知を従えるためには2
「デーミュント族からはどのような返事が?」
「協力することもやぶさかではないと」
「では……」
「ただし条件があるそうだ」
デーミュント族からの返事には喜んで協力したい旨の内容が書かれていた。
けれどもただでは協力できないとも書かれていたのである。
「ケラエルアランの奪還。それがデーミュント族から突きつけられた条件だ」
「ケラエルアラン?」
「それはなんでしょうか?」
クリャウだけではなく他の人たちもケラエルアランというものがなんなのか分からないようである。
「知らない人も多いだろうな。失われてから久しいものだからな」
「失われた……何か物でしょうか?」
「ケラエルアランは物であり、場所だ」
「物であり……場所?」
「まずはケラエルアランについて説明しなければならないな」
奪還しろというものがなんなのか分からねば話も進まない。
「我々魔族はかつて知者でもあった。優れたる武を誇るだけでなく魔法の知識、あるいは研究、それ以外の知に関する分野でも魔族の活動は活発だった」
話は魔族が人間に敗れる前、国を持っていた頃にもさかのぼる。
「当時の魔族の知識は非常に膨大な物だった。やがて人間との戦争が始まり最初こそ優勢だった魔族も互いに手を組んだ人間に押され始めた。負けることなど考えるべきではないが負けた時のことも考える必要はあった」
勝つと信じて戦うが上に立つ者としては負けた時のことも考えねばならないことがあった。
仮に負ければ魔族は滅ぼされてしまうと当時の魔王は考えていた。
負けても次に魔族を残すような方法が必要だと裏で動いていたのである。
「そこで目をつけたのがこの森だった」
魔族が今この森に息を潜めながらも集まっているのは偶然ではない。
元々そうした計画だったのである。
「そして魔族が再び隆盛の時を迎えるためには後世に知識を残さねばならないと魔王様は考えたのだ。魔族の知識を移して保管してある場所……それがケラエルアランなのだ」
「そのようなことが……」
初めて聞く話にみんなも驚いたようだった。
負けを見越して準備をしていたことは今や族長クラスでないと聞かない話なのである。
「奪還とはどういうことですか?」
ケラエルアランというものがどういうものなのかはなんとなく分かった。
しかしそれを奪還するとはどういうことなのか。
「ケラエルアランはこの大森林の中にある。しかし今は我々の手中にないのだ」
「……なぜでしょうか?」
魔族の知識を後世に伝えるための場所が魔族の手に無い。
みんながケラエルアランの存在を知らないのだから薄々感じてはいた。
ただそんな貴重なものをただ手放すはずがないのである。
「ケラエルアランはモンスターに奪われてしまったのだ。正確には魔物が棲家として、我々は仕方なくケラエルアランから撤退するしかなかった。かなり昔の話だがな」
まだまだ魔族が大森林に来たばかりの時のことである。
魔族たちは弱っていて散り散りになっていた他の魔族を探して受け入れ、森に適応しようと努力している最中であった。
そんな時に魔物がケラエルアランを棲家としてしまった。
当時の魔族にはケラエルアランを奪還する力はなく、仕方なく魔物との戦いで荒れないように撤退したのである。
「当時からデーミュント族がケラエルアランの管理を任されていて何度も奪還を提言していたようだ。しかし当時の族長はそれを聞き入れずデーミュント族は独自にケラエルアランを奪還しようと部族を離れることになったのだ」
デーミュント族が独立したのにはケラエルアランが関わっていた。
魔物に奪われたケラエルアランを取り返そうとしていたのだが、魔族の生活の安定が大事だと族長が協力しなかったためにデーミュント族は離れたのであった。
「だがケラエルアランは本来魔族、そして魔王様のためのものである。もしケラエルアランを取り戻すことができたのならその知識を伝授し、今一度我々と共に歩むとデーミュントは言っているのだ」
ケラエルアランを取り戻すことはデーミュント族にとって悲願である。
クリャウが魔王になる人物であるならば当然ケラエルアランを取り戻す必要はあるし、黒い魔力の使い方についてもまたケラエルアランに収められた知識は必要であった。
「デーミュント族が再び一緒になってくれるならこれほど心強いことはないな」
「しかしケラエルアランというのが今どういう状況なのか……」
元々魔族のものであったケラエルアランを取り戻し、その上デーミュント族まで戻ってくるのなら文句のある人はいない。
しかしケラエルアランがどんなもので、今現在魔物の状況がどうなっているのか分からないとなんとも言えない不安があった。
「そう焦って取り戻すことはない。慎重にことを進めていくんだ。ついてはこちらに取り戻す意思がある間デーミュント族とは協力関係を結ぶことになった。状況を見てケラエルアランの場所を確認し、偵察から始めていこう」
無理にケラエルアランを取り戻そうとして死傷者が出てはいけない。
ヴェールも必要なことではあるがしっかりとケラエルアランの奪還を進めていくつもりだった。
「それでよろしいですね、クリャウ様?」
「あっ、はい」
なんだか知らない間に話が進んでいくなとクリャウはイスに座りながら思ったのだった。