第二話 過去の亡霊たち
デヴィッドの小型シャトルが『アステリズム号』にドッキングする音が、船体全体に響いた。金属の軋みが、まるで船が悲鳴を上げているかのように聞こえる。
「許可なく乗り込むなんて…」
ライアンが呟くが、アイリスは振り返らない。彼女の指は制御パネルの上で震えていた。三年前、夫が死んだ時と同じ震えだった。
エアロックから現れたデヴィッドは、兄とは似ても似つかない痩身の男だった。グレーのスーツは皺一つなく、まるで宇宙服のように身体にぴったりと張り付いている。だが何より不気味なのは、彼の瞳に宿る奇妙な平静さだった。
「アイリス、君は大きな間違いを犯そうとしている」
「あなたに何の権利があって私たちを追ってくるの?」
アイリスの声に、抑制された狂気が滲んでいた。デヴィッドは静かに首を振る。
「君は知らないんだ。トーマスがあの星雲で何を見つけたかを」
突然、船内の照明が明滅し始めた。電気系統の異常?いや、それ以上に不自然な律動を刻んでいる。まるで巨大な心臓の鼓動のように。
「お父さんは事故で死んだのよ」
ライアンが割って入るが、デヴィッドは苦笑いを浮かべた。
「事故?ああ、そう報告したからね。だが真実は…」
その時、エリンの病室から金切り声が響いた。三人は慌てて駆け寄る。
病室のドアを開けると、エリンが宙に浮いていた。いや、浮いているように見えた。小さな身体が痙攣し、口から光る唾液が滴り落ちている。
「エリン!」
アイリスが駆け寄ろうとした瞬間、娘の瞳がぱっちりと開いた。だがその瞳は、もはやエリンのものではなかった。星雲の色と同じ、紫と緑が渦巻いている。
「パ…パパが…呼んでる…」
エリンの声は、まるで複数の声が重なったかのように響いた。室温が急激に下がり、三人の吐息が白く立ち上る。
「これが始まりだ」
デヴィッドが震え声で囁いた。
「トーマスは死んでいない。あの星雲の中で、彼は『何か』になった。そして今、娘を通じて戻ってこようとしている」
アイリスの顔が青ざめた。だが同時に、狂気じみた笑みが唇に浮かんだ。
「だとしたら…完璧じゃない。夫に会えて、娘も治せる」
「アイリス、君は正気か?」
ライアンが母親の肩を掴むが、アイリスは振り払った。その瞬間、彼女の細い腕に異常な力が宿っているのを感じる。
船外では、星雲が不気味に脈動していた。まるで巨大な生命体の内部に入り込んでいくかのように。船体に当たる光の粒子が、有機的な響きを立てている。
「システム警告。未知のエネルギー源接近。船体の分子構造に変化を確認」
コンピューターの機械的な声が響く。だがその声にも、どこか人間じみた恐怖が混じっているように聞こえた。
エリンがゆっくりと振り返る。その顔は娘のものだったが、表情は全く違っていた。まるで何かに憑かれたかのような、大人びた微笑み。
「ママ…もうすぐパパに会えるよ」
星雲の中心から、巨大な影がゆっくりと立ち上がり始めていた。