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1−2 「……てめぇ、今『チャカ子ッて読める』ッつッたろ?」

前回の粗筋。


日曜なのに部長に会議に呼び出された野田。渋々登校していると同級生の木下茶香子が偶然通りかかる。

野田同様に助っ人部に所属する彼女は、優れた機械技術をもつメカニック少女であった。

己の才能を誇る茶香子を羨みつつも、野田は相合い傘でニヤつきながら学校を目指した。

 向かった部室棟の部室には誰もおらず、部長の『大会議室に変更』のメモを頼りに、俺達は校舎へ足を踏み入れた。ちなみに我が母校は杵柄高校(きねづかこうこう)と言う私立高校だ。……どうにかならんのか、この名前は。

 規模も大きく、敷地面積は約七万平方メートル。部室棟も校舎も無闇矢鱈と広大だ。

 部長の言う大会議室とは、生徒会や教師陣が会議を行なう為の部屋である。体育館の約半分程の大きさに、椅子と机をこれでもかっと詰め込んだ様な息の詰まる作りになっていて、余程の事が無ければ使われない。

 そんな部屋の最奥で、桐生部長は備え付けのパイプ椅子にふんぞり返って座っていた。


「おー、やっと来たか。っつー訳で早速ですが、今年度第一回派遣部定例会議を行ないます」

「……ん?ちょっといいっすか、部長」

「ん?野田君、早速意見か?発言を許可しよう!言ってみなさい!」

「じゃ、遠慮せずに」


 俺は部長がわざわざ借りた閑散とした大会議室を見回す。

 部屋には俺と、プレーリードッグのようにキョロキョロ辺りと見回す茶香子以外には気怠そうな声を上げる桐生部長しかいない。やはり、勘違いではない。


「……参加人数は三人だけでしょうか?」

「不満?」


 目の前で机に足を乗っけて組み、無い胸の前で腕を組み、ついでに何故か禁煙パイプを加えた今日日の小学生より背の低い金髪色黒でキツネ目の女性は、こともなげにそう返した。

 今にもパンツ見えそうな、この目の前の女性こそがこの部活の部長にして、俺を脅迫まがいの手段で入部させた桐生 隼弥(きりゅう はやみ)である。

 どう見てもヤンキーなギャルなのに身長は小学生並みと奇妙な女だ。プロローグ付近の俺と部長との電話越しの会話やその後のメール、入学初日の出来事で諸君も見当がつくだろうが、そこそこ世話の焼ける面倒くさい性格をしている。

 それよりも、だ。今問題なのはそのメールの件についてだ。


「見た事無い部員も来るって、部長言いましたよね?」

「言ったね」

「でも来てるのは三人だけっすよね?」

「三人だけだね」

「皆何処に行ったのか分かんないんすか?」

「分かんないね」

「絶対来いって言いましたよね?」

「言ったね」

「これで会議始めて良いんですか?」

「良くないね」


 アンタは言葉覚えたてのガキか。鸚鵡みてえな返事ばっかりしやがって。茶香子もそれを不満に思ったのか、少し頬を膨らませて不機嫌アピールをしながら口を挟んだ。


「じゃ、どうするんですか?」

「……会議始めるって言っただろー」

「この人数で?ってか、こんだけの為に大会議室借りたんすか?」

「心配には及ばない。後二人くらいは来る……と、思う」

「と、思うって?って、やっぱ部室でいいじゃねぇかよ」

「がたがたうっせーわねー。

 一人遅れて来るって。あと一人は連絡着かなかったけど、まー来るだろう。

 さ、今居ねー人はいーんだ!来た人から用事を済ませて行きましょー!」


 部長はそう言ってピンクのエナメルの無闇矢鱈とファンシーなバッグから、プリントの山を取り出し、俺と茶香子に押し付ける。渡されたプリントは左上がホッチキスで閉じられた冊子になっている。厚みは結構なもんで、大体二十枚程度だろうか。

