終−2 「馬鹿だよな」
「よ、思ったより遅かったな」
市内唯一の大学の広い運動場が、今年の杵柄高校サッカー部が参加する全国大会の予選会場であった。現在の時刻は午前十時二十分。キックオフは十分後。ギリギリ間に合っただろうか。バイクのタンデムに乗せてくれた茶香子には感謝せねばならん。折角来たのだから試合を観戦していく、とバイクを停めにいった茶香子と一旦分かれ、俺は杵柄高校側のベンチで身体を温めている二宮剛志に声をかける。
周りのサッカー部員達は、俺の登場にざわめくが、剛志一人だけは冷静なままだった。そして奴の第一声が、上記の淡白な台詞である。
「……思ったよりって、お前」
「一週間もサボりやがって、この馬鹿野郎」
「え、いや、サボ……それどころじゃなかったんだけど。
俺、入院してたんだけど」
剛志は首を振る。縦に。
「その浴衣、病院のだろ。しってるよ、見舞い行ったんだし。
でも練習に来なきゃ、どんな理由を並べてもサボりなんだよ。ウチの部はな。
交通事故で死にかけて植物状態……見舞いに行った時はそう聞かされたけどな」
「交通事故?……あぁ、そうか」
実際は銃殺されかけたんだけど、そんな物騒な話は公表されていないらしい。当然か。銃で撃たれて意識不明って、俺は一体何者だよって話になるしな。撃った学先輩側との兼ね合いもあるが、既に一週間経っている。桐生部長が色々と手を回して、世間的にはそんな事件存在していない事になっているのだろう。
「でもまぁ、アロエみてぇになってもお前は来るって信じてたよ」
「死んでも来いって言ったしな、お前も」
「よく分かってんじゃねぇか」
剛志はニヤリと微笑みを浮かべた。
先週の水曜日、俺は剛志と約束を交わしていた。是が非でも、死んでもサッカーの助っ人をやってやる、と。俺がこんな事態になったと言うのに、剛志はそれを信じてくれていたらしい。色々と無茶な男だが、無茶なのは俺だって対してかわらねぇや。
「結構心配したぜ?
いくら木下さんの装置だって言っても、100%予測通りとは思えなかったしな」
「茶香子自身はそうでもなかったらしいけどな……」
「それだけ生還を信じてたって事さ。
って、んなのはどうでもいい。見た感じ、身体は普通に動かせてるようだけど」
「右脚が結構痛い。全身の筋肉もかなり衰えているかもしれない。
それでも俺を、助っ人として使うのか?」
「生憎キーパーの代えは全くいなくってな。まともに頼れそうなのはお前だけだ。
それにお前の自慢は怪力だけじゃねぇだろ。身軽さ、柔軟さ、なにより反射神経。
ゴール前でシュートだけ止めててくれりゃ、それでいいぜ」
「……それでいいのか、本当に?」
剛志の発言は俺を労っている証拠だって事くらいは分かる。
でも、それは俺にとってみれば要らん遠慮だ。
折角の親友同士だろう?変な気遣いは逆に俺の矜持とかプライドが傷つくんだよ。
助っ人に来たからには、皆が驚きのあまり顎を外すような活躍を見せてやりたいんだよ。
「怪我人に無理させたくねぇんだけどな。
まぁ、そんなにやりたきゃどんどん前に出りゃ良いさ。
副部長!それで良いっすよねぇ!?」
ベンチでこちらを横目でチラチラ窺っていた副部長が、苦笑を浮かべて首を縦に振る。練習には一度しか出ていないが、それなりに信頼はされているようだ。もう怪我がどうこうなんて言ってられねぇ。期待には答えなきゃな。
俺は剛志に投げて寄越された、色違いのユニフォームを受け取って、更衣室に駆け込む。対戦相手には悪いが、始めっから全力で行かせてもらうぜ。
圧倒だった。
二十点程の差が前半三十分で付いた頃、もう既に対戦相手は完全に意気消沈。
キーパーの分際で一人で十点超もシュートしてしまった俺を白い目で見つめる対戦相手達。剛志も試合終了までには二十点近くゴールを決めており、これはもうコールドゲームを宣言してやった方が、対戦相手の精神衛生上よかったのではなかろうか。昼過ぎに終了した試合を振り返って、俺はそんな感想を抱いてしまった。
「とまぁ、結果はそんな所ですね」
