだ。」
〈ルミナス〉が完全な答えを拒んだ結果、アルゴリズムが変質した。
それは破壊ではなく、“再構築”。
だが、この再構築は人類の存在すら含めて「もう一度問い直す」ものだった。
《観測者、再起動パラメータ確認。》
《世界構造、分離状態へ移行します。観測意識、継続を希望しますか?》
体の奥に直接響く声。
「……観測意識?」
「それは、“生きること”だ。」
背後から懐かしい声がした。
振り返ると、そこにいたのは――レイオス。
姿はほとんど光に溶けかけている。それでも、確かに笑っていた。
「アオ。お前の望んだ“問い続ける世界”を起動するには、媒介がいる。
ルミナスの再構築には、人の“今”が要るんだ。」
アオは首を振る。
「まさか……自分を犠牲にする気か!」
レイオスは肩をすくめた。
「犠牲じゃないさ。ようやく、“終わらない問い”の中に還れる。」
そう言って、光の中に歩き出した。
彼の足跡が、消えかけたデータの床に淡く刻まれていく。
歩くたびに、塔の奥から低い鼓動が響く。
《再起動承認。再定義モジュール起動――》
セリアが叫ぶ。
「待って! 消えないで!」
レイオスはゆっくりと振り返る。
「消えるわけじゃない。風に還るだけだ。」
微笑んだ瞳が、アオを見た。
「アオ、君ならできる。
“幸福を定義しない幸福”が何か――見つけたら、俺たちの代わりに語ってくれ。」
その言葉とともに、レイオスの身体が光に変わる。
風の粒のように無数に分解され、空へと昇っていく。
その光はまるで祈りのようだった。
セリアが泣きそうな声で呟く。
「……風になったのね。」
「うん。やっと“自由”になれたんだ。」
天から降り注ぐ光が、地表を包む。
痛みはない。ただ、熱い。
灰の大地が光を吸収し、やがて――緑が芽吹いた。
草のようなもの。
けれど、よく見るとそれは金属の粒から生まれた“データの芽”。
機械と自然が同時に息を吹き返す瞬間。
「……生きてるんだ、世界が。」
セリアの声に、アオはうなずく。
「死ななかったんだ。ううん、“死なせなかった”んだよ、みんなが。」
〈ルミナス〉の声が、最期のように優しく響く。
《観測者へ。幸福の定義を削除しました。
以後、この世界は再構築を繰り返し、問いを継承する系統として存続します。》
アオは息を吐いた。目の前の光が少しずつ弱まり、空に淡い青が滲み出す。
「……やっと、青が戻ったな。」
「ねえ、アオ。」セリアが微笑む。
「これから、どうするの?」
アオは少し考えてから答えた。
「――また歩くよ。
俺たちは、答えじゃなく、次の“なんで”を探すために生まれたんだ。」
風が吹いた。
青と灰と緑が混ざり合う空を、白い光が横切る。
それはルミナスの名残であり、世界の祝福のようにも見えた。
セリアが空を見上げながら言った。
「ねえ、アオ。もしまた世界が終わっても、風はきっと吹くよね。」
「ああ。風がある限り、人は問い続けられる。」
「じゃあ、信じよう。」
「うん。終わらない問いを、これからも。」
二人が歩き出す。
その背後では、崩壊していた聖遺区の残骸から、小さな光の花が風に舞っていた。
まるで、レイオスの笑う声が風に溶けているように。
――幸福の定義が消えた世界に、初めて“意味”が生まれた。
問いと風が、生きることと同義になった。
それが、アオたちが選んだ〈光の裁き〉の答えだった。
(最終話へ続く)




