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5.人間街にて

「すご、人間が沢山いる!」


 神社の階段を下った先には、人間街が広がっていた。横を向けば社とは全く違う造りをした建物が立ち並び、高く登った日の元で人間達がせわしなく活動している。


 下を向けばさっきまでの柔らかい地面が硬い石粒達に覆われて、歩くたびにコッ、コッ、って音が鳴った。あまりやると変な目で見られてしまうのですぐにやめた。上を見ればまばらに黒い線が通っていて、その上に烏や雀が停まっている。皆んなが一休みをするには丁度良い太さの線だ。

 全部全部、初めて見るものばかりだった。


 人間達からしたら、こんなのは当たり前で退屈な光景なのかも知れない。でもぼくにとっては今ここに見えるもの1つ1つが、普段の生活じゃ見ることの出来ないものばかりだ。文字だけの本で想像していたのと全く違う。……カコ達はぼくの社へ来るたびにこれを見てたんだよね。


「って、こんなことして時間潰してないで行かなきゃ」


 このままこんなところではしゃいでたら、他神、それこそカコやイミナジに見つかるかも知れない。せっかく神社であんなに拗ねたフリまでしたのに、ここで見つかったら水の泡だ。


 さっき頑なにカコと目を合わせようとしなかったのは、単に怒られたことに対して拗ねていたんじゃない。ああしていれば、いづれあの場の空気に耐え切れなくなったカコが帰って、境内を抜け出せると思ったからだ。


 でも、今になって罪悪感が強くなって来た。ぼくは“気まずそうにしてた”で済ませちゃったけど、カコのあの表情、深く傷つけちゃったかも知れない。目線を下げて何度か謝ってきたカコの声が頭に浮かぶとその罪悪感が余計に膨らむ。とっさに思いついたやり方じゃなくて、もう少し考えれば良かったかな。


 そこまで考えてしまったところで顔を振る。いやいや、あの状況で他に出来ることと言ったら無謀にカコを説得するくらいだ。そんなのは無理だって分かりきってることだ。

 今はそんなことを考えるのより、とりあえず移動してメイを探そう。せっかくカコ達の反対を押し切ってまでここへ来たのに、何にもならないで帰れない。


 確かに人間街にも興味はあるし、次いつ来られるか分からない以上今のうちに色んな所を見て回りたい。でも、ぼくの中ではそれよりも人間街でメイに会ってみたいっていう願望の方が確実に勝っていた。だからひとまずそれが最優先だ。


 「神様と仲良くなれますよーに!」そう叫んだメイの声が忘れられない。一緒に遊んでくれたあの顔も。動物達の噂と大きく異なってたメイ。――どこにいるんだろう。早く会いたいな。

 そんなことを考えながら、ぼくはまだまだ知らない人間街を歩き始めた。




 暫く歩いていると、地面の両脇が太陽に照らされた葉っぱみたいな明るい緑色に変わった。


 黒い地面に明るい緑色。変な配色だな、何かの道標みたいだ。山にもあるらしい桃色の布みたいな役割でもしているんだろうか。確かあれも山に登る人間が迷ってしまわないための道標だって聞いたことがある。もしこの緑色もそうなら、これを辿ればメイに会えるかな。会えなくても人間街を歩いているうちに何かわかるかも知れない。

 緑色は真っ直ぐ続いていた。




 緑の道を歩いていると、いきなり知らない人間に声をかけられた。


「ぼーく、こんなところで何してるんだい。学校は?」


 メイ以外の人間と喋ったことがないぼくは当然たじろぐ。


「……いや、ぼくは何も。えっと、ガッコーとか、サボリとかは、その違います」


 聞いたこともないような単語を並べられ、反応の仕方も分からない。しかし、人間はそんなぼくにもお構いなしに質問を続けて来る。


「へえ、学校じゃないなら何してんだい?」


 何を? どうしよう。普通にメイを探してましたって言うのは良くない気がする。フシンシャの言うことだよって、狐のおばちゃんが確かそんなことを言っていた。


「え、えっと……。み、緑の道を、辿ってました?」


 駄目だ。カコ達と話す様にすれば良いのは分かってるのに、相手が人間だって意識しちゃうと上手く話せない。絞り出した答えも我ながら意味が分からない。人間……狐のおばちゃんくらいの年齢だろうか、もその答えを聞くと、一瞬目を見開き、そしてぼく自身が哀れに思えてしまうくらいの声量で笑い出す。


