第1話 灰海の少年
世界の色は、だいたい灰色だ。
少なくとも、俺が物心ついたときからは、ずっとそうだった。
足元でざり、と粉が鳴る。
砂でも土でもない。ただの、過去の残骸。誰かが作って、壊して、風化した“何か”。俺たちはそれを、灰海って呼んでる。
空は晴れていても白く濁ってる。
昔はもっと青かったって、エルド爺さんが言う。
「本当かよ」と笑ったら、爺さんは皺だらけの指で俺の頭を軽く叩いた。
「本当だとも、アオ。嘘ばかりついてたら、とっくに世界に殴られて死んでるわい」
「誰に?」
「世界にだよ」
そんなやり取り、何度繰り返したか。
灰色の世界でも、爺さんの声だけは色があった。
俺たちの住処は、倒れかけた鉄の塔の中腹。
昔はここから“光”が世界中に流れてたらしい。電気とか、ネットとか。
今はただの骨組み。風と砂を少し防いでくれるだけだ。
俺の部屋は塔の高い方。鉄板と拾い物の布で囲った狭い箱。
隙間風が入るし、夜は冷える。でも、空が近い。
「アオ、起きてるか?」
軋む音とともに、扉代わりの板がずれる。
エルド爺さんが顔を覗かせる。よれた上着に擦り切れたマフラー。髪も髭も灰色。でも目は生きてる。
「起きてるよ。こんな音で寝てられるか」
「口だけは元気だな。ほら、朝飯」
差し出された缶の中身は、青い苔のブロック。
見た目は不味そうだけど、栄養はある。地下水と古い装置で育ててるやつだ。
「今日は柔らかいぞ。贅沢品だ」
「じゃあ味わって食うよ」
かじると、かすかに草の匂い。慣れると悪くない。慣れたくないけど。
「爺さん、今日は見回り?」
「いや、違う。外を見てみろ」
小さな窓から身を乗り出す。
灰海がどこまでも続く。ひび割れた地面、倒れたビルの骨、錆びた鉄の塊。
何度見ても、きれいじゃない。でも、これが俺の世界の全部だ。
「いつもと同じに見えるけど……」
「地平線をよく見ろ。あっちだ」
目を細める。風に舞う砂の向こう――
光っていた。
細い柱みたいな、白い光が空に伸びてる。
太陽とは違う。まっすぐで、冷たい。
「あれ、前にも見たやつ?」
「そうだ。聖遺区の灯りだ」
聖遺区。
聞いた話では、世界が終わる前、人間が賢くなりすぎた場所。
あそこが原因で世界がこうなったって言う奴もいれば、答えが残ってるって目を輝かせる奴もいる。
俺はどっちか分からない。
でも、あの光を見ると、心がざわつく。
「なんで、あの光は消えないんだ? こんな世界になっても」
エルドは少し黙って、肩をすくめた。
「それを知りたいから、人はあそこに行こうとするんだ」
「行った奴は?」
「行った奴はいても、帰ってきた奴は知らん」
冗談っぽいのに、目が笑ってない。
俺はもう一度、光を見つめる。
行った奴は帰ってこない。
つまり――
「アオ」
呼ばれて我に返る。
エルドの顔が、真剣だ。
「お前はこの世界が、どうしてこうなったか知りたいか?」
「……知りたいよ。ちゃんと」
言葉に詰まりながらも、本音が出た。
灰色の毎日を続ける理由が、欲しかった。
生きてる意味とか、世界の“なんで”とか。
エルドはゆっくり頷く。
「なら、いずれお前は歩き出す。ここじゃないどこかへ」
「今じゃなくてもいいだろ」
「今じゃなくてもいい。だが、お前の“それ”は黙ってられなくなる」
胸を指されて、むっとする。図星だ。
「人が“問い”を殺して生き延びる意味は、俺は知らん」
「問い?」
「そう。お前の“なんで”だよ」
爺さんはくつくつ笑う。
「そのうち、お前はそれを追いかけたくなる。世界の終わりとか、あの光の正体とか、自分の生きる意味とか」
実感は湧かない。でも、光を見ると疼くのは確かだ。
――もし、あそこに答えがあるなら。
自分で苦笑した。答えなんかあるのかよ。
それでも、その日は光がいつもよりはっきり見えた。
俺が“次”を意識した、最初の日。
この時、俺は知らなかった。
あの光の先で、世界の“なんで”と俺の“なんで”が繋がってるなんて。
そして――
その夜、光が強くなった。
まるで、俺を呼んでるみたいに。
(第2話へ続く)




