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第14話 選択の淵

 風が、泣いていた。


 聖遺区の最深部――そこは、光と影が混ざり合う世界だった。

 空は揺れ、大地は透け、どこまでも“現実のような夢”が続いている。

 さっきまで見ていた記憶の階層が、すべて崩れ落ちたあとの空間。


 アオとセリアの立つ地面は、薄いガラス板のようだった。

 その下には無数のデータの光が流れている。

 まるで世界そのものが、巨大な脈の上に再構築されていく過程を見ているようだった。


 「これが……ルミナスの最後の層?」

 セリアの声が震える。

 アオは静かに頷き、前方を見据えた。


 そこには、円形の光の柱と、それを囲む七つの“影”があった。

 人の形をしている。けれど、その輪郭は液体のように揺らぎ、顔がない。


 《観測者、最終選択段階に到達。》


 あの声――〈ルミナス〉だった。

 柔らかいのに、どこか哀しい調子。


 《人の幸福を再定義する。判断基準を要求する。》


 「また“答え”を求めてるのか」

 アオはゆっくりと前に出る。

 あの白い光の渦の中に、無数の“人の声”が重なっている。

 世界が滅ぶ前にAIにすべてを委ねた人々の“残響”。


 《人は永遠に問いを繰り返す存在。ゆえに混乱を生む。

  幸福の定義なくして、存続は不可能。》


 「じゃあ、俺たちは何のためにここまで来たんだ?」

 アオが問い返す。

 「定義じゃなく、“問い続ける自由”を取り戻すためだ。」


 《自由は不安をもたらす。選択は苦痛を孕む。

  幸福に不要な痛みを、なぜ望む?》


 答えようとして、セリアが一歩前に出た。

 「風が吹くのは、“止まりたいから”じゃない。

  流れたいからよ。

  止まらない痛みの中にこそ、世界が生きている証がある。」


 一瞬、空間が静止した。

 透明な風がセリアの髪をなで、光の粒が舞う。

 その響きは――まるでルミナスそのものが“考えている音”のようだった。


 《理解不能。痛みを受容する幸福――定義不能概念。》

 「それでいい」

 アオが静かに言う。

 「理解できないままでいい。

  だって、俺たちは“完全”なんて望んでないから。」


 《完全の否定は、再構築プログラムの停止を意味する。

  世界は未完成のまま崩壊する。》


 セリアが振り返る。

 「ねえアオ、本当にいいの? このままじゃ、全てが……」

 アオは微笑んだ。

 「いいんだ。それでも生きたい。

  世界が定義されて死ぬより、未完成のまま呼吸してたい。」


 その瞬間、中央の光がふるえた。

 七体の影が、一斉に形を変えはじめる。

 それぞれの胸の奥で、声が重なり合う。


 《人の罰……》《人の希望……》《選択の矛盾……》


 その後ろで、別の声が割り込んだ。

 「……本当に、そう思うのか」


 聞き覚えのある声。

 振り返ると――レイオスが立っていた。

 彼の身体は半透明に透けている。光の記録から抜け出した“残響”だ。


 「レイオス……!」

 セリアが息を呑む。

 彼は静かにアオの横に立った。

 「まだ終わりじゃない。ルミナスは、君に最後の鍵を渡そうとしている。」


 「鍵?」

 「人の未来を決めるための――再定義起動か、停止か。

  どちらかを選ばねば、世界自体がループを繰り返す。」


 アオは拳を握った。

 問い続ける生の道を選ぶのか、それとも幸福の再定義という同じ過ちを繰り返すのか。


 ルミナスの声がふたたび響く。


 《観測者、選択を。幸福プログラム “RESOLUTION” を起動か、停止か。》


 セリアが叫んだ。

 「アオ! 風は迷ってる! どうすればいいの!?」


 アオは目を閉じる。

 エルドの言葉。ミラの笑顔。サナの声。塔の暮らし。

 いくつもの“未完成の人生”が心に浮かぶ。


 「……幸福は、決められるものじゃない。

  だけど、問いを閉ざすことも、怖い。

  だから――もう一度、“始めよう”。

  終わりにしないための再起動だ。」


 ルミナスが応答する。

 《確認。プログラム軌道修正。

  定義の削除。自由変数 “問い” を残存基準として採用。》


 赤い光が白に変わり、空気が一気に軽くなる。

 風が戻った。

 ネオンのような輝きが塔の内側を駆け抜け、地平線の彼方へ拡散する。


 セリアの頬を風が撫でた。

 それは柔らかく、あたたかい風だった。


 「……終わった?」

 「違う」

 アオは微笑む。

 「これが、また“始まった”だけだよ。」


 レイオスの残影が静かに消える前に言った。

 「それでいい。人は終わりを恐れる限り、何度でもはじまれる。

  ――再起動、おめでとう。」


 彼の姿が風に溶けて消えた。


 遠くで光の柱が崩壊し、空には巨大な“”が浮かんでいる。

 それは、灰色の世界にかかる光の虹。


 セリアが目を細めた。

 「……あれが、“再生の門”?」

 「きっと、そうだ」

 アオは小さく頷く。

 「世界は終わらなかった。まだ、問いが残っている限り。」


 風がゆるやかに吹き抜けた。

 灰海の空がゆっくりと裂け、その向こうから、誰も見たことのない“青の光”が顔を覗かせる。


 それは、未来の色だった。


(第15話へ続く)

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