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7−1 「んー、じゃ、お昼食べてから。一時くらいに家に来て」

前回の粗筋。


遂に助っ人部の本当の目的が桐生から語られる。

野田はそれに己の悩みを重ねるが、最終的な答えを出す事は出来ずにいた。

そして野田に下された罰は、執行されず単なる執行猶予で済まされた。

 翌日の朝。

 俺は一週間に二度しか訪れない目覚まし時計が働かぬ朝を、惰眠を貪る事で満喫していた。

 小鳥のさえずりを目覚ましに健やかな起床を行なえると言うのは非常に気持ちのいいものであるが、代償に自由時間を浪費してしまうのがネックだ。加えて、今日は少し寝過ぎた。ベッド脇の机に置かれたデジタル時計に小さく表示されている『午後』の字を見て、俺は身体を起こした。

 朝と言うには些か遅過ぎる時間であり、そこで俺はようやく今日の約束を思い出して、冷や汗を垂らしながら寝床から飛び起きたのである。






 昨日部長と共に細い県道を通って我が家へと向かったのだが、歩いて帰るには長過ぎる距離を、途中で疲労を訴えた部長をおぶりながら町まで帰る羽目になった。意味わかんねぇ。

 部長と別れた後、ボロボロの制服とともに昼過ぎ頃に帰宅した俺を出迎えてくれたのは、お袋の往復ビンタと脳天チョップであった。徹夜で走り回って疲労のピーク時に母親の最大火力コンボを喰らった俺は、そのまま昏倒する事も許されず、夜過ぎまで説教をかまされたのだ。説教中に眠れば再び飛んでくる顔面集中砲火に脅えつつ、俺は精神力の全てを動員して目を開けていなければならなかった。

 連絡を入れておいた筈なのにこの仕打ちは一体どうしたものかと反論してみた。


「お前の素行不良が問題なの」


 ここ最近、帰宅が遅かったり、そもそも帰らない事が多くなった俺に、お袋は徐々にフラストレーションを募らせていたらしい。そして今回、学校があるにも関わらず朝帰りで制服をズタズタにして帰ってくた俺に、遂にお袋の我慢が臨界突破。

 別に俺だってそうしたくてそうしているんじゃない。ただ、俺をまともに家に帰らせてくれない事態が多すぎるだけだ。


「言い訳は聞かないよ」


 女の怒りを買う事に関しては右に出るものの居ない俺の事。今考えた事を言っても効果はなさそうだし、お袋も俺の単純な思考如き、お見通しらしい。きっと今は耐える事でしかこの事態を打開する策はない、とみた俺が、諾々と母親の怒号を受け流している時だった。

 携帯電話が鳴った。鳴ってくれた。しかも電話である。コレはラッキーだ。


「悪い、電話だ」

「今説教中!切りなさい!」

「いや、そうもいかないよ。部活の仲間からなんだ。重要な連絡かもしれねぇ」

「……全く、さっさと済ましなさい。まだ話は終わってませんからね!」

「へいへい」


 そう言って説教部屋と化した居間を抜け出して、一息ついてから電話に出る。画面に表示される名前は、木下茶香子であった。


「あ、もしもし、識君?」

「よう、どうした」


 受話器の向こうにいる茶香子は少し草臥れているようだった。

 それもその筈だ。この時間(電話が来たのは昼過ぎだった)に起きてるって事は、まだ寝てないんだろうしな。


「二宮君から連絡が来てさ、桐生さんと一緒に救急車降りたって聞いたんだけど」

「あぁ、間違ってねぇ。けど、特に心配はないぜ。歩いて帰れたからな」

「あのねぇ……私が言ってるのはそうじゃないよ!」


 何故か怒られた。電話口から漏れる大音量に、お袋が居間から怪訝な顔を覗かせる。

 適当に手を払って追い出す事に成功。お袋は再び顔を般若面と化すが、何とか引き下がってくれた。後でこの事も怒られるのかと思うと気が滅入ってしまう。


「二宮君から全部聞きました。識君の部員名簿が真見ちゃんのせいで流出したって。

 識君、桐生さんから酷いお仕置きを受けてるんじゃないかなって、心配したんだからね!」


 救急車で別れてから、剛志はそのまま病院に行くまでの間に茶香子に連絡を取っていたようだ。何とかして俺を助けようとしてくれたらしい。今生の別れみたいな雰囲気になっちまったからな。無駄な心配になって本当によかった。