「……あのねぇ、野田君」
俺は目の前で首を項垂れる金髪チビが溜め息をついたのを見て、自然と微笑みが零れた。
夕暮れ過ぎの、杵柄高校の部室棟の一角にある、万能人材派遣部部室。桐生隼弥が住まうその部室で、胡座をかいてちゃぶ台の上でプリンを食いながら、俺は彼女に嬉々として土産話を持って来たのだ。久しぶりに喰う娑婆の飯はうめぇ……なんてな。
「君、入院中でしょ。なのにサッカーの試合出たの?本当に馬鹿だよね。
それに、さっき茶香子ちゃんから私に連絡あったよ。
識君が行方不明ですって、なんか、泣きながら」
「あー、やっべー」
棒読みで答える俺。茶香子には悪いが、試合終了後さっさと病院に帰らされるのは分かっていたのでちょっと行方を眩ませたのだ。本来の目的は確かにサッカー部への助っ人だが、副次的にもう一つ、目的があったのだ。
桐生隼弥に会いに行く、と言う目的が。
部室を訪れた際、彼女は驚きを以て俺を迎え、口を尖らせながらも部屋に上げてくれた。
「恋人ほったらかして他の女の家に上がり込むって、どんな神経してんだか」
さりげないその言葉にプリンを吹き出しそうになるが、どうにかして飲み込む。
「恋人って……」
「電話口でね、惚気られたのよ。茶香子ちゃんに。
まぁ、おめでとうって言ってやるわ」
そう言って口を尖らせて、冷蔵庫から取り出した缶ビールのプルタブを開ける。酒の匂いはプリンに合わないんだが、ここはこの人の家なので俺が文句を言えた立場ではない。
「口先だけにも程があるでしょ、桐生先輩」
「桐生先輩……か。そうだね、君はもう助っ人部じゃないもんね」
部長は何処か寂しそうに呟いた。
退部した俺が『部長』と呼ぶのも変なので、今後俺は彼女を桐生先輩と呼ぶ事になるだろう。慣れるまで、多分そう時間もかからないだろうし。缶ビールを一気に半分程傾けて、桐生先輩は俺の方に向き直った。
「で、元部員が一体何の用なわけ?」
「あぁ、それ何ですけどね」
聞きたい事はある。
新聞部再編の理由とか、俺の退部を認めた理由とか、助っ人部の恐怖政治を止めた理由とか、色々ある。
でも、そんなのは正直聞かないでも分かる事だったりする。それらの理由は、先輩が自分の進みたい道を迷っているからなのだ。色々なものをリセットしていって、段々とゼロに戻していって、そこから一人で考え直したいからなのだ。だから俺はそんな無粋でどうでも良い過去の出来事を聞いたりはしない。
折角前を向いた人の肩を叩いて振り返らせちゃ、俺の奮闘が無に帰してしまう。横に並んで、顔を前から覗き込んで爽やかに挨拶してやるのが正解なんだ。
「ここにきた理由はですね、特に無いんですよ」
「…………さっさと帰れよ、お前」
眉を顰めて、不審げに俺を見る桐生先輩。俺はプリンを全部食べ切ってから、桐生先輩に言ってやる。
「遊びに来るくらい良いでしょう?友達なんだから」
桐生先輩は傾けていたビールを思いっきり吹き出して、激しく咽せる。ホント、ガキだよなぁ、こういう所見ると。一通り呼吸を落ち着けて、俺の方を、目を見開いて見つめる。
「と、友達?」
「そうですよ。普通の友達。
普通に話せて、普通に喧嘩して、普通に慰め合えるような友達。
少なくとも俺は、これからはそう言うつもりで接していくつもりっすよ。
年は違うけど先輩後輩って言うと、なんか固っ苦しいでしょ?だから、友達」
「そう……」
口の周りをハンカチで拭いて顔を上げた部長は、少し唸った後に、ニコッと歯を見せて微笑んだ。
「ありがと、野田君」
「どういたしまして」
そしてどちらともなく、笑い合う。これでいい。いや、これがいい。
桐生先輩とは、これからも喧嘩したり歪み合ったり憎み合うこともあるだろう。でも、桐生先輩は変わり始めている。あの偏った思想を、リセットしよう努力し始めている。この人に出会った事を後悔した事も、親の仇の如く忌み嫌った事もあったが、なに、状況は日々変わっていくものさ。
桐生先輩がこれからどう生きていくつもりなのか、近くで見ていたいしね。
「さて、傷も痛んできたし、そろそろ帰りますわ。