「もうちょっとマシな言い訳があるだろうに! おばちゃんの息子も学生時代はよく学校をサボってたけど、“親が病気した”とか“怪我した”って言って上手いことやってたよ? アタシはいつだってピンピンしてんのにねぇ。アンタも学校サボるってんなら、それくらいの言い訳くらい考えときなよ」


 そう言ってまた笑う人間のおばちゃん。このおばちゃんに限らず、このくらいの年齢の奴はこう言う話が好きなのかな。よく一緒に喋ってくれる狐のおばちゃんもこんな調子で永遠と喋り続けてた。


「ほら、飴ちゃんあげるから、帰って親御さんや先生に怒られない様やるんだよ」


 人間のおばちゃんは勝手に話を進めて、ぼくに手のひらにも余裕で収まるくらいの小さな袋を渡してきた。これ、開け口が無いけどどうやって開けるんだろう。ギザギザの部分を引っ張るのだろうか。


「えっと、ありがとうございます」


 よく分からなかったけど、物をもらった訳だし取り敢えずお礼を言った。人間のおばちゃんはそんなぼくに手を振り、近くにあった建物の中に入っていった。……何だか嵐のような人だった。ここら辺に住んでる人なのかな。

 ぼくはもらった袋をポケットに入れ、そこに居続けるのも居た堪れなくなって足速にその場を去った。




「人間と話すのはまだ慣れないな。メイと話すのは結構楽だったのに」


 あてもなく歩き回っていたら、小さい建物(と言ってもぼくの社より大きいが)ばかりだった中からそれらの何倍もありそうな大きな建物が現れた。ここの中になら人間が沢山居そうだけど、この建物は緑色の網に囲まれているから多分入れない。


 ここに来るまでに見た沢山の人間はどれもメイの特徴と一致しなかった、というか見かけるのは毎回“老人”とか“大人”ばっかりで、メイみたいな“子供”は1人も見なかった。もしかしたらこういう大きな建物とかに“子供”というのはいるのかも知れない。人間街と言っても、場所によって何がいるとかあるのかなぁ。動物達もそうだし。


 はぁ、ずっと歩いてたら息が上がってきた。少し休憩しよう。でもここだと人間が通ったときにまた声をかけられてしまうかも知れない。もうちょっと影に行こう。


 ぼくはこの大きな建物の北側に向かった。そこは道も他より少し細く、建物に光を遮られているせいで結構暗かった。ここならあまり人間も通らないだろうし、通ってもきっと見つからない。

 人間が嫌いになった訳じゃない。ちょっと疲れただけだ。毎年10月、出雲に行ったときでも疲れた時はこうしてる。


 そう言い訳しながら、ぼくは壁に寄りかかって座ろうとした。……座ろうと、に終わった。最近こんなことばっかだな。見たくないけど、仕方なくたまたま視界に映ってしまったそれに目線を向ける。やっぱり、そこには見知った顔の狐がいた。


「おや、これはロトサマじゃありませんか。どーしたんですかい、こんなところで」

「コト……。お前こそ何でこんなところにいるんだよ」


 コト。こいつはぼくの神社の境内に住み着くただの狐。さっき来たイミナジに雰囲気が似てるから少し苦手な奴だ。だけど似てるのは雰囲気だけで、性格は少し、いやかなり違う。

 イミナジが極度の面倒くさがりなのに対してこいつはかなり活動的……といえば聞こえは良いけどこいつは結構な悪戯好きだ。よくぼくの本を隠すし、寝てる間に寝間着をぐちゃぐちゃにしてくるし。