「悪い悪い、俺は大丈夫だよ。

 部長と話し合って、俺もこの事件の事が全部理解出来た。

 今話すにはちょっと長過ぎるから、また今度にしてくれ。

 でも、俺も相川も、相川の母さんも、なんの問題もない。

 全部大団円に向かって進んでる。日本は初犯に優しい国なんだ」

「……何の事か分かんないけど、みんな無事なの?」

「俺はちょっとアレだけど……ま、相川の母さんも無事らしいからな。

 一応、事件解決って事になるんじゃねぇの?」

「そうですか。……うん、まぁ、そう言いきるんだったらそれでいいか。

 後で全部話してね。私達全員にちゃんと、さ。

 そうそうそれで、真見ちゃんの病状も聞いたよ。気管支炎を併発しちゃったんだって。

 病状は軽いらしいけど、大事をとって入院してる。二宮君がずっと着いてる事にしたってさ。

 ……あの二人、本当に別れたの?めっちゃめちゃラブラブに見えたけど」

「さぁね。俺の知ったこっちゃねぇや」


 これを機によりを戻せれば、それはそれでいいだろうしな。どうも剛志の様子を見ている限り、振られたのは剛志の方みたいだし。アイツにとってはこの事件はある意味プラスに働いたと言えない事もない訳だ。


「それで、今日……は体力的にも厳しいから、明日の午後から真見ちゃんトコにお見舞いにいこ」

「わかった。時間は?」

「んー、じゃ、お昼食べてから。一時くらいに家に来て」

「はいよ。俺、お袋からの説教の最中だからまた後でな」

「OK。……私の方のお説教はついさっき終わったところ。

 エへへ、久しぶりに結構叱られちゃった。んじゃ」


 言葉とは裏腹に喜色に富んだ声で言う茶香子。

 今まで親から怖がられていた茶香子にとって、そうやって叱られるのは嬉しい事らしい。コレに味を占めて不良少女になったりは……しないか、流石に。

 俺は切れた電話をポケットに再び突っ込み、再び地獄の釜と化した居間に足を踏み入れた。




 ……さて、回想は終わり、今の俺の状況を確認する。

 説教が終わったのは深夜一歩手前くらいであり、体力の限界を迎えた俺は、自分の部屋で着替えた辺りまでしか覚えていない。

 そして今見た時間は既に昼を回っている。具体的には一時半。本来ならそれなりの外出の準備して茶香子の家に迎えにいき、病院に向けて歩みを進めていなければならない時間だ。

 ところがどっこい、今の俺はスウェットに身を包んで、目覚まし時計を呆然と見つめている訳である。

 完全な、遅刻であった。


「ヤッベ……!」


 携帯電話を手に取り、慌てて茶香子の番号をプッシュする。……が、出ない。まずい、電話に出るのも嫌になるほど茶香子は怒っているのだろうか。

 ひとまず、俺は服を二十秒程で着替え、髪の毛を適当に整え、鏡で確認する。休みの日に出掛けるにはTシャツにジーンズのみという地味極まりない格好だが、そこは寝過ぎた俺の自業自得だ。

 現在、起床から約一分経過。財布と携帯電話をジーンズのポケットに突っ込んで、俺は行ってきますも言わずに家を飛び出した。また帰ってきた時お袋にどやされかねないが、四の五の言っている暇はない。

 自転車に跨がった俺は、自動車であれば間違いなく一発免停を喰らう様な速度で茶香子の家に向けて走り出した。

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