 表紙には『部員名簿』の味気ないレタリングの下で、部長が書いたらしいネコの様な生き物がヒヒーンと鳴きながらこちらを見ていた。


「これって……」

「そ。見ての通り……お馬さんよ!」

「え?これ馬なの?……どうしよう識君、私、犬だと思ってた」

「俺は猫だと思った」

「……結構うまく書けたと思ったんだけどなー」


 女子たちの論点がズレた会話を適当に流しつつ、ついでに落ち込んでいる部長へのフォローは茶香子に投げ出して、俺はページを捲ってみた。目次の前にこの書類……部員名簿の概要について、と言う項目があるので、眼を通してみる。

『この冊子は我が部活に於ける最重要機密を記してある。

 決して部外者に見せる事無き様、部員諸君には厳重な情報管理を義務づける。

 万が一にも情報漏洩の痕跡が発見された場合、現万能人材派遣部部長、杵柄高校二年桐生隼弥が漏洩元に厳重な処罰を申し渡すであろう』

 ……なんだよ、この書類概要。


「……これ、なんなんすか?」

「だからお馬さんって言ったでしょー!?……いーよもー、どうせ私は絵がヘタクソですよー」

「あぁもう、そっちじゃねぇ!この注意事項みたいなやつっすよ」

「あー、そっちの方ね。書いてある通りだよ?

 もし外に漏らしたら君らも漏れてもらうから。主に鼻水とか涙とかオシッコとか」

「お、お下品ですわ、桐生さんったら!」


 茶香子は少し顔を赤らめて、へらへら笑う部長に叫ぶ。部長が下品なのはこの際目を瞑ってやっても良いが、もっと気になる事があるだろうよ、茶香子。


「なんでたかだか部員名簿如きが門外不出の最重要機密なのかって訊いてるんです」


 ぺらぺらと適当に捲った限りでは、書いてあるのは部員の名前、学年、性別、趣味、メールアドレス、電話番号、ついでに一言アピールと得意分野だけだ。

 確かに連絡網は流出されないように注意を払うべきだが、部長の厳罰とは穏やかではなさ過ぎるだろう。実際の所、この異常な部活にしては拍子抜けする程普通の名簿であると言わざるを得ない。

 ちなみに名簿の俺の欄もしっかり書かれている。……書いた覚えなんてないが。

『氏名:野田 識

 学校、学年:杵柄高校一年

 性別:男

 趣味:科学雑誌を読む事、ピンバッヂ収集

 得意分野:運動全般

 一言アピール:運動神経には自信有り!スポーツは俺に任せろ!』

 といった具合だ。

 部長には教えてないのに何故か俺のちょっぴり繊細な趣味はバレているし、一言アピールも勝手に書かれているが今更驚きはしない。

 桐生部長は俺の問いに少し呆れた様な顔をして応えてくれた。


「我々は万能人材派遣部。部員は世界有数の技能専門家よ。

 まだ若い人材ではあるけれど、十分世界の最前線で闘えるレベルのね。

 そこに居る部員に唾付けとけば青田買いどころか、丸々実った稲穂の田んぼを買い取れるのよ。

 茶香子ちゃんや野田君はもう業界でも有名になったけど、まだまだ隠れた超天才が我が校には居るのよ。

 そいつらの個人情報を漏らすわけにはいかないわ。

 ……実際、これ作ってたワープロ、ハッキングされてたし。

 逆に強烈なウィルス流しといたけどねー。全く、見境無い奴らも居たもんだ」


 最早被害妄想か何かだと言ってくれた方がどれだけ心に優しいか分かったもんじゃない。だが、恐らく嘘ではない。茶香子や俺の存在を考えれば多少の信憑性が生まれる。って俺はそんな有名人なのか?確かに子供の頃からその手の勧誘は多かったけれど。

 閑話休題。確かに何かしらの分野かはおいといても、だ。一流の技能者がこんな高校の一角で燻ってるなんて、猫に小判にも程があるもんな。少しばかり納得してしまった俺は、ついで名簿の他のページも見てみた。

 茶香子の分も既に作られている。どれどれ、茶香子は自分で書いたんだろうか?