そのうち見舞いにでも来て下さいよ」
「あぁ、そうだな。学も病室隣だし、一緒に見舞ってあげるよ」
と、そこに靴を履こうと立ち上がった俺の耳に、不意にバイクのエンジンの爆音が耳に飛び込んで来た。
耳を澄ませば、パン、パン、と軽いけれども間違いなく凶器が立てる音も一緒に聞こえてくる。……どうやらお迎えが来たらしい。猛烈な怒りを伴って、だ。
「……先輩、まさか茶香子に場所教えました?」
「言ってねーよ。言ったらぜってー私も巻き込まれんじゃん。
でも、何となく想像付いたんじゃない?ここだって。
あ、早く部屋から出てよね。手榴弾とか投げ込まれたらたまらないし」
付き合い出して初日で、他の女の家に上がり込んだ男。確かにどうかとは思うけど、それくらいは容認されるんじゃねぇの?ただの友達の家なんだし。
「容認する人もいるけどね。嫉妬深い茶香子ちゃんには当てはまらんでしょ、それ」
「……先輩、依頼、一ついいですか?」
「助っ人の依頼?」
俺は首肯する。
「茶香子の怒りを鎮められる人材を、どうか俺の為に」
「悪ぃ、野田君。そんな奴は多分、この世のどこを探してもいねーわ。
むしろこうならないように行動するのが普通だから」
それもそうだよな。今目の前で激しく叩かれるドアを見て、俺と桐生先輩は、全く同じタイミングで溜め息を吐いた。
「本当に俺って」
「本当に君って」
馬鹿だよな。
連載に八ヶ月程もかかったこの小説も、遂に終わりを迎えました。
最後の辺りは怒濤の投稿ラッシュですけど……。
以下、まともな後書き。長いので注意。
自作品語りなんで、かなり鬱陶しいです。
そこらへんを注意して読んで下さい。
真面目な話。
才能を巡る、天才高校生達の濃密な一週間+αの出来事でした。
才能の存在をどうとるか各人がそれぞれ考えを持って、主人公の頭を悩ませるって感じの内容……のつもり。
サッカー部で暴れたり、誘拐された友人を救いに紛争したり、命を顧みずとも己の意志を貫いたり、という幾つもの事件を経験して、主人公は才能と言う存在に対して、一つの結論を出します。
この結論を得る為だけの一週間……っていう訳じゃないけど、作品としては主人公の才能の捉え方、が屋台骨で、あとはオマケみたいなもんです。
そのオマケの話。
一次創作で、長編で、ちゃんと完結させる事のできた唯一の、いわば処女作。
だから、結構試験的に色々な要素を取り入れてみた。ラブコメっぽさとか、ミステリーっぽさとか、まぁ、色々と。
そして、キャラも悩んだ。個性を立たせるにはどうすればいいのかとか、全然分からない手探り状態だったんで、取りあえず色々盛り込みました。桐生隼弥とかが最たる例。主人公は敢えて容姿面を一切語らず、喋り方も普通の年頃の男の子っぽくと、兎に角普遍的な男子高校生を目指したんですが、段々熱い男へと変身していっちゃいました。一週間でキャラ変わり過ぎだろコイツ。この辺は反省点。
登場人物の話。
ヒロイン三人と三つの事件……って、感じの構想になっている気がする。
木下はルイージ。主人公にベッタリな、頼れる相棒的存在。もっと主人公の悩みとか聞いてあげれば良かった。
相川はピーチ姫。関わり合いは少ないけど、数少ない一般人と天才を行ったり来たりする悲劇のヒロイン。
桐生はクッパ。クッパだけどヒロイン。始めは宿敵だったけど、最終的に主人公とは認め合うライバルみたいな関係のヒロイン。
ヒロイン以外の登場人物。
努力の象徴である熱血漢の二宮が一番思い通りに描けた気がする。
根本は始めっからラスボスのつもりで書いてた。構想通り、事実上のラスボスになってくれたし。
柳橋と大五郎はまさしく単なる助っ人キャラ。助っ人部部員の変人っぷりとキワモノさを見せる為の一発屋。
林原は中ボス。
言いたかった事の話。
才能なんて、努力でカバー出来るんだよ!って言いたかった。それだけ。終わりです。
PS.長い長い話でしたが、読んで下さった方、本当にありがとうございます。出来れば感想とかアドバイスなどが頂けると、とても喜びます。僕が。