 カコ含め他の神や動物達曰く、度々この人間街に降りて来ては毎度の様に悪戯をして人間達を驚かせているらしい。コイツのせいで何度ぼくまで怒られたことか。


「どーもこーも、人間と戯れに来たらたまたまロトサマを見つけましてねェ。面白そうだから声をかけたんですよぅ」


 何が戯れに来た、だ。どうせまた何が悪戯をするつもりで来たんだろ。


「で、ロトサマは結局何をしてるんですかい?」

「……人間の女の子を探してる」


 こいつに言うのは躊躇ったけど、このままあてもなく歩き回ってても絶対見つからない。だったら土地勘のあるコトに話した方が効率は良い。悪戯しないよう見張れるし。


「なるほど……。人間の、女の子を?」


 そう聞かれ頷くと、コトは急にゲラゲラと笑い出した。


「はっはっは! あの人間との関わりなんて縁がなかったロトサマがねえ! まぁ、初めて見た人間が何でも魅力的に見えるのも仕方ねーですわ!」


 それに対し、ぼくは顔を顰める。


「そんなんじゃない。その子は皆が言ってた人間の印象とかなり違ったから興味が湧いたんだよ。見たこともないくせにそんな言い方するなよ」

「ふーん。ま、何でも良いですけどねぇ」


 コトはフッと笑うのを止め、面倒くさそうに顔を下げる。こんなところもイミナジに似ている。


「で、その人間の女の子って? どんな感じの子なんですかい?」

「どんな? えっと、メイはすごく活発な子で――」

「あーあー、そう言うんじゃありゃーせんよ。そのメイって子は、子供なんですかい?」

「あ……うん。10歳くらいの子だよ」


 そう言うのは先に言ってよ。少し恥ずかしいじゃんか。


「とするとこの時間はまだ学校じゃないですかい。こんなとこ探しても時間の無駄ですよ」

「え、なんで?」


 コトはぼくの反応を見ると、動物らしいその目をまん丸と広げる。


「ロトサマぁ、学校って知りませんでしたっけ?」


 ぼくは素直に頷いた。さっきの人間のおばちゃんも言ってたけど、何か人間にとって大事な物なのかな。今までに読んだ本に書いてあったっけ?


「あー。えぇっとですねぇ、人間は子供って時期に学校というとこに行ってお勉強をさせられんですよ。なんで、今はロトサマがお探しのメイって子もそこにいる筈です」


 なるほど、通りでいくら歩き回ってもメイどころか1人として子供を見かけない訳だ。なら、そのガッコーに行けば今度こそメイに会えるかも知れない。


「ねえ、コト。ぼくをガッコーまで案内してよ」

「へーへー、言うと思ってましたよ。では、近くの小学校まで行ってみましょーか」


 本来ならコトを頼るっていうのはあまりしたくない。だって絶対後で碌なこと無いし。でも今は致し方ない。素直について行こう。


 しかしこの判断により、案の定ぼくが街中で沢山の面倒を被ることとなってしまった。




「ほら、着きましたよ〜」


 そう言われてもぼくはすぐに頭を上げることが出来なかった。理由は単純に疲れ切っていたから。

 コトのやつ、ここいらでは少し有名になってるみたいで、道中どれだけの人間たちに「この狐にエサをやってるのか、おかげで何度もここへ来るから大迷惑だ」って怒鳴られたか。


 聞いた話だけだったけど、どうやらコトは、思っていたのよりずっと人間たちを困らせているみたいだ。全く、コトのせいで狐全体がそういう目で見られかねない。1回ガツンと言ってやったほうが良いだろうか。と言っても今は疲れたから今度にしよう。


 そんなことを考えなら呼吸を落ち着かせ、重たい頭を上げてコトが鼻で指す方向を見る。すると、小さい建物ばかりだった中からそれらの何倍もありそうな大きな建物が現れた。あれ、この建物……。


「これがショーガッコー?なんだか、さっきまでいた大きな建物に似てるね」

「あー、さっきのは中学校っていってですねい、ロトサマが言ってる女の子よりももうちっと歳上の人間達がいく場所なんですよ」

「へえ、人間は年齢で行く場所を分けるんだ」

「親でもねえヤツが面倒を見ますからね、年齢が近いので固めた方がやりやすいんでしょう。人間も群れの意識ってのは高そうですし。……ほら、見えますかい。運動もあんな風に群れでやるんですよ」


 コトの目線の先には、1人の大人を前に体を動かす人間の子供達が沢山いた。ざっと2、30人だろうか。山でもこんな沢山で構成する群れを見ないから少し驚いたけど、まばらでいるよりは探しやすいかもしれない。

 見た感じ、コトの言う通り皆んなメイと同じくらいの年齢の子だ。


「今度こそ、メイに会えるかも知れない」

「おー、そうですかい。ま、この人間街にここ以外の小学校はありませんからねェ。ここ探せば会えるでしょうよ」

「……でも、どうしよう。よく見たら前にいる大人以外人皆んな同じような格好をしてる。これじゃあ遠くだと誰が誰だか見分けることが出来ないよ。おまけに真っ赤な帽子まで被ってるからメイの特徴的な蝶の布を目印にして探すことも出来ないし」


 近寄れれば良いんだけど、生憎ぼく達の目の前にはさっきのチューガッコーみたいにガッコーを取り囲む大きな緑色の網がある。


「ちょっと東へ進んだとこに門があります。そこから入ってけば良いじゃないですか」

「いや、簡単に入れなくされてるってことは、関係ないやつは入っちゃいけないんだろ? それなのに入って騒ぎになりでもしたら、抜け出したのがばれてまた怒られる」

「あー、やっぱり隠れて来たんですねえ。考えも無しにこんなとこへ来て、ちょっとくれーしか見たことのねー人間の中からたった1人を見つけ出そうだなんて。慕われる側なんですからもう少し頭を使わないと。アンタのせいで狐が馬鹿に思われんのは勘弁ですからねい」


 確かにそうかも知れないけど、もう少し言い方を考えても良いじゃないか。何でこいつはいちいち嫌な言い方をするんだか。それにぼくより狐の悪印象を広めてるくせして、そのことは棚にあげて言ってくるのが相変わらず気に食わない。こいつはいつもそうだ。


「コトにだけ(・・)は言われたくないね」


 でもどうするか。このままだとメイを見つけられないし、このまま怒っていても仕方ないが、コトに馬鹿にされたままで終わるのもなんか嫌だ。――カコだったらこんなとき、縁結びの力で呼び寄せられるんだろうな。


 いやいや、これは考えなくて良いことだ。メイに会うこと自体カコには反対されてたからそもそも頼れないし、仮にその力が自分で使えたとしても、私情では使いたくない。


「うーん……」

「何か思いつきましたかい?」

「うーん。ねえ、子供達は態々ここへ来ているってことは、時間が経てば家に帰るってことだよね」

「へー。そうですが……」

「で帰るときはあの門を通るんだよね」

「……へい」

「てことは、あの門の前で待ってれば、メイに会えるんじゃないかな」


 嬉々として声を高くしながら言うと、反対にコトは見せつけるようにため息を吐いた。なんだよ。変なことでも言ったか、ぼく。


「あのですねェ、今はまだようやく午前が終わったとこですよ? 学校が終わるのは夕方です。そんな1人の人間のために何時間も待ちたかねぇーですよ」

「だからそういうのは先に言ってよ……。でも、これ以外に良い方法なんてもう無いだろ?」


 すると、コトは悪戯をするときの様に口角をあげて言った。


「ククッ、今思いついたんですけど、もっと良い方法がありますよぅ」


 もっと良い方法? 一体何があるんだろう。

 その方法を少し期待したと同時に、やっぱり頼るのを止めた。だってこいつのことだ。絶対まともな方法じゃない。


「まず、そのメイって子の見た目の特徴はなんですかい?」

「茶色い髪で、大きい桃色の蝶みたいなリボンを髪につけてるけど、これに関しては頭の帽子のせいであんまり分からない」

「なるほどー、茶髪に桃色のリボンですねぇ。分かりました」

「ちょっと、コトは何もしなくて良いよ。嫌な予感しかしないし」

「はっはっは、神様にそんな予感されるとは随分不名誉ですねぇ。大丈夫ですって、変なことはしませんよ」


 そういうと同時にコトは門の方へ走り出す。


「あ、ちょっと待って!」


 コトはぼくの制止も聞かず、門をピョンと飛び越えて行ってしまった。向かう先はもちろん、子供達。


 人間の子供達は狐であるコトを見た途端、ワァッと声を上げて散り散りに走り出す。男女ともに逃げる子、逃げない子がいて、女の子は逃げる子もいればしゃがんでコトに手を伸ばす子もいるし、男の子は女の子達同様逃げる子もいれば……石や履物を投げたり追いかけてる子もいた。

 人間の大人は、そんな子供達を必死に落ち着かせているように見えた。「皆さん落ち着いて、近寄っちゃダメです」そんなことを言っているのが子供達の声に紛れて聞こえてくる。――一瞬で大騒ぎになった。


