6−4 「私、悪い事をした。シッキー本当に、ごめんね」
前回の粗筋。
山道からゾロゾロと降りてきた助っ人部+αな面々を見て顔を引き攣らせる救急隊員。
満身創痍の相川が、それでもなお野田に話があると言う。
救急車の中で、野田と二宮は相川の話を静かに聞き始める。
車内で、相川は首まで毛布をかけられて仰向けに寝転がりながら相川は力無く笑い、俺に普段の彼女からは想像もつかない程悲愴な表情をしていた。緊張の糸が切れたからだろうか、先程よりも病状は悪化してきているようで、先程からまともに会話するのも困難な程に咳き込んでいる。
そんな体調でも救急隊員から会話の許しが出たのは、相川が強く希望したからだった。それほど大切な話だと言うからには、俺も聴かない訳にはいかない。
「ごめん、なんか安心したら眠くなってきちゃった。
疲れててあんまり話せないけど……だから……ゲホッ!ゴホッ!」
「おい、無理すんなよ、真見」
「ありがと、剛志。でも言わせて……シッキー、私、謝らなきゃいけない事がある。
私の……ゴホッ!ゴホッ!」
「もういい、寝てろ、相川。今は休んだ方が良い」
「私、悪い事をした。シッキー本当に、ごめんね」
俺達の忠告を無視し、謝りながらギュッと目を瞑って涙を流す相川。俺からすれば一体何を理由に謝られているのか意味不明にも程がある。無様に狼狽えるばかりだ。
「私がこんな目に遭ったのは、ゲホッ、自業自得なの。
このままだと……私の、せいでシッキーまで、ゲホッ!……巻き込んじゃう」
「何の事だかさっぱりだぜ、相川。少し落ち着け」
静かに見えて、実は割と取り乱しているのだろうか。相川は先程から要領を得ない言葉を繰り返すばかりで、俺達はほとほと困ってしまう。
「私の、ゴホッ!ケホッ!け、携帯の……ケホ、ケホッケホ……」
「もういいから、相川!もういい、今は体調を整えろ」
「ごめ、ケホッ……ごめ、んね……」
風邪は万病の元という言い伝えに間違いは無い。碌に休めなかったこの二日の間に、もっと悪い病を患っていないとも限らない。それは無いとは思いたいが、だからといって彼女に無理をさせる訳にもいかない。相川は一刻も早く病院で検査を受ける必要があるというのが、俺達全員の総意である。
あまりに苦しそうに咳をする相川を見ているのが辛くなって、俺は相川を叱りつけるように厳しく言い聞かせた。相川はその後も涙を流しながら、俺への謝罪の言葉を繰り返していた。
いくら何でもコレは異常だ。そう思わないか、剛志。
「俺もそう思うけど……真見、お前にそんな酷い事したのか?」
「心当たりは無いな。むしろ俺が謝りたいくらいだったってのに。
最後に携帯、とか言っていたが……」
相川の啜り泣きが形をひそめて、車内が静かになった。ちょっとどころではなく慌てたが、救急隊員が、身を乗り出した俺達を制した。どうやら心配する必要はないらしい。
気力が切れたのだろう、気絶したように突然謝罪の言葉がパッタリと止んで、時折小さく咳き込みつつも、細い寝息を立てて眠っている。
相川の携帯、か。今持っている訳ではないだろう、多分。這々の体で逃げ出したんなら、持ち出す事はまず出来まい。部長辺りに回収されていたとしたら、俺達は結局なにも分からずじまいだっただろう。だが、しかし。
「いや、彼女、携帯電話持ってたよ、ほら」
そう言って、救急隊員の人が白い携帯電話を胸ポケットから取り出し、俺達に渡してくれた。いつの間に回収していたんだろう。流石プロは違うって事だろうか。傷だらけだが、美しい白色を保っていたそれを見た剛志が、驚きに声を上げた。
「……本当だ、これ。真見の携帯だよ」
「もって出れたのか……?」
手にしている時に襲撃されたと言うのなら或いは可能かも知れない。いずれにせよ、彼女が携帯電話を持っていてくれた事は俺にしてみれば喜ばしい事だ。相川が謝っていた理由は、きっとこの電話の中にある。女子の携帯電話の中を覗き込むのは気が進まないが、この際四の五の言ってる暇はない。本人も半ば公認だ。
手がかりとして何か残っているのであればメモ帳だ。しかし開いてみても、こちらには何も書かれていない。普段手帳を持ち歩いているから、メモはアナログ派なのかもしれない。次に開こうとしたのはメールボックスだが、こちらはロックがかかっていて閲覧不可。
通話履歴を確認してみる。どうやら逃げている最中に警察に何度も電話をかけていたようで、十件近くが110で埋まっている。部長絡みであれば警察は無力どころか敵にすら回ってしまう。警察は電話には出たのだろうか、それすらも怪しくなる。かけている相川も、きっと訳が分からなかっただろう。
そしてそのまま過去の方にスクロールしていくと、妙な名前を見かけた。
「『シッキー』……だって?俺の番号じゃねぇか」
「ん?お前らいつ交換してたんだ?」
俺は喉に魚の小骨が引っかかった様な、妙な気分になっていた。確かに、此処最近相川と会話する機会は多々あった。取材の話やら部活の話やら、とにかく色々あったけど、俺は相川とメールアドレスや電話番号の類いを交換した覚えは無い。
発信履歴の日付と時刻を確認する。
水曜日の昼過ぎ頃。丁度部長に襲撃された頃に、俺に二回かけていたようだ。……そう言えば。俺は自分の携帯電話を開き、着信履歴を見る。相川がかけたのと全く同じ時刻に着信が二件、知らない番号からかかってきていた。
気がついたのは夕方過ぎで、かけ直したが留守番電話に繋がってしまった、あの電話の電話番号だ。そうか、これは相川からの電話だったのか。クソ、この時電話に出れていれば、こんな事態にならずに済んだって事か。
しかも俺はその後事情も知らずに部長に連絡を入れてたって訳か。なんてマヌケな話だ。せめてかけ直した時に出てくれれば良かった。畜生、俺のせいでこうなったのかよ。ひとまず今後は学校でマナーモードにするのは止めるべきかもな。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇっての。……終わった事をウダウダ言っても仕方ねぇ」
「……んなの、分かってるよ。しかし、コイツは何処から俺の番号を入手したんだ?
