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−1−2 「やれるもんならやってみろって、野田君が言ったんだよ?」

 入学式の日の夕方頃の話である。

 俺は推薦枠で期待の新人として投入された野球部に、適当に挨拶をしに行き練習には参加せず早々に帰宅して、夕飯までのしばしの間、惰眠を貪っていた。

 事件が起きたのはその時であった。窓の外から赤い光がチカチカと光って見えた。救急車やらパトカーやらのランプである。

 近くで事故でもあったのか、と二階にある自室のカーテンを開けて外を窺うと、パトカーが止まっているのはウチのすぐ前だった。

 お向かいさんで事件でもあったのだろうか、と、今にして思えば何とも呑気な思考でボーッと回転するパトランプを眺めていると、我が家のチャイムが来客を告げる。お袋が出るだろう、と思って再びベッドに身を投げた直後。


 バタバタバタ!


 一階から大きな物音が聞こえて来た。複数人の足音である。段々その足音が大きくハッキリ聞こえるようになったのは、どうやらこの部屋に近づいて来ていたからであったらしく。


 バタン!


 電気を消して薄暗かった俺の部屋に、廊下の明かりが差し込んだ。

 その時の恐怖は、筆舌に尽くし難い。

 見た事の無いオッサン数名が、警察手帳と逮捕状を突きつけながら部屋の戸を破って突入してくるのだ。戸惑いや驚きなんて感じる事はない。ただ、一体何があったのか状況を把握出来ない事の恐怖だけが。

 俺の身体をベッドに縫い付けるように硬直させていた。


「一緒に署まで来てもらおう」


 数名のオッサンのうち、一番老けた男がそう言った。リーダー格なのだろう。完全無欠に意味不明だった。


「……な……ん、で……?」


 何とか開いた口が発する事の出来たのは、三文字が限界だった。何を言えばいいのか分からない。どう言えばいいのか分からない。何から聞けばいいのか、分からない。

 警官二人が手袋をした手を伸ばして来た。俺の身体を拘束しようと掴み掛かってくる。分からないだらけの中で、俺の思う事はただ一つ。

 俺にとって良からぬ出来事があって、危険が迫っているらしい事だけが、俺には理解出来た。

 その危機感が俺の身体を動かした。


 バリーン!


 二階の窓を破って飛び降りるとは、我ながら中々の無茶だとは思ったが、この際足を怪我しても仕方ない。

 一階の屋根瓦を一枚割ってしまいつつも、その上を経由して、家の石垣のすぐ前にあるパトカーに狙いを定めて足を付いた。

 車体が大きく揺れた。中にはまだ警官が居て、何事かと窓から顔を出していた。俺はその顔面を踏み台にして、家を囲む十台近いパトカーの群れを一気に飛び越えた。足の裏にアスファルトの堅い地面が襲いかかる。強い衝撃に多少の痺れを感じるが、走るのには全く問題無い。


「逃げたぞー!追えー!」


 俺は一旦振り返る。先程口を開いた老年の刑事が、俺の部屋の窓から顔を出していた。パトカーは見える範囲では三台、警察官は五人。あとはまだ家の中だろう。

 撒くなら今だけだ!

 パトカーがサイレンを鳴らす。躊躇している時間はない。俺はパトカーの入れない狭い路地道が無いかどうかを必死で思い出しながら、日の沈み出した住宅街を、上下スウェットに裸足と言う情けない格好で駆け出した。







 今程この体力に感謝した事は無かった。

 追いかけっこが始まった直後に、俺は背の高い石垣の多い近所の高級住宅の庭をあちこち飛び回りつつ、夕方で人通りの残る商店街を目指した。俺の立体的な逃走経路に着いて来れる体力を持ち合わせる警察官はいなかったようだ。

 警官隊はすぐに俺を見失い、今俺の目の届く範囲にパトランプの赤い明かりは見えてこない。

 俺は青いポリバケツが大量に並ぶ、商店街の中でもやる気が無くて不味さに定評のある中華料理屋『興龍』の裏にいた。

 営業時間まっただ中であるが、元々客が殆ど居ないため、人がこの辺りに来る事はまず無い。座り込んで足の裏の様子を見ると、切れているものの大きな怪我ではなかった。個人的な触診だが、ガラスや石片も入っていないように思える。

 溜め息をつこうとして初めて、自分が久しぶりに息切れを起こしている事に気がつく。呼吸を整えつつ、今の状況を整理しようと思ってすぐに諦めた。

 何故俺は警官に追われているんだろうか。

 俺は今まで真面目に生きてきた、と個人的には思っている。万引きはおろか、殴り合いの喧嘩すらやった事はない。立ち小便だって遠い昔の記憶だ。なら何故?それも、どうして俺一人を捕まえるのにあれだけ大量の警官が我が家に訪れたのだ?


