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1−4 「……僕はもっと素直な隼弥ちゃんが好きなのになぁ」

前回の粗筋。


明かされた部長の能力の片鱗を垣間見た野田と木下。

担任兼顧問の先生を社会的抹殺一歩手前まで追い込む外道っぷりに戦慄する。

そしてまたも会議室のドアがガラガラと音を立てて開いた。

 振り返った先に居た男を、俺は見た事は無い。見れば覚えていない筈が無い。男は俺の顔を、身体を少し屈めて覗き込んでいた。

 俺の身長は決して低くない。クラスでもトップクラスに高いと自負している。しかし目の前の男は、俺が首を上に向けなければ顔を拝めない程大きい。二メートルは優に超えているだろう。

 俺と茶香子が呆気にとられている間に、その男はのっしのっしと窓際の部長にノンビリと歩みをすすめた。

 部長もその男の地響きの様な足音に気がついたのか、漸く窓の外からこちらを向き直った。


「おー、おせーよ学」

「ごめんよ、今日は朝から二度寝の予定が入ってたもんで」

「……それ、寝坊しただけじゃないんですか?」


 学と呼ばれた男は俺のツッコミをよそに、部長の頭に手を置き髪を掻き乱しだした。部長もそれをくすぐったそうにしてはいるが、嫌がる様子がないのを見ると、中々気心知れた仲、なのだろうか。

 いい加減紹介してくれないか。部長はその言葉を聞いて漸くこちらに顔を向けた。

 頭の上の手はそのままいつでも良い子良い子スタンバイ状態である。そうやってると、マジで小学生が煙草吸ってるように見えてくるから困る。


「コイツは根本 学( ねもと まなぶ)。二年生だよ」

「こちらのお子様とは同級生をやらせて頂いてます」

「お子様ゆーな!煙草も吸えねーガキはテメーだろー!」

「その台詞をがなりたてながら言うとますますお子様に見える……不思議だ!」

「不思議ですねぇ。ね、識君」

「ウン、フシギダナー」


 茶香子の微笑ましい物を見つめる暖かい視線と俺の薄気味悪い物を見つめる生温い視線を一身に浴びる部長は、諦めたように舌打ちを一つ。

 そして煙草の火を、持っていた携帯灰皿で揉み消す。学先輩はそれを見て眼を丸くし、更に部長の頭を愛おしげにナデナデする。


「偉いぞ、隼弥ちゃん。未成年が煙草を吸うなんていけないもんな」

「いい加減にしねーと足踏んづけんぞ、野田君が」

「何で俺が」

「私じゃ軽くて、このギガンテスみたいな図体した男にダメージを与えられないのよ」

「確かに軽いよなぁ」


 そう言って学先輩は部長の脇腹を正面から両手で抱えてヒョイっと持ち上げる。まるでバスケットボールでも拾い上げるみたいに軽々と。

 娘と父親だな、まるで。娘が金髪のチビヤンキーって事を除けば。部長は顔を真っ赤にして手足を伸ばして、何とか学先輩の横っ面を引っ叩こうと躍起になっている。どう見ても小学生、しかも低学年である。

 先程の先生に見せた威圧感と俺達に見せつけたカリスマはさっき窓の外にでも投げ捨ててしまったのだろうか。


「おい馬鹿、どこ触ってんだ!」

「どうせドコがナニかも分からない体してんだからドコも一緒だろ。ほれ、高い高ぁい」

「このドグサレが……!野田君!スネ蹴っ飛ばしてやれ!」

「だから何で俺が」

「私じゃ足が届かないんだよー!」

「やれやれ、騒がしいなぁ、隼弥ちゃんは」


 いい加減喧しくなったのか可哀想になったのか、学先輩は部長を床に下ろしてやる。部長はてくてくと大木の様な身体の根っこに当たる部分に歩み寄って、これでもかと蹴りをお見舞いする。