剛志、お前相川に俺の番号を」
「教えてねぇぞ」
答えを先取りした剛志も、一緒にうんうんと唸り声を上げる。他の候補としては……茶香子か?でも、茶香子なら教えた時に俺に言ってくれそうなもんだ。
ならば、他の知り合いが教えたんだろうか。当然だが茶香子や剛志以外のクラスの奴らとも、俺はそこそこ仲良くやっている。前述の二人が特別仲が良いだけで。それに、中学が同じ奴は杵柄高校にも結構沢山居て、他クラスの奴の番号も幾つかは持っている。相川は新聞部で顔が広いし、何かの機会に入手したのだろうか。であれば、直接顔を合わせた時に言われると思うんだけど……ううむ、分からんな。
「お前に謝ってたのって、コレか?」
「いや……別にコレは謝る事じゃないだろ」
相川の態度から考えれば、事はもっと深刻なレベルに達していると、俺は思っている。
だから、他に何かあるのだろう、この携帯電話の中に。
「っても、あとロックがかかってないのは……」
「着メロとアルバムくらいか……」
着メロで俺に謝る事項があるなんて、あまりにも意味不明だ。俺と相川の会話に、音楽がらみの話題は一切上がっていない。であれば、このアルバムの中に答えがある事になる。俺はつばを飲んで、アルバムファイルを開いた。
「……ん?なんだ、こりゃ?」
女子の写真アルバムと言うのだから、もっとカラフルな写真で埋め尽くされているものだとばかり考えていたのだが。ファイルの中に入っていた写真一覧で画面に並べられた写真は、全てくすんだ白い色をしていた。しかし、よくよく見れば、その写真はどうやら藁半紙に何か書かれているのを撮影したものであるのが判別出来る。
「なにかの書類みてぇだな」
「そうだな。これが一体なんだ……って…………ん……」
その内の一枚を画面いっぱいに拡大して、そこに書かれていた内容を見て、俺は言葉を失った。いや、卒倒しかけたのかもしれない。視界が少しどころではなくぐらついたのは、どうも救急車が揺れた訳ではないらしい。
そしてそれを見た今になって漸く、相川のしつこい程の謝罪の意味を知り、相川がどうやって俺の番号を知ったのかも合点がいった。
なるほどな。相川、お前が部長に追いかけ回された理由が、これでハッキリした。思えば火曜日の不振な挙動だって、明らかに『コレ』が原因だって俺は確信していたんだ。証拠は無かったけどな。
そうか、携帯のカメラ機能か。普段あんまり使わないから、すっかり忘れてた。してやられた、なんて言葉で片付けられそうにはないけれど。
そして次に被害が降り掛かるのは、つまり他ならぬこの俺、野田識である。どうも十中八九、そうなりそうだ。
俺が拡大した写真には細かな文字が、しかし鮮明に読み取れる程度の解像度で写っていた。
そう、こう書かれていたのだ。
『氏名:野田 識
学校、学年:杵柄高校一年
性別:男
趣味:科学雑誌を読む事、ピンバッヂ収集
得意分野:運動全般
一言アピール:運動神経には自信有り!スポーツは俺に任せろ!』
ついでに言えば、その一枚前のページはこうだ。
『この冊子は我が部活に於ける最重要機密を記してある。
決して部外者に見せる事無き様、部員諸君には厳重な情報管理を義務づける。
万が一にも情報漏洩の痕跡が発見された場合、現万能人材派遣部部長、杵柄高校二年桐生隼弥が漏洩元に厳重な処罰を申し渡すであろう』
部員のデータが事細かに記録されている門外不出の筈の部員名簿が、相川の携帯のアルバムの中に、丸々もう一冊分、存在していたのだった。そしてアイツが何処からデータを入手したのか。もはや考えるまでもないな。相川がこの写真を入手出来たチャンスは火曜日の放課後だけ。
となればここに写っているのは当時無防備に放置されていた俺の鞄の中に入っていた、部員名簿に違いないのだ。