6−2 「うわああああぁん!寂しかったよおおぉぉ!」
前回の粗筋。
夜通し走りまくった大五郎と野田が辿り着いたのは、キャンプ場にも使われる山の雑木林だった。
そして獣道を通った更にその奥に、祠を発見する。
祠の中には、なんと相川が丸まって眠っていたのだった……。
祠の中で眠りについていた相川は心配させてくれた割には、随分と穏やかな寝顔を俺に披露してくれた。俺は少し躊躇いつつも祠に手を突っ込んで、眠る相川の肩に手をかけて、前後に揺すった。
「おい、相川!無事か!」
「んむぅ……誰ぇ?」
うっすらと目を開いた相川は、いつものハキハキした口調とは真逆の舌ったらずな寝ぼけ声を挙げつつこちらをボーッと見つめる。そして何故か手を伸ばして俺の顔をペタペタと触り、そのまま再び目を瞑って眠り始めた。
よくこんな所で二度寝なんてできるな、コイツは。なんか心配してた俺がアホらしくすら思えてくる。
「起きろっつってんだろうが!」
「ふみゅぅ!」
前髪を持ち上げてオデコとビシバシ叩いてやると、相川は妙な声を上げながら再び目を開けるが、未だにその目が茫洋としているので、今後は指で瞼を無理矢理持ち上げてやる。そこで漸く意識が覚醒したのか、相川は三たび奇声を発する。
「んぐぁ!……痛い痛い痛い痛い!」
病人に鞭打つ真似はしたくなかったが、こんなとこで寝かせておく方がよっぽど不健康ってもんだろう。多少キツくてもさっさと起きて貰いたかったんだ。だからあんまり俺を睨むんじゃない。
「……ん?あれ?……シッキー、なの?」
「お前には、俺が森の神様にでも見えるのか?」
自分を痛めつける者の正体を漸く悟ったらしい相川が、キョトンとした表情で俺にそう尋ねた。その声は酷く枯れ果てており、ここまでの道程が決して楽な物ではなかった事を物語っている。
暫く相川が目をドングリみたいに丸くして俺を見つめる間、俺は黙ってその視線に耐えていた。たっぷり十秒もそうした後である。
相川が、祠の中から思い切り飛び出して、大粒の涙を流しながら俺に抱きついてきた。
「うわああああぁん!寂しかったよおおぉぉ!」
「ぐおぉ」
突然のそのタックルに、俺は反応出来ぬまま仰向けにぶっ倒れる羽目になり、さらにそこに相川のボディプレスが襲いかかってきた。
別に体重がどうとか言うつもりは無い。柔らかい土質のお陰で、後頭部や背中に怪我を負う事だって無かった。だが、せめて肘を立てないでほしかった。
期せずして全体重が乗ったエルボードロップをもろにみぞおちに喰らってしまったこの俺の苦痛は筆舌にはちょっと尽くし難いと言わざるを得ない。暫く呼吸困難で喋る事も出来ず、相川にそこをどけと言う事もままならなかった。
……あれ、なんだろう。デジャブを感じる。前に最後に相川に会ったときも、こんな風に何故か身体を密着させる事態が起こっていた様な。そして、あの場を茶香子に見られてたんだっけ。お陰で大変な目に遭ったんだ。
……だがしかし、今この場にいるのは大五郎だけだ。
後の三人も着いて来れていない以上、この場所を見つける事は不可能だ。
早くアイツらにも知らせてやらなきゃならないけれども、だ。優先順位を取り違えては行けない。彼女は今泣いているのだ、無理に引き剥がしては可哀想じゃないか。むしろ背中に手を回して抱きしめてやるのが人情ってもんだろう。周りに人が居ないのは僥倖と言う他ないだろう、この場合。こういう風に女性と身体を密着させる機会ってのに巡り会う事は滅多に無い訳で、もう少し女の子の感触ってのを楽しんでもバチは当たらな……。
「確かこっちの方だったよ……う、な……」
「あ、大五郎先輩だ。それに識……君……?」
「……真見、それに、野田……お前ら」
やはり神の住まいの目の前でこのような不埒な行為を行なった者は、例外無く処罰される運命にあるらしい。頭の上の方から声が聞こえたと思って顔を上げたら、不思議な光景が俺の目に飛び込んできた。
実先輩と茶香子と剛志の三人が、こちらを何とも言えぬ冷めた眼差しで見下ろしていると言う不思議な、それはそれは不思議な現実が。四人、口にチャックがくっついたみたいに沈黙。三人から見たら、俺と相川がお互いを強く抱きしめ合いながら地面に寝転がっているように見える筈である。
俺の胸の上で未だに泣きじゃくる相川の声だけが、妙にクリアに耳に残っていた。
最初に口を開くべきは俺だったと気がついたのは、実先輩が溜め息をついて目を背け、剛志が顔を赤くして拳を振り上げ、茶香子が目に涙を浮かべた頃だった。