「中々やるわね、野田君」


 背後から声がした。慌てて辺りを見回すと、ポリバケツの一つの中から金髪の少女がこちらを見上げていた。それは昼間出会った、はた迷惑な放送で俺を呼び出した謎の金髪色黒の子供であった。少女はポリバケツから這い出て、俺の前に腰に手を当てて仁王立ちし、ニヤリと口元を歪めた。


「この手を使うのは久しぶりだけど、ここまで逃げ仰せたのは貴方だけだわ。

 流石の体力自慢、と言った所かしらね」

「……この手って……お前、まさか……。

 大体、何でここに……」

「野田識。平成X年十月十日生まれ。男。餅米幼稚園卒園後、腰光小学校入学、同校卒業。

 天才的な運動センスと体力を活かし、天他格中学時代、数々の運動部にて助っ人として呼ばれ、輝かしい成績の数々を残すが、賞状やトロフィーは全て中学校に寄贈している。

 学業の成績は芳しくなく、今日に至るまで学年の底辺から抜け出した事はない。

 また、幼少期よりその異常な運動神経に目をつけた各研究機関から執拗な誘いを受けている。

 ……ふむふむ、中々波瀾万丈な人生を送っているわね。

 ほー、初恋は四歳。幼稚園の浜崎先生相手か。ませてんなー。

 おっと、七歳までおねしょしてたんだって!こりゃ恥ずかしいわねー」


 俺の質問を無視して手にしたペラ一枚のプリントを長々音読している彼女は、俺の驚愕顔を見てカラカラと楽しそうに笑った。俺の本人すら覚えていない様なプロフィールを目の前で読む女の子に、俺は先程にも勝る恐怖を覚えていた。

 目の前の少女は、きっと人間ではない。化け物なのだ。突拍子無い妄想だが、俺は疑わなかった。声の震えを隠す事も忘れて、俺は彼女に問うた。


「お、お、お前は……一体何者だ!」

「……私はただのお嬢さんですよー。小学生の、ね」

「ふざけるな!ただの小学生がそんな……」

「今日言った通り。私は貴方の先輩で、万能人材派遣部の部長よ。

 さて、薄々気づいてると思うけど……今の君の国籍は南アフリカ共和国にあります」

「……は?」

「やれるもんならやってみろって、野田君が言ったんだよ?」

「えぇっと……」


 そう言えば、昼間のやり取りにそんな会話があった様な気がしないでもなかったり……。

 つまり警官に追われているのは、そのせいなのか?でも、普通は大使館から通達とか来ないの?……日本に南アフリカの大使館があるのかどうか分からんけど。

 数々疑問は上がるものの、今聞くべき事はそんな事では無い。


「あれ、マジだったの?」

「私、嘘付くのは嫌いなのよねー。だからこれから言う事も全て真実です。

 君は現在、南アフリカ共和国の人間です。日本には密入国した事になりました。

 ついでに架空の人間の殺人も犯した事になってたりします。ってかまーそっちが本命だけど。

 つまり今の貴方は重罪人なのです。だーから警察のみんなも必死なんだよねー。

 さて、私は今ここに居る状況から分かるように、警官なんかよりよっぽど追跡が上手です。

 この地球上、いや例え宇宙に逃げても私から逃げる事は不可能でしょー。

 このまま警察に通報してもいいんですが、私に今そのつもりはありません。

 それどころか、私の機嫌次第では君を無罪放免にすることも、君に日本国籍を与える事も出来ます。

 どうしますか?」

「どうしますかって……」


 俺に罪を着せたのも国籍を奪ったのもお前じゃねぇか。どうしますか、も何も俺が今この状況において理解したのはたった一つだけ。

 今この少女の機嫌を損ねる事があれば、確実にお先真っ暗な人生を送る羽目になるという事だけだ。

 少女は俺が黙っているのを、俺が理解出来ていないと勘違いしたようで。


「鈍いなー。私の部活に入れって言ってんのよ。早くしないとここに警察呼ぶよ?」

「……野球部の方はどうすれば?」

「そんなん知らないわよ。自分で何とかしなさい。ほら、早く!私の指が0を押してもいいの?」


 携帯電話に11とだけ入力した状態の画面をこちらに向けて、少女は頬を膨らませた。

 ここは道が細い上に、背の高い建物に囲まれている路地だ。片方を塞がられると逃げ場は無い。俺は彼女に従わなければここに駆けつけた警官達に殺人密入国者として扱われ、後日然るべき処罰を受ける事になるであろう。

 これって完全に脅迫だよな、と思いつつも、俺は諦観の心境にて首を縦に振った。


「ちゃんと口で言いなさい」

「俺は、そのナントカ部に」

「万能人材派遣部、ね」

「万能人材派遣部に入部します……」

「やった♪じゃー、この入部届けに判子押して?」

「……そんなん持ってねぇよ」

「んー……。しゃーない、血判でも何でもいーや」

「……もうどうにでもなれ」


 俺は左手の親指の皮を歯で噛み切って血をにじませ、入部届けに叩き付けた。

 これが俺がこの謎の部活に入部した経緯である。

 ……よく分からん?俺もだ。






 それから俺は部長に追従して、色々な部活に顔を出す羽目になってしまった。どうやらピッチャーとして即戦力に起用される予定だったらしい野球部に退部届けを持っていった時は、申し訳なさに思わず土下座してしまったが、丸坊主の先輩方曰く『桐生なら仕方ない』そうだ。

 ○○なら仕方ないって、もはや諦観の究極系だよな。

 さて、それから一ヶ月半程の間、特に俺の活躍の場が無いとの事で俺は週に二度程、いつ行っても部長しか居ない部室に顔を出してそこに置いてある漫画読んで帰る、と言う無気力学生の典型のような生活を送っていた。

 キツネにでもつままれたんじゃないかと疑い始めていた頃、ようやく俺の出番が訪れた。それ即ち、今回のテニス大会である。

 つい昨日その知らせを受けた。大会一日前である。

 その時の部長の、悪びれた様子が欠片も見当たらない台詞がこれだ。


「わりー、言