6−3 「大丈夫さ。きっと。ね、大五郎先輩」
前回の粗筋。
大五郎に着いて行った先の祠の中で、相川はぐうすかと呑気に眠っていた。
相川は野田に気づき、歓喜のあまり飛びかかったとき、柳橋達も到着。
再び最悪のタイミングで現れた彼ら。一同暫く騒然。
「見当がついてるって言っただろ?」
「……そうでしたっけ?」
「ここに祠があるのは知っていたんだ。
大昔、戦時中は山の守り神として崇められていたらしいけど、今ではあの有り様さ」
帰り道、実先輩達の通ってきた、獣道ではない整備された登山客やキャンプにきた旅行者用の山道を歩いている中で、実先輩がそう言った。
「昔、戦争で飢餓に苦しむこの近辺の集落の人々が、この辺りに赤ん坊を捨てにきていたらしい。
私たちではこの子を養えません。代わりにどうか神様、この子を救ってやって下さい……。
そんな悲しくて切ない想いを胸に抱きながらね」
「………………」
「いつしか山の守り神は、幼子の守護神として崇められるようになった。
捨てられた可哀想な子達を邪悪なる者から守る神に、ね。
あの霊の言葉で此処を思い出したよ。
確信は持てなかったけど、大五郎先輩の走り出した方角から考えれば此処しかないからね」
「霊って、相川の親父さんですか?」
そう、と俺の言葉に、真っ青な髪の毛が縦に振れる。その目はどことなく悲しげだったが、とても優しい色を帯びていた。
「『守護霊ですら着いていけない場所』と言われて思いついたんだ。
難儀な神様さ。彼女の守護霊の侵入すら許さないんだからね」
なるほどな。俺の理解を超えた世界の話ではあるが、理屈が分からない訳ではない。そうやって自分を無理矢理納得させていくのが、この不思議な部の部員達と付き合っていくコツである事に俺は今更気がついていた。
俺と実先輩の前を茶香子と剛志、そして剛志におぶられたパジャマ姿の相川が何かを話しながら歩いている背中を見て、俺は疲れも忘れて安堵していた。ここ二日、体調不良の上に飯も喰っていなければ水も飲んでいない相川は実はかなり辛いらしく、泣きじゃくった後は身体に力が入らず、碌に立てないような状態であった。だが、意識はハッキリとしているし、先程水を飲ませてからは言葉を語ろうとはするが、咳が酷くて碌に言葉が発せない。一刻も早く病院に連れて行くべきだろう。
こんな山道の中でも、一人だけ電波がまともに届く携帯電話を持っていたのは当然茶香子であり、麓の方に救急車を呼んであるらしい。相川の病状が未だに懸念されるが、きっとまたすぐに、元気に登校してきてくれるに違いないと俺は信じている。万病の元とは言え、たかが風邪なのだ。病院と言うそれ相応の施設で療養すれば何の問題も無く復活するさ。だから、未だに心を曇らせている原因は相川ではない。
事件はこれで解決した訳では無いのだ。
「相川のお母さんは、一体どうしているんでしょうか」
俺は前の三人には聞こえないように、実先輩に耳打ちした。
部長に連れ去られてしまった相川の母親は、未だに消息がつかめていない。未だに部長が相川家を襲撃した理由だって定かではない。まだ分からない事だらけである以上、俺としては素直に喜ぶ事は出来なかった。
「大丈夫さ。きっと。ね、大五郎先輩」
「ワゥ」
俺達の後ろに着いてきていた大五郎が、頼もしく吠えてくれた。
コイツに相川の母親の匂いを嗅ぎ付けてもらえれば、きっと見つかるだろう。俺は落ち着かない心の中を必死で押さえつけながら、日が高く昇り、先程まで暗かった山道を照らす中を黙々と歩いて行った。
アスファルトの地面を踏むのは随分と久しぶりな気がした。キャンプ場の森の中を突っ切って歩いてきた俺達を見て、救急隊員は全員妙に引き攣った表情をしていた。
それもそうだ。朝早くから山道をボロボロの制服を身に纏った男女四人とパジャマの女一人が下って来るんだからな。異様な光景に間違いはないだろうよ。
救急車は県道の隅っこに待機しており、こんな妙な待機場所を指定したのは茶香子だったらしい。剛志におぶられていた相川を救急隊員に引き受けてもらったとき、漸く肩の荷が下りた気分だった。
せっかくだから町まで乗せていくと救急隊員が言ってくれたが、全員が入る余裕は無いらしい。誰が乗るか、と言う話になった時、剛志から意外な言葉が飛び出た。
「真見が野田に言いたい事があるらしい。お前も乗れ」
「は?……はぁ、わかった」
剛志が強引に俺の手を引いて、救急車に引っ張っていく。他の二人から文句は出ないかと後ろを振り返るも、茶香子と実先輩は既に県道を徒歩で下り始めていた。
「じゃ、実先輩。私らはバイクで」
「うぅん、大五郎先輩はどうしようか。救急車に乗せる訳にも行かないし」
「一緒に乗せてきましょう。
こんな朝早くから山道をパトロールする警察も居ないでしょうし」
「それもそっか。……あ、帰りにヘアスプレー買わなきゃ。赤い奴」
帰れるなら特に問題は無い、か。いい加減剛志が引っ張る俺の腕が痛くなってきた頃だ。俺が乗るとすぐさま後ろは締まり、あっという間に救急車は出発した。俺の人生始めての救急車乗車は、友人の付き添いと言う形となった。