 傍目から見てる分には、結構いい蹴りが入っている。しかし学先輩は苦笑いを浮かべる余裕すら見せつつ、なおも部長の頭を軽く撫でた。


「痛い痛い、隼弥ちゃん、暴力はよくないな」

「うっせー!黙って蹴られとけ!」

「まぁ僕にやる限りは好きにして構わないけどさ。好きなだけ蹴ってればいいよ。

 さて、隼弥ちゃんは放っといてだ。改めて自己紹介をさせてもらうよ、お二人さん。

 杵柄高校二年三組、根本学と言います。わざわざ集まってもらって悪かったね」

「一年五組の野田識です」

「同じく、木下茶香子です」


 真面目な顔して恭しく頭を下げる学先輩は、次に顔を上げた時は既に元の温かみのある、ともすれば暑苦しくさえある笑みを浮かべていた。どうにも部長の同級生という事で胡散臭さが抜け切れないが、どうもこの人の低く太い声は警戒心を緩ませる。

 ゲシゲシ、と未だに脛の辺りを蹴られ続けているというのに、完全無視が出来るとはこの人さては鈍いのか?

 俺も大体同じシチュエーションを味わった事があったが、部長の足技(?)は結構痛かったと思うんだけど。


「えっと……痛くないんですか、脚?」

「流石に痛いさ。これだけ容赦なく蹴っ飛ばされるとね。

 でも、遅刻の罰かなにかと思えば諦めもつくってもんだよ。

 これで許してもらえるってんなら甘んじて受け入れよう」

「……はぁ。そうですか」

「しかし、いい加減にしないと折れちゃいそうだな。

 ちょっと前よりもキックが重くなってる気がするよ。

 最近になってちょっと背伸びたもんな、隼弥ちゃん。

 いい加減許してくれないかい?」

「ぜってー許さん!折れろ、折れろこら!」

「困ったもんだなぁ……っと」

「うわっと、っと」


 学先輩にブレザーの襟首を掴まれて、またしても軽々と持ち上げられる部長。怒りによる興奮状態と言うか、疲れによる息切れに近い程に呼吸を荒げていた。

 しかし吊り上げられていても目は未だ鋭く、細い眼から覗く眼光は死んでいない。猫にくわえられて尚諦めない窮鼠みたいだな。

 暫くそのまま学先輩と長々一分程睨み合っていたが、やがて部長が折れて、情けない声を上げた。


「もう許すから下ろして……恥ずかしいよ」

「何を恥ずかしがってるの?いつもやってることでしょう?後輩二人の前だから?」

「うん」

「でも、隼弥ちゃん子供っぽいって、二人とも薄々感じてたでしょ?」


 どうやらこちらに言っているらしい。俺と茶香子は申し合わせたようにぴったりのタイミングで首を縦に振った。

 部長のガキっぽさは薄々どころか、会ったその日以来常々感じていたことである。だからこそ割と傍若無人な振る舞いでも、まんま小学生の我が儘みたいに思えて何となく許せる様な気になっていたのかもしれない。


「二人も頷いてる。つまり、隼弥ちゃん。もっと自分を曝け出していいんだよ」

「……な、なにを言ってるのよ。

 そんな事じゃ、この部の部長なんて勤まんないよ」

「これから、少なくとも二年間は一緒に活動する仲間じゃないか。

 表面だけ取り繕う関係で終わらせるには勿体ないと思わないかい?」

「で、でもさ。無理矢理入れた奴らをしっかりつなぎ止める為にも……」

「……僕はもっと素直な隼弥ちゃんが好きなのになぁ」

「うぇ、ちょ、お前いきなり何言い出すんだ!」


 部長は顔を赤らめつつ、ぶら下げられた手足を動かして暴れる。一方の学先輩はにっこり笑いを崩さない。

 あんだけ恥ずかしい台詞を顔色変えずに言ってのける先輩に、俺は敬意を評すべきなのだろうか?隣の茶香子も顔真っ赤。俺もなんだか居心地が悪くなって来た。

 もっと居心地が悪いであろう部長は抵抗は無駄と悟ったのか、目を潤ませながら唸り声を上げていた。


「素直な隼弥ちゃんが好きだなぁ」

「………………」

「好きだよ?」

「……うー」

「素直になってくれる?」

「……はい」

「実によろしい。ご褒美にチロルチョコを上げよう。君の好きな抹茶味だぞぅ」

「……頂きます」


 学先輩の甘く優しい囁きに、借りてきた猫のように大人しくなった部長は漸く地に足をつける事を許され、包装を綺麗に剥がしてチロルチョコを口に放り込む。おいひー、等と言いながら喜色満面の部長は、もう幼稚園児にしか見えない。

 きっと目の前の部長は誰かが刹那の瞬間に、顔のよく似た赤の他人の園児と入れ替えたに違いない。元々よく分からなかった部長の性格の更なる謎でいて不可思議なる側面に、俺も少し混乱していたようで、妙な質問をしてしまった。


「部長……えっと、あの、部長……ですよね?」

「んー。そーだよー」

「へ、変です!

