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クリャウの能力5

 走り出した男の子を見てネズミは追いかける。

 それなりの広さがある部屋だけど限度はある。


 男の子はあっという間にネズミに追いつかれて壁際に追い詰められた。


「く、来るな!」


 光がしっかりと届かず薄暗い中で男の子は涙声で叫ぶ。


「や、やだ……死にたくない……来るな……来るなよ!」


 クリャウはただ息を殺して気配を消していることしかできない。

 一度湿った布を叩きつけたような音がして、男の子の声が聞こえなくなった。


 断続的に聞いたこともないような音が響き渡ってクリャウは込み上げる吐き気を抑えながら耐えた。

 でもこの音が止んだら次は自分の番であるという恐怖が心臓をギュッと掴んで胸が痛くなる。


 怖くて涙が出てくる。

 パニックで何も考えられずただただ部屋の隅で丸くなることしかできない。


 口を手で押さえているのに荒くなった呼吸が隙間から漏れる。

 もはやネズミの方も見ることができなくて自分が死ぬ番を待つだけとなった。


 音が止んだ。


「来る……」


 体の大きなネズミなのだ、いくら恰幅が良かったといっても子供一人で満足できるはずがない。


「うっ……」


 また吐きそうになって必死に耐える。

 声も音も出さなければバレないかもしれないとほんのわずかな希望にかける。


「………………来ない?」


 ズリズリとネズミが移動する音は聞こえている。

 なのにネズミが近づいてくるような気配はしないのである。


 まさか最初の子だけで満足したのだろうかと浅く呼吸を繰り返しながらゆっくりと顔を上げる。


「ヒィッ!」


 目が合った。

 闇に浮かぶ赤い目がクリャウのことを見つめていた。


 ネズミはクリャウに気づいていないわけじゃなかった。

 ただ気づいているのだけど一定の距離を保ったまま近づいてこない。


 男の子の姿はない。

 どうしてネズミが襲って来ないのか分からないけれどひとまず助かったと思った。


 今のうちにとクリャウは鉄格子を確認する。

 クリャウが投げ入れられた投入口はかなり高いところにある。


 大人だって手を伸ばしてようやく下の方に届くぐらい。

 ましてクリャウの背丈では飛び上がっても手は届かない。


「く、来るなよ……」


 鉄格子の真ん中にも開閉する出入り口がある。

 クリャウは鉄格子に背中をつけてネズミから目を逸らさないようにしながら出入り口に向かう。


 ネズミはクリャウに近づくことはなく、一定の距離を保って正対するように移動する。


「開かない……」


 出入り口についたので押したり引いたりと力を込めてみた。

 けれど鍵がかかっているのか開かない。


「どうしよう」


 脱出できる方法もなく、ただただネズミと睨み合いが続く。


「でも……攻撃してこないな」


 少しだけ冷静になったクリャウはネズミの様子がおかしいことに気がついた。

 クリャウのことを見つめているのに襲いかかる気配もないのがまずおかしい。


 最初にいた少年に対してはすごい勢いで襲いかかって食べてしまった。

 なのにネズミは遠く離れたままなのだ。


 そしてネズミから敵意のようなものを感じないなとクリャウは思った。

 クリャウを敵やエサとして見ているような感じがない。


 感情こそ分からないもののクリャウのことを見ているだけなのだ。

 近づいて目の前で待機するスケルトンとは違う。


 だが魔物にも関わらず攻撃してこようとしないところは同じだ。

 どうせやられてしまうなら、少しぐらい試してみたっていいかもしれないという考えがクリャウの中に芽生える。


「ふ、ふぅ……いくぞ」


 深呼吸をして、勇気を出したクリャウはピッタリくっついていた鉄格子から離れてネズミの方に大きく一歩踏み出した。


「……下がっ……た」


 するとネズミは同じ距離を保つように後ろに下がった。

 クリャウが一歩前に出るとネズミは一歩下がる。


 さらに前に出て後ろに下がるスペースがなくなるとクリャウと距離を取ろうとネズミは部屋の隅の方に追いやられる。


「なんで?」


 ネズミがクリャウを避けている。

 ようやくクリャウはそのことに気づいた。


「そういえば……」


 ここまでの旅の道中でクリャウたちは魔物に襲われることがなかった。

 魔物は魔族だろうと人だろうと区別をせずに襲いかかってくる。


 たとえ道を歩いていようと魔物が近くを通りかかっていれば襲撃してくることも珍しくない。

 道中魔物に襲われることもあるかもしれないからクリャウとミューナは素早く下がるようにとケーランから言いつけられていた。


 なのに魔物は襲ってこなかった。

 旅の長さを考えると一度も魔物に襲われないのはかなり珍しいことであり、ケーランはおかしいなと疑問を感じていた。


 ただ魔物に遭わない方がいいことは間違いないのでみんな運が良かったのだと自分を納得させていたのである。


「もし……運じゃなかったら?」


 魔物が襲ってこなかった理由がクリャウだったとしたらとふと考えた。

 もしかしたら黒い魔力が原因で魔物が襲ってこないこともあるのではないかと思い至ったのだ。


「黒い魔力……骨がある……魂も……」


 部屋の真ん中に立ったクリャウはまっすぐ右腕を伸ばした。

 なんだか今ならイケる。


 そんな気がして魔力を放出した。

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