コツコツと1
黒い魔力の使い方を学ぶとはなったけれど、そう簡単にもいかない。
クシャアンがクリャウに知識を伝えるためにはその間にイレヲラを挟む必要がある。
イレヲラがクシャアンから話を聞いて、聞いた話を元にしてイレヲラが教えてくれることになっている。
ここに問題があるのだ。
クシャアンから話を聞かなきゃいけないのだけど、クシャアンから話を聞くのも簡単なことではない。
珍しい薬草を使ったお香を使用してなんとか十分ほど話せるという程度なのだ。
連続的に使用もできず一度会話すると最低でも一日置かねばならない。
一日十分、口頭だけで知識を伝授するのはかなり厳しいと言わざるを得ない。
それでもクシャアンの魂が安定的で会話できる時間も長い方なのだという。
となると今すぐに知識の伝授とはいかない。
「ひぃ……はぁ……」
「これぐらいでへばっているようじゃまだまだだぞ」
だからできることから始めていく。
「はぁはぁ……へへ、私の勝ち!」
「……す、すぐに追いついてみせるから……」
魔法を使うことと体を鍛えることにはあまり関係がないというのは人間の理論である。
しかし魔族はそう考えない。
魔法を使うことと体を鍛えることには大きな関係があると考えていた。
剣だろうが魔法だろうが使うのは人である。
健康的で鍛えられた体から放たれる魔法は何もしていない人よりも安定的で強力なのだと魔族の間では考えられていた。
魔法の技術、戦う技術を向上させることに加えて体を鍛えることもまた魔族の中では大切な要素なのである。
ついでにクリャウ自身が戦えるようになる必要もある。
フェデリオとの戦いでは決闘で一対一だったから三体のスケルトンで押して倒すことができた。
しかしもうちょっとフェデリオが強くて機転のきく相手だったらクリャウを直接狙っていた可能性もある。
そもそもスケルトンを呼び出す前に負けてしまいそうな雰囲気すらあった。
仮にこれからスケルトンをメインにして戦っていくとしてもクリャウが自分の身を守れることは必須となる。
朝のランニングの強度を上げた。
ついでにケーランが監督してくれて、ミューナも一緒に走ることになった。
ケーランは汗ひとつかかないぐらいでもクリャウはフラフラになっている。
これまで体なんて鍛えたことがないからしょうがないと思う反面ミューナにも負けたのは少し悔しかった。
「少し休んで次にいくぞ」
「ふぁい……」
「ほれ、お水だよ」
「ありがと」
ミューナからコップを受け取ってクリャウは一気に飲み干す。
汗だくの体に水が染み込んでいくような気分だ。
「よし、休憩終わりだ」
ケーランが木で作られた剣を持ってきた。
決闘までの間少しだけ剣を習った。
その延長としてケーランに鍛錬をつけてもらう。
まずは基本として素振りからである。
「教えたことを意識して一回一回丁寧に」
剣の握り方、腕の振り、力の入れ方、呼吸など全部意識して木剣を振り下ろす。
「そのうち全てが意識しなくてもできるようになる。それでようやくスタートラインだと思うんだ」
クリャウの隣ではミューナも素振りをしている。
剣の振るのは意外と嫌いじゃないとクリャウは思った。
一心に素振りを続けていると腕が痛くなったり体が痛くなったりする。
けれどもそこを乗り越えて素振りを続けるといつか剣と一緒になれそうな気もしてくるのだ。
「後三回! 目の前に敵がいると思え。やらなきゃやられる。真っ直ぐに切って倒すことを意識するんだ!」
クリャウは一度木剣を構えたまま動きを止める。
真っ直ぐ前を見て敵を想像する。
クリャウが思い浮かべたのは少し前に戦ったフェデリオだった。
スケルトンを召喚してなんとか勝ったけれど、直接の対決は足元にも及ばなかった。
ニヤニヤとしたフェデリオがクリャウの目の前に見えてきた。
ゆっくりと木剣を頭の上に上げて雑念を払うように振り下ろす。
「……次は俺が倒す」
スケルトンの力を借りなくてもフェデリオを倒せるぐらいにはなりたいなとクリャウは思った。
クリャウの剣に切り裂かれて煙のように揺らめくフェデリオはそのムカつく笑みを崩していない。
まだまだ自分の力は力は及ばない。
それでも一歩ずつ進んでいくんだと三回フェデリオを切り倒して素振りは終わった。
「また少し休んだら次は打ち合うぞ」
素振りが終わりでも鍛錬は終わりではない。
次はケーランと戦う。
「クリャウ頑張れー!」
木剣を使い、ケーランは攻撃しないで手加減してくれている。
けれども一度もまともに攻撃が当たることもない。
「少しいい目になったな!」
フェデリオに追い詰められてクリャウは自身の力不足を痛感した。
より強くなりたいという思いが表れている。
「うん……いいな」
ケーランはわざと隙を作って、クリャウは上手く隙をついた。
わざと作った隙なので容易く防がれてしまったけれど、隙を見抜いてためらいなく攻撃した。
相手を見抜く目と攻撃する胆力を持っている。
きっとクリャウは強くなれるだろうとケーランは思った。