 私の知ってる部長さんならここは『当たり前だろー野田君。こんなパーフェクトレディは世界に二人として存在出来ないぞ』って切り返す筈です!」


 茶香子にも俺の混乱が伝染したようで、ちっとも似てない物真似を披露しつつ狼狽する。つーか茶香子は慌ててばっかりだな。冷静って手に書いて百回くらい飲み込んでこいよ。

 部長は学先輩の服の裾を引っ張って二つ目のチョコをせがんでいた。もう見ていたくないんだけど。自分はあんなガキにビビらされて来たかと思うと何だか涙が出て来る思いだ。

 教室で熱燗を啜り、窓際で煙草をふかし、教師を翻弄し、俺を恐怖の谷底に突き落とした妖女の正体は、甘い物と動物さんが大好きな幼女でした。

 ……笑えねぇ笑い話である。

 学先輩はポケットからイチゴ味のチロルチョコを取り出して部長に手渡し、こちらに向き直って言った。下がった眼鏡を指で押し上げて、鉄面皮のように崩れない笑顔を振りまきながら。それでいて冷静な声で。


「ま、隼弥ちゃんはこうして甘いおやつで適当に釣っときゃ基本的には無害だ。

 二人とも、覚えておくといい。絶対役に立つからね。

 『免罪符には甘味料を』が合い言葉だ。

 最低でもチロルチョコくらいは常備しておくと良いぞ」

「……何か今の言動に学先輩の非人道的性格の片鱗が垣間見えました」

「女の敵ってこういう人を言うんでしょうね……」


 茶香子、気持ちは分からんでも無いが、死んだ魚みたいな目をしながらエアガン構えんの止めろ。って、さっきまで俺が持ってたのにコイツいつの間に!?

 学先輩は冷や汗を垂らしつつさりげなく身体を横にずらして銃身から避ける。

 どうやらこのエアガンがただの玩具でない事を知っているようだ。部長から聞いていたのだろうか?

 そして茶香子に少しばかり引き攣った微笑みを投げかける。流石に平然としている事は出来ないようだ。


「まぁまぁ、そう怒らないでおくれよ。

 ただ僕は君たちに、隼弥ちゃんへの対抗手段を知っておいて欲しかったんだ。

 君たち、隼弥ちゃんに強引に入部させられたんでしょう?」

「……ええ、まぁ」

「私もそうなる……かな?」


 確かにもし部長が本気で俺達をどうこうしようって時は、俺達は抵抗出来ぬまま国籍をパキスタンだかアフガニスタンだかに変えられて、僻地へ吹き飛ばされるかもしれない。

 俺の身体能力も茶香子の技術力も、部長の操る国家権力の前には全くの無力である。

 部長に逆らう手段と言う物をあまり意識した事はなかったが、言われてみれば確かにこれからの平穏な学校生活(予定)には必須事項であろう。そして、茶香子。お前もやっぱり俺と同じ穴のムジナだったんだな。


