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3.大笑いの理由

 今日も今日とて静かな神社。ぼくはその縁側で、日向ぼっこをしていた。


 今日もと言ったけど、この間は珍客が来たので静かだったのは最初だけ。あとは静かじゃない。むしろちょっと、いやかなり騒がしかった。でも今日はどうなるだろう、あの2人はまた来るのかな。それとも今度は別の人間が参拝しに訪れてくれるのだろうか。


 色んな奴らが言うように、人間はとても奇妙だった。でも、面白かった。あんなのが毎日来てくれれば退屈しなくて良い。まあせめて叶えられるようなお願いをしてくれると飽きずに済むんだけど。他の神や動物達が噂しているような人間もいつか見てみたいな。噂通りなのか、昨日の子達みたいに噂以上なのか。――人間街に行ったら分かるだろうか。


 そんな馬鹿みたいなことを考えてしまう程に、昨日の参拝者はぼくの人間に対する興味を沸かせていた。普段なら花や雲をぼーっと考えるだけ終わる日向ぼっこが、人間のことばかり考えるものに変わってしまう程。




 社の屋根の影が顔にかかるくらいの頃、つい最近聞いたような、硬い石を叩く人間の足音が聞こえてきた。


「またあの子か」


 ぼくが鳥居の方を見やると、茶髪の上で揺れる蝶々みたいな桃色リボンが目に入った。でも三つ編みの子がいない。なるほど、1人で来たんだ。お参りはこの間しただろうに、今日は何しに来たんだろう。


 桃色リボンの子はこちらを目で捉えると、昨日みたいに賽銭箱の前へ行き、また“二礼、二拍手、一礼”をする。


「相変わらず変なことしてる」


 今日も1番始めにそう思った。それが礼儀だとでも思っているのだろうか。礼を尽くす、だっけ。だとしてもやっぱり1回で良いだろうに。変なの。


 しかし、ぼくはあることに気付いて首を傾げる。


「今日は黙ってる」


 昨日は賽銭箱の鈴みたいに大きい声で「神様と仲良くなれますよーに!」とか言ってたのに。――もしかして。

 ぼくはあの三つ編みの子が言っていた言葉を思い出す。


『口に出すと願い、叶わないよ』


 確かこんなことを言ってた。あのメイって子、鵜呑みにしたな。口に出しても良いのに。というか寧ろ口に出してくれないと困る。まさか口に出してしまったから願いが叶わないと思って再び参拝しに来たのか?

 ならわざわざ悪いけど願いの内容的に意味なんて無い。


 そう、本当に意味は無いんだ。……だから、その、そんな“やってやった”みたいな顔をしないでほしい。ぼくは頭を抱えた。


「そうだ、ねえ神様! 私良いもの持ってきたんだよ」


 自慢気な表情の理由がもう1つあったみたいだ。そういえば、確かにさっきから何かちょっとだけ懐かしい匂いがする。


「神様! いなり寿司だよ! なんか、ここの神様いなり寿司が好きっておばあちゃんが言ってたから」


 嗚呼、思い出した。何年前だっけ。結構前に、いつの間にか“お供え物”として置いてあったのを食べたことがあった気がする。これいなり寿司っていうんだ。この神社と同じ名前で面白い。


 にしてもこの子、ぼくと仲良くなりたいっていう変な願いで態々こんなところに2回も来て食べ物まで持ってくるなんて。やっぱり不思議な人間だ。――ぼくはいつの間にか、人間よりもこの子に強い興味を持ち始めていたことに気付いた。


「この子と喋ってみたいな」


 そう呟くと同時に、ある考えが思い浮かんだ。それは他の神に言ったら多分、いや絶対に反対されるであろうことだ。でもそれはこの子の願いを叶えるために、ぼくが出来る範囲では1番有効な手で、ぼくのふとした興味も叶えられる手だった。



「こんにちは。こんなところへ遊びに来たの?」


 ぼくが思いついた考え。それは“人間体になる”だった。ぼくは、先に「神と人間は直接干渉出来ない」それ故に少女の願いを叶えることは出来ないと言った。それはもちろん嘘ではない。どうあがいてもあのままでは不可能だ。そう、 “あのまま”では。


 どういうことか。ぼく達神は、姿形を人間と同じようにして人間の前に現れるという力、 “現人神(あらひとがみ)”になる力を持っている。これは信仰に限らずどんな神も持ってるらしい。現に信仰の無いぼくでも力をもっているので、「らしい」じゃなくて事実だけど。