『氏名:木下 茶香子

 学校、学年:杵柄高校一年

 性別:女

 趣味:カラオケ、改造、試し撃ち、試し斬り

 得意分野:工学系技術(伝統工芸含む)

 一言アピール:チャカ子って呼んだ奴、殺します♪』

 物騒極まる趣味の数々と一言アピールのアブナイ発言に、俺は茶香子に眼をやった。茶香子は涙眼で、顔を青くしながら横にブンブンと、暴走する扇風機みたいに千切れんばかりの勢いで振っている。

どうやらこれも部長の捏造らしいな。

 件の部長はと言えば俺の視線に気がつくと、俺にどや顔向けて禁煙パイプを上下にピコピコ揺らしていやがる。俺の欄は別に構わない。当たり障りも無い言葉だし、何書かれても部長に抗議できる。

 しかし茶香子は部長と違ってお淑やかで気弱なんだ。気を遣われて然るべき人間なのである。

 反論すら出来ない臆病者には代弁者が必要であり、このケースにおいてはそれは俺である。こればっかりは作り直しを進言させて頂くべきだろう。是が非でもすべきだ。


「部長、幾ら何でもチャカ子なんて……確かにまぁチャカ子って読めるけど」

「……あ、これはマズった」


 部長が少し慌てた様子で立ち上がって、俺の口を手で塞ぐ。勢いがつき過ぎているせいでほぼ張り手である。口の周りがヒリヒリと痛むが、抗議の声も上げられない。

 無理矢理その手を外して、どんな文句を言ってやろうかと考えていると、何かが破裂するような音が聞こえた。


「……てめぇ、今『チャカ子ッて読める』ッつッたろ?」


 ドスの利いた声だった。血の池地獄の更にその底から聞こえて来る様な重苦しい響き。

 この場に居るのは俺と茶香子と桐生部長だけだ。そして部長は腹話術でも会得していない限り、口を動かさずに喋る事なんて出来はしない。ならばこの声の主は、もはや言わずもがなであろう。木下茶香子であった。

 先程までの白百合のような淑やかさは何処へやら。冷めた目元からこちらに向けられる眼光が槍のように鋭く重く突き刺さる。手には黒光りする物騒で歪なL字型の物体。拳銃に関しては詳しくないが、それがヤクザや裏社会御用達のブツである事は俺にも分かった。が、俺の目が正しければ、そこには『人に向けないで下さい』の注意書きの書かれたシールが銃身に貼ってあったりする。

 エアガン。本来ならば、空気圧でBB弾を発射する模型銃である。

 空き缶を撃ったり友達とサバイバルゲームに使ったりした事は俺にもあるし、男子ならば一度はある。と思う。あれ、当たった当たってないの水掛け論をする馬鹿がしょっちゅういるから、段々面白くなくなって来るんだよな。

 俺の現実逃避に近い思考をよそに、茶香子は天井に銃口を向けて引き金を引いた。先程と同様に破裂音が静かな大会議室に鳴り響き、緊張した空気は爆裂寸前のアドバルーン並みに張りつめる。

 それは既に、玩具の領分を逸脱していた。

 後に知った事だがエアガンには狩猟用の銃もあるらしく、当然そんな銃は殺傷能力を持つ。つまり理論上、空気圧で何かしらを発射して人を射殺する事は可能という訳で。

 天井に穴を空けて、ついでに焼焦げ後を残したあの違法改造エアガンがどうかなんて、火を見るより明らかだ。すっかり据わってしまった茶香子の瞳を真っ直ぐに見つめ、部長は冷や汗を一筋垂らしながら震える口を開いた。