「……色々お世話になってるから、恩返ししてるってだけだけどさ」


 お世話、ね。噂のもみ消し、事件の隠蔽だけで既に二件あるな。恐らく俺の知らない所でまだあるだろう。俺が知る術は無論、無い。


「なー、もう一個」

「隼弥ちゃん、もう食べちゃったのか」


 学先輩は困った様な顔で、足元に縋り付く部長を見ていた。部長が既に二つ目のチョコを食べ終わり、背伸びして学先輩のポケットに手をかけていたのだ。

 その時の部長の平和ボケの極みみたいな顔は写メ撮っておきたいくらい様になっていた。


「もう今日はチョコはおしまいです」

「なんでだよー。今日はもう煙草も酒もやらないからさー。くれよー」

「駄目。お菓子ばっか食べてると太るし、虫歯になるよ」

「……虫歯はやだなー」

「じゃ我慢だね」


 なんという親子。のほほんとした穏やかな空気が二人に流れ始める。

 俺達は完全に置いてけぼりを喰らった訳だ。この空気、どうすべきかと隣の茶香子に目を向けると、茶香子は目を輝かせてどことなく羨ましそうに二人を注視していた。


「……木下、なんか楽しそうだな」

「うん。なんか良くない?ああいうの」

「……何がどう良いって?」

「……別に分かんないならいいよ」


 そう言って頬を膨らませてソッポを向く茶香子。うむぅ、こっちの空気が悪くなるとは。早めに何とかしなければ。


「なぁ、茶香子、この二人どうする?」

「……なんだか私たち、お邪魔虫みたいです。このままだと馬に蹴られて死んじゃうよ」

「そう……なのか?」

「部長が書くお馬さんだったら打撲程度で済みそうだけどね」

「もうそれは言ってやるなよ」


 別に二人を邪魔してる訳でも、そもそも二人が恋仲なのかどうかも知らないが、お邪魔虫に関しては同意だ。

 いい加減、上級生二人の些か仲が良過ぎる戯れ合いに反応するのも疲れてきたところである。

 パラパラと部員名簿を捲ってみる。ページ数から察するに、部員は約二十名ってとこか。未だここに居るのは俺達四人。部長の言動から、来るのは後一人だけ。内二人は二人の世界へと旅立ってしまっている。俺達二人は完全に蚊帳の外に放り出されてしまった。

 その上参加率三割を切る会議に果たして意味があるだろうか。いや、無い。反語法を用いずとも明確な回答である。

 よし、決めた。


「帰るか」

「そうだね」


 茶香子と違って後に予定が控えている訳では無いけれど、俺にも一応宿題が待っている。俺の脳味噌単独の処理能力では、昼飯喰ったらすぐ始めて、晩飯辺りまでかかる可能性もある。早めに取りかかった方がいいだろう。

 鞄を手にした俺と茶香子は、足音を立てぬように注意しつつ大会議室を後にする。


「なんかお腹空いてきたなぁ……識君、お昼どした?」

「まだ喰ってないな」

「じゃ、二人でどっかに食べに行こっか」

「よし来た」


 脊髄反射って恐ろしいね。まるで操られるように俺の口が勝手に口が動く。茶香子の微笑みを見ていると、きっとこれは不可抗力であっただろうと誰に言い訳してもきっと通じると思えてくるし、俺は事実抗う暇も与えられなかった。

 宿題はいつでも出来る。可愛い子との昼飯は今しか食えない。重要指数はどちらが高いでしょうか。答えを言う暇すら惜しい。惜しければどうする?急ぐんだよぉ!


「……あれ?」

「ん?どうした?早く行こうぜ」


 ほぼ無意識のうちに茶香子の手に伸ばされた俺の手を躱すように、茶香子は立ち止まった。無意識も恐ろしい。勝手に手を引いて歩き出す程度に俺の本能は凶暴な性質らしい。脳の理性を司る前頭葉の割合が人より少ないのかもしれないな。機会があったら診てもらおう。

 茶香子は今来た廊下の遠くの方を凝視した後、首を傾げた。


「今誰かがこっちを見てたような気が……」

「そうか?……俺には何にも見えないけど」

「さっきまで誰か居ましたよ。なんか小ちゃい男の子が」

「……何、木下って見える人?」

「見えるって、幽霊とかそう言うの?ってか、そんなん信じてるの?」

「いや、俺は全然」

「そうよね。私より夢のない人がお化けとか宇宙人とか信じてる訳ないですよね」


 幽霊、お化け、妖怪なんて今日日の幼稚園児ですら存在を疑っている存在だ。俺も九割方信じていない。残り一割は……ノーコメントで。でも宇宙人は理論上存在する可能性があるから信じていたりする。地球人だって広義的に見れば宇宙人なんだし。


「やっぱ気のせいだったかなぁ。まぁ、なんでもいいです」


 前に向き直った茶香子は、長い髪を揺らしながら楽しげに玄関に向かって行く。俺も気になってもう一度後ろを振り返ったが、やはり誰も居ない。

 窓を叩く小さな雨音と、未だ俺達が去った事に気がつかないらしい先輩二人の賑やかな漫才が薄暗い廊下にこだまするだけであった。

ここで一段落区切りがついた。

でも次のシーンも結構長いんで切るのに苦労しそうです。

木下、桐生、根本は今後もよく出てくる主要人物……の予定。

なんか恋愛要素入りそう……ま、高校生だし仕方ないね!

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