 他の神は人間達の様子を見たりするときによく使うと聞く。ぼくはそんなことなんて全くしないので今の今まで忘れていた。


「君もでしょ?」


 その子はぼくが急に話しかけても全く驚かない。それどころか、まるで元からの友人みたいに満面の笑みを浮かべて返してくれた。


「うん。そうだよ」

「おー! お仲間!」


 満面の笑みを浮かべて手を叩く少女。ただ遊びに来る場所が同じだった、それだけのことがそんなに嬉しいのだろうか。


「ねえ、君の名前は何ていうの?」

「名前? 嗚呼、えっと、ロトだよ」

「ロト?」


 咄嗟に“ロト”と名乗ってしまったが、実を言うとぼくの正式な名前ではない。いつの間にか勝手にそう呼ばれていただけの、所謂あだ名というやつだ。とは言っても本名、即ち正式名称というのは“まだ”無い。


 ぼく達神の名前は、人間の様に生まれた直後に親から与えられるものではない。信仰によりある程度の力を身に着け、神としての種を確立させて役割を得た奴がようやく与えられるものだから。


 人間でいうと、苗字の部分にその神の種族が来て名前の部分にその役割が来る。まあとどのつまり、信仰のないぼくには正式名称なんて太祖れたもの、存在しない。


「ロトくん……で良い? なんかあまり聞かない名前だね」

「そう? でも確かに珍しいかな」


 人間は性格も容姿も、後々のことなんて分からないまま名前を決めてしまう。それは人間達の目標にもなれば、生き方を縛ってしまうものにもなるんじゃないかと思った。そうでなきゃ名前負けだ。

 ぼく達の世界だったら名前負けした奴は「名前をも貰ったからって自惚れている」って馬鹿にされる。


 ぼくの名前に対するイメージは、 “面倒くさいもの”ただそれだけだった。


「君のことは何て呼べば良い?」

「私はメイ! 普通にメイって呼んで良いよ」

「メイ、印象通りの名前だね。名前を付けた人はよく考えたんだ」


 メイ。漢字にもよるけど、大抵意味は、 “マイペース”、“自分をしっかり持つ”、“芯が強い”、“おだやか”、というのだ。おだやかかは置いておいて、それに含まれる意味は初めて見た時の印象と一致している。


 それに、この名前は確か春を印象付けてた筈。ぼくはこの子の桃色に揺れるリボンが春に飛び回る蝶みたいだって思ってた。といっても、当の本人はキョトンとしながら「そうかな?」なんて言ってるけど。


 本人は自覚しないまましっかりその名前に似ていったんだろうな。名前をつけた親はすごい。


「んー。あんまり分かんないけど、まあよろしく!」

「うん。よろしく」


 手を差し出されたので戸惑いながらぼくも手を差し出す。メイはそれをギュッと握り、上下に振った。久しぶりにする……そう、握手は、体まで揺れてしまうほど激しかった。


「じゃあロトくん、さっそくだけど一緒に遊ばない?」

 それはとても魅力的なお誘いだった。興味が湧いて喋りたいと思っていた人間と話すだけでなく、遊べるなんて。ぼくは思わず2つ返事で答えてしまう。


「もちろん良いよ。何して遊ぼうか」


 するとメイは「ちょっと待ってね!」なんて言いながら鳥居の方へ駆けて行く。背の高い草達の足元に腕をつっこんではガサガサと音を立ててから腕を引き上げると、出てきたのは丸い球体だった。いつの間にあそこへ入れてたんだろう。


「これで遊ぼ! これね、昨日コヨノちゃんっていう友達とここへ遊びにきて忘れてっちゃったの。でも忘れてて良かった!」


 なるほど。なら、ぼくが起き上がる前にでも入れてたんだろう。そういえば今朝モグラが地面の下で騒いでたっけ。


「キャッチボールね!」


 そう言いながら、ぼくの返答を待たずしてその球体を投げた。いきなりのことだったから避けられなくて、球体はぼくの胴体にぶつかると何度か弾みながら地面を転がった。当たったけど、全く痛くない。とても柔らかい球体だった。


「あ、いきなり投げちゃってごめん! 大丈夫?」

「うん、別に……。ねえメイ、これってどういう遊び?」


 言うと、メイはぼくの方へ向かおうとしていた体を止めて、まるで犬が尻尾を踏まれたみたいな顔をした。


「キャッチボール知らないの?」

 

 きゃっちぼーる、その単語は生憎ぼくが今まで読んだことのある本には載っていなかった。多分メイからしたら知ってるのが当たり前な遊びなんだろう。なら少し恥ずかしいが、このまま曖昧にして遊べなくなっちゃう方が嫌だから改めてその遊びについて聞き直した」


「えっと、キャッチボールっていうのはねー、私がこのボール投げるから、ロトくんは上手く掴んでね」


 なるほど、あの球体はぼーるって言うらしい。


「で、今度は、ロトくんが私にボールを投げるの! それの繰り返し、簡単でしょ!」


 分かったならさっそくやろうとはしゃぐメイ。分かったけど、この遊びは本当に面白いんだろうか。ただ物を投げあう遊びなんて、奇妙な光景しか思い浮かばない。昨日からのメイの様子から、てっきりもっと体を動かす様な遊びを選ぶと思ってたけど、何かこの遊びに思い入れでもあるのかな。


