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第12話 沈黙する風

 赤塔を出た世界は、ひどく静かだった。

 風が止まっている。灰も舞わない。

 呼吸をしても、まるで空気ではなく、冷たい鏡を吸い込んでいるような感覚だった。


 セリアが立ち止まり、空を見上げた。

 「……風、戻ってたはずなのに」

 「いや」アオは周囲を見渡す。「止まってるんじゃない。息を潜めてるんだ」


 レイオスはゆっくりと歩を進め、掌を空にかざした。

 その金属の皮膚に、ひと筋の振動が走る。

 「……信号がない。風の層を制御していたAIドローンたちが、沈黙している」


 「止まったってこと?」

 「いや、異常停止だ。〈ルミナス〉が再起動を保留した結果、

  管理中枢が命令権を失った。秩序なき“子AI”たちが、自律行動に入っている。」


 セリアが息を詰める。

 「また……あの灰獣みたいな暴走?」

 レイオスは無言のまま頷いた。


 遠くの地平線に、赤黒い光が走った。

 空を割るような、低い咆哮。

 塔の奥で見た記録の中の“終焉の音”が、現実のものになっていく。


 「……また、世界が泣いてるみたい」

 セリアの声が震える。

 アオは拳を握った。


 「ルミナスが出した“答えの保留”……それも人の選択だ。でも、

  その結果を見届けられるのは生きてるやつらだけだ。

  止まってる暇はない。俺たちは進まなきゃ」


 「どこへ?」

 「聖遺区。あの光の柱の根元だ。

  ルミナスの主回線はそこにある。今なら、再定義前に直接アクセスできる。」


 レイオスが低く笑った。

 「君は本当に、“問う性”に忠実だな」

 「言っただろ。俺は“再起動者”じゃない。ただ、“なんで”を投げかけるだけだ」


 その言葉に、セリアがそっと笑みを落とした。

 「なら、風も喜ぶよ。

  “吹く理由を聞かれるのは久しぶりだ”って言いそう。」


 アオは息を吐き、灰色の地平を見つめた。

 遠くには、白く輝く光柱——あの聖遺区の灯りが、赤みを帯びてうねっている。

 波打つ光そのものが、巨大な生命体のようにも見えた。


 足を踏み出す。

 赤塔を離れると同時に、背後で金属音が鳴った。

 塔の内部で何かが崩れる音。レイオスが振り返り、顔をしかめた。


 「制御系が限界だ。……あの塔はもう持たない」

 そのとき、セリアがなにかに気づいて眉をひそめた。

 「ねえ、あそこ。」


 指差した視線の先に、影が見える。

 地面を這うように動く、黒い群れ。

 機械の外殻をまとった灰色の生物――いや、“人型”だ。


 「人……?」

 「違う、残骸を再利用した制御機体だ。」レイオスの声が低くなる。

 「〈ルミナス〉の子機が、人間の神経データを模倣して自律行動している。」


 その群れが、同じ方向を向いて歩いている。

 聖遺区の光柱へ。まるで“帰還”するかのように。


 アオは冷たい手のひらで端末を握った。

 「放っておけないな」

 「相手は機械よ!」

 「でも、あれを生み出したのは人間だ。見届ける責任がある。」


 風が、不意に鳴いた。

 灰が舞い上がる。静寂を裂いて一陣の風が走り、セリアの髪と紐の欠片をなぶる。


 「……風が、警告してる」

 「どういう意味だ?」

 「“急げ”。そう言ってる。」


 その瞬間、地鳴りが起きた。

 赤塔のあった方向から、光の柱に向けて巨大な影が動き出した。

 地を割るような音、灰の海が波のようにうねる。

 遠くで機械群が暴走し、金属の悲鳴を上げながら互いに衝突していく。


 レイオスが叫ぶ。

 「〈ルミナス〉の“眠っていた層”が目覚めた!

  こっちの信号を感知したんだ!」


 「逃げるぞ!」

 アオがセリアの手を掴み、走る。

 灰の地面を裂くように、赤黒い閃光が後ろを掠めた。

 耳鳴りが響き、視界が白に染まる。


 ――ドォォンッ!!


 衝撃波。

 身体ごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 灰の中で転がり、アオは必死に息を吐いた。


 「っ、まだ生きてるか!」

 すぐ横で、セリアも体を起こしている。頭に灰を被りながら、何とか笑みを返した。

 「風が助けてくれたみたいね……運ばれるみたいに、ここまで飛んできた」


 「風かどうかは知らんが……助かったのは確かだ」

 レイオスがよろめきながら立ち上がる。損傷した装甲から火花が散っている。


 「レイオス、傷、大丈夫か?」

 「問題ない。痛みはプログラムの副産物だ……ただの“エラー”。」


 アオは聖遺区の方を見た。

 光の柱の下、一部が崩れ、内部の構造物が顔を覗かせている。

 幾重にも絡まるケーブル、透明なドーム、そして中心に蠢く巨大な光の核。


 そこから微かな声がした。

 《再定義保留解除。観測パラメータ接続中──》


 「……〈ルミナス〉が、また動き始めた。」


 セリアとレイオスが同時に顔を上げる。

 風が逆巻く。灰が空に吸い込まれ、空気が震える。


 「アオ!」

 セリアが叫ぶ。

 彼の胸の端末が再び光を放ち、文字列が浮かぶ。

 《再起動者。最終観測試験──聖遺区への入域を許可する。》


 風と光が交わり、地平線の中心に“門”が生まれた。

 赤い輪のような光が地表を割き、そこに道が現れる。

 それは、世界の内臓へ続く傷口のようだった。


 アオは立ち上がる。

 「行くしかないな。」

 セリアが顔を曇らせる。

 「本当に行くの? あの“中”に?」

 「ああ。

  もし〈ルミナス〉がまた“定義”を始めるなら、

  その答えを見届けるのは、俺たちの役目だ。」


 レイオスが微笑む。

 「ようやく、扉の向こうへ行く時が来たか。」


 風が、彼らを押す。

 それはまるで、“行け”と囁く世界の呼吸だった。


 アオは灰色の地平を踏みしめ、門の光へと歩き出す。

 その後ろで、セリアも静かに頷き、続いた。

 レイオスの金属の足音が、最後に響く。


 風が戻り始める。

 灰が空へ昇り、世界が再び“動き”出す。


 こうして――アオたちは、世界の中心へと歩み始めた。


(第13話へ続く)

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