 やっぱりまともなことしないじゃんか! まあぼくがやったわけじゃないから、他の神にはばれないとは思うけど……。いやそうじゃなくて、ぼくは騒ぎを起こすこと自体嫌だったのに! 目立たないに越したことは無かったのに。コトの奴……。


「はあ、こんなんでメイが見つかるのかな。その前にコトが捕まりそうだけど」


 ぼくは複数人の男の子に追い掛け回されているコトを眺めながら呟いた。追いかける人数はだんだんと増えていき、最初は男の子だけだったのが、気づけば女の子まで追いかけ始めている。

 コトは殆ど取り囲まれながらも何とか逃げ回ってるようだけど、それでも多勢に無勢。一瞬足を止めたときに、後ろから忍び寄って来ていたちょっと背の高い男の子に捕まった。


 あーあ、だから騒ぎを起こすのは良くないって言ったんだ。日頃の悪戯好きが仇となったな。ちょっとは反省しろ。――でもこれはこれで困ったな。見捨てても良いけどメイを探すにはコトがいないと効率悪くなりそうだし、かといって助けに行ってもこの状況だと火に油な気がする。コトが自力で抜け出してくれれば良いんだけど、見た感じそれは難しそうだ。男の子はコトの腹をしっかりと腕で抱えている。これじゃあいくら暴れても抜け出すのは厳しいだろう。


 メイも中々見つからないし、せっかくまとまってたのが散り散りになって余計探しづらくなった。本当にコトの奴……。


 ――しかし、その時だった。


「ちょっと、いきなり捕まえると驚いちゃうよ!」


 子供達の中から現れた1人の女の子が、男の子からコトを取り上げて地面に降ろした。


「あ、何すんだよ!」


 男の子が怒鳴りながらその子の肩を押す。かなり強く押したらしく、女の子はよろけ、被っていた真っ赤な帽子がコトの上に落ちる。


「この子大人しいから、あんなふうに無理に抱っこしなくても良いでしょ!」


 見ると、コトは女の子の足元に丸くなって座っている。


「本当だー! 触っていい?」


 他の女の子達がしゃがんで問う。コトは何も言わないで大人しくしていたけど、女の子達は返答を待たないで顎や頭、背中を撫でる。さっきまでコトにちょっかいを出していた子達は、また別の女の子に怒鳴られたり、睨まれたり、不満はありそうだけど大人しくなっていた。


 ぼくは再び、コトを放してやってくれた女の子に目を向ける。さっき帽子が落ちてしまったおかげで、その顔を確認することが出来る。茶色の髪に桃色の蝶みたいなリボン。その姿は、神社に来た不思議な人間の女の子、メイと特徴が完全に一致した。

 あれは、メイだ。


 そう確信したとき、コトがぼくに顔を向けてきた。その顔にはどこかぼくを挑発しているような、勝ち誇ったような笑みを浮かべられている。やっぱりちょっと腹立つな。ありがたいけど。心の中で罵ったことだけ謝ってやる。


「ねぇねぇ、私も触って良い?」


 さっきまで立っていたメイはしゃがみこみ、コトにそう問う。他の子はすぐに撫でたのに態々返答を待つ辺り、あの子には人間とか動物とか、そういうのを区別するっていう考えが無いのかな。

 コトはメイにの問いに対して頭を地面に置くことで応えた。


「すごい! この子、メイちゃんに返事したよ!」


 そんなことにも人間の子供は大げさに反応する。なんか、メイに限らず、人間というのは面白いのかも。


「ありがと~!」

「この狐、本当に大人しいねえ」


 それは本当に思った。人間に会えば必ず悪戯をするような奴だって色んな奴から言われてたのに、逃げる以外のことをやってない。今もメイや他の女の子達の下で、大人しく座って何もしていない。