 度胸あるな、この人。俺はとても身体が言う事を聞いてくれそうにないというのに。


「やだなー、茶香子ちゃん。野田君がそんな心ない事言う筈ないじゃないの」

「……………………」

「ね!野田君!言ってないよね!?言ってねーって言え!」

「い、言ってねー、です、はい」

「……………………そう」


 茶香子はそう言って銃を下し、漢らしく首を傾げてコキコキと鳴らしたみせた。まるでそれが某漫画の昼食さんのクシャミみたいな人格変貌スイッチであるかの如く、彼女は次の瞬間には、いつもの穏やかな笑顔に戻っていた。

 部長はぐったりと自分の椅子に座り込み、肩で息をしている。俺はと言えば、腰を抜かす事も出来ない。まるで足だけ冷凍庫に一晩突っ込んどいたみたいにカチンカチンに固まって全く身動きができなかった。

 茶香子はそんな俺達の様子を見て、あたふたと分かりやすいぐらいに狼狽していた。


「あ!あ、あうぅ……あの、ごめんなさい、ごめんなさい!私ちょっと我を忘れちゃって……」

「あーいーいー。いーのよ、茶香子ちゃん。私もちょっと悪ふざけが過ぎたし。

 茶香子ちゃんはサカコちゃんだもんね。

 そー言うのも考えて一言アピール考えたけど、ちょっと直しとくわ」

「識君も、ごめん!ほんとにごめんね!」

「……あぁ、まぁ、いいよ。生きているって素晴らしいよ」


 未だに口が俺の脳の命令をしっかりと聞いてくれない。ブルブルと震えを止めようとはしない。

 目の前に明確な形となって現れる命の危機と言うものがこれほど恐ろしいものだなんて、俺は今日まで知らなかった。と言うか知らないで良かったし、茶香子の豹変ぶりも見たくはなかった。

 なにあれ、二重人格?茶香子とは入学当初からそこそこ仲良くやってきたが、こんな本性を持っているなんて知らなかった。

 本人に事情を聞きたい所だが、どこを突ついたら修羅が出て来るか分からない以上、怖くて聞けない。ならば聞けそうな方に。漸く足も解凍完了したことだし。


「……部長、木下って」

「別に二重人格とかでは無いわ。子供の頃のトラウマが、ちょっとね」

「トラウマ?」

「小学生の頃、とある男子生徒に『チャカ子って読めるな』っていじめられた事があるらしくて」

「そんな事があったんすか……」

「しかもその後、茶香子ちゃんはエアガンに実弾銃と同レベルの殺傷力に改造して復讐したらしいわ」

「聞くのも恐ろしいんですが、そのいじめっ子の男子生徒は?」

「死んでないから大丈夫よ。それでも、当時もう大事件寸前だったけどね。

 なんせ小学校での銃乱射事件なんて、銃社会アメリカでだって起こらない話だわ。

 私の隠蔽工作で何とか内密に抑えたけど、なかなか大仕事だったわ。

 以来『チャカ子って読める』って言われるとその頃の怒りがぶり返してきて……」


 歴戦の暗殺者みたいに変貌するってか。それ、殆ど二重人格だろ。


「なら一言アピール書いた部長にキレそうですがね……」

「紙面なら問題無いようね。

 実は軽い実験のつもりで興味本位書いたりしました、テヘッ」

「可愛く言っても許さん」

「いや、反省してるよ。私だって死ぬかと思ったから。

 でも、ボーダーラインは見極められたし」


 今の会話の中からツッコミどころを抽出する。

 隠蔽工作って、当時のアンタも小学生じゃねぇのかよ。

 それに当時から茶香子の事知ってたのかよ。

 だが、それらのツッコミは無粋と言う物である。なぜならば。

 当時の俺が既に跳び箱を二十五段跳べたように。茶香子が人を撃ち殺せるエアガンを製造したように。部長だって、当時から普通の人間ではなかったのだ。

折角のルビ機能、何故今まで使っていなかったのか。


ちょっと半端。

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