 ――しかしキャッチボールが始まると、ぼくはすぐさまこれらの言葉を撤回した。


 腕以外動かすことはないだろうと思っていたぼくの体はさっきからあっちこっちに飛んで行き、体力だって大して使うことはないだろうと高を括っていたぼくの息は切れ、そろそろ酸欠でどうにかなりそうだ。


 原因は、キャッチボールが説明で聞く以上に大変な遊びだったのか、メイが活発過ぎるのか。……多分後者だ。


 ぼくの投げたボールはほぼ毎回メイの真正面に落ちてすんなりと腕に入るのに、メイが投げたボールは毎度の様に明後日の方向に飛んで行く。ぼくを大きく飛び越えていったかと思えば、今度は縁側の下へ入り込んでしまう。

 メイはぼくの体力が底を尽きようとしていることなんてお構いなしに、容赦無くどんどん投げてくる。それでもぼくがボールを持てたときならまだ良い。何かに跳ね返って、ぼくにボールが渡らずメイに渡ってしまうと、追いかけている最中で体制も整っていないのにまた投げられてしまい転びそうになる。


 メイと一緒にいた三つ編みの子は大人しそうに見えるのにいつもこんな遊びをしてるんだろうか。「人は見かけによらない」人間の本には度々こんなような言葉が出てきたたけど。……その言葉は本当だったんだって、この時少し不本意な形で確信した。


「そういえば、メイはさ、さっきお参りしてたけど、なんてお願いしたの?」


 途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、ボールを投げ返す。


「お願い? 神様と仲良くなりたいってお願いだよ。昨日もしたんだけど、声に出しちゃいけないんだってー」


 そこまで言って、メイは持っていたボールで口を抑えた。


「これって後から言ってもダメだっけ!」

「……さあ」

「お願いロトくん! 内緒にしてて!」


 もう遅いと思うけど。というか、内緒にするとかいう話でもないと思うけど。――まあ、そんなことはどうでも良い。もう何回か聞いたし、今のはただの前置きみたいなものだ。だって一応今日が初対面だから。


 これと同じことを三つ編みの子が聞いたのは覚えてる。だけどその答えを聞く前にうたた寝をしてしまい、1番気になっていた部分が聞けなかった。メイは、何であんなおかしな願いを言ったんだろう。


「それよりもさ。メイは何で神なんかと仲良くなりたいの?」


 三つ編みの子も言っていたことだが、何で態々神なんかと? 人間で良いじゃないか。人間じゃなくてもせめて動物だろう。御伽噺の主人公も人間以外には動物を友達にした。神社だってここ以外にも沢山あるのに。

 メイはあの時三つ編みの子になんて答えたんだろう。そう考えながら、未だボールを抱えるメイの口から出る答えを待つ。


「神様ってさ、色んな人のお願い聞いて、それを叶えるばっかで誰かとお話出来ないじゃん」

「まあ、忙しいとこだとそうなのかな」

「それに、お婆ちゃんがこの神社にはあんまり人が来ないって言ってたし」

「うん」


 そして次に紡がれた言葉で、ぼくは全ての行動の選択肢を放棄させられた。


「なんか、寂しそうだなーって」

「……なるほど」

「ロトくん?」


 ぼくは大笑いした。これでもかというほど口を開いて、数年ぶりに、辺りに響き渡るほどの、あの鈴より大きな声で笑った。

 なるほど。つまりメイは、ぼくが独りぼっちな悲しいやつと勘違いしてここへ来たと。嗚呼、なんとも失礼極まりない理由の願いだ。ぼく以外に言ったら祟られてただろう。そう、ぼくでなければ。……本当にメイは不思議な子だ。


 大笑いするぼくの足元で、珍しくまっすぐに飛んできたらしいボールが転がっている。一緒に笑うみたいにコロコロと転がるボールを拾いながら、キョトンと首を傾げるメイに答えた。


「いや、確かに、神に友達がいるってあんまり想像できないよね」


 規則上、神は基本的に他神と交流を持つのが難しい。他の社に行くことがそもそも制限されているからだ。他の社に行きたいならそこの祭神より自分が偉くならなきゃいけない。

 ぼくみたいに信仰も無ければ自分より下がいるのかも分からないような奴は尚更交流をすることというのが難しい。


 人間だってこの子みたいに「友達になりましょう!」なんて言ってくる奴もそういないだろうし。まあ、そういうイメージを持たれても仕方ない。とはいえそれを馬鹿正直に言ってくるのは本当に面白い。


「それは、神も喜ぶだろうね」

「うん! そうしたら神様とも一緒に遊べたらいいなーって」


 そう言いながら歯を見せて笑うメイを見て、ぼくもまた笑ってしまった。

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