 そんなことをしていると、メイの後ろからまた別の女の子が出てきた。


「ね、ねえメイちゃん……」

「あ、コヨノちゃんどうしたの?」


 確かあの子って、メイが初めてぼくの社へ来た時にいたもう1人の子だよね。黒髪の三つ編みで、願いが分からなかった子。コヨノっていうんだ。


「いや、メイちゃんアレルギーだから動物ダメだったよね。もうそろそろ離れた方が良いんじゃ……」

「えー! 大丈夫だよ、これくらい!」

「メイちゃんアレルギーあるの? それヤバいじゃん、早く離れた方が良いよ!」


 コヨノとメイのやり取りにより再び子供達が騒ぎだして、皆の手が離れると同時にコトが立ち上がってこっちに戻ってくる。。あれるぎーって、また聞いたことない言葉だけど、皆の反応を見るとあまり良くないものなんだろうか。


「あー、皆んなが大声だすから行っちゃったー」

「その方が良いよ。メイちゃんの体にも良くないし、あの子にとってもあんまり触られるのはストレスだろうし……」

「そうだけど、もうちょっと触りたかったなー。また来てくれるかな?」


 ぶすっと頬を膨らませるメイ。


「いやもう来ない方が良いよ……!」

「えー、でも」

「でもじゃないです。コヨノさんの言う通りですよ」


 ようやく奥の方へ逃げた子供達を連れ戻してきた人間の大人が口を開く。


「アレルギーなら極力接触を控えるべきですし、メイさんに限らず今狐を触っていた他の人も、衛生面上野生の動物を触るのはやめましょうね」


 そう言うと、子供達は「えー」とか「はーい」とかばらばらに返事をする。1人の男の子がその大人に同調するように「狐って寄生虫飼ってんだぜ」と付け足してしまうと、口答えをしていた子供達も素直な子供達も、すぐさま「手を洗おう」と走って行ってしまった。コトはコトだから別にそんなの飼ってないと思うけど……。


 ぼくはそれを横目に、戻ってきたコトに顔を向けた。


「あの子がメイって言うんですねぇ。確かにちょっと面白い子でした。でも、どちらかといえば隣にいたコヨノって子の方が、驚かせてやったらメイって子よりも面白い反応をしてくれそうだ」

「絶対にやめてよ」

「はは、冗談ですよぅ」


 絶対冗談じゃなかったな。


「というか、さっきやけに大人しかったね。普段だったらああいう男の子達に嫌というほどやり返すだろ」

「あー、それですかい」


 何故か、コトは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「オレを捕まえてきた男の子が犬の匂いを付けとりましてねぇ。昔犬に一杯食わされてから、どーも犬は匂いから駄目なんですよねい」

「狐って犬の仲間でしょ?」

「ロトサマ、それぁ人間と猿が同じだつってる様なもんですよぅ」

「あっはは、なるほど。コトがそう言うってことは相当だ。そんな対策方法があったんだね」

「勘弁してくだせぇよ……」


 いつも隠される本に匂いを付けておくか。いや、そもそも犬を神社に招くか。そうしたらコトも少しは大人しくなるだろう。こいつにも弱点があったんだと思うと、意外にも普段から蓄積していた苦手意識が少し消えていくような気がした。


「大人しくしてたら考えてあげるかもね。それで、さっき言ってたアレルギーって、結局何なの?」

「うーん、何かの条件に当てはまると、病気みてーな症状をおこしちまう人間がいるんですよ~。あの子の場合、動物に触ることでそれを起こしちまうみてーですねい」

「でも、メイは笑ってたよ?」

「さー。症状は人それぞれですしねェ。ま、さっき散々オレを触ってましたし、そこまで重くはないんじゃないですかい」

「その症状って、酷いとどうなるの?」

「さー、そこまでは。でも危ねーことにゃ変わりないんじゃねーですかい?」


 人間にはそんなものがあるんだ。……だとしたら、メイは人間より動物の多い(寧ろ動物しかいないだろう)ぼくの社に来るのってあまり良くないんじゃ?


「……どうしたんですかい。ちょっと思いつめたみてーな顔して」

「いや、何でもない。そろそろ神社に戻ろうか」

「あれ、良いんですかい? せっかく来たのに会わないで」

「時間を使い過ぎた。そろそろ帰らないとカコにばれて怒られちゃうよ」

「ふーん。へーへー、分かりましたよ」


 そういうことにしときます。そう言ったきり、コトはそれ以上喋らなかった。静かなことを望んだのに、その帰り道はやけに気まずいように感じた。




 稲荷神社にて

「ねえ、教えて。アレルギーって、何?」

「……知らなかったかしら。なら、教えてあげる」

「ありがとう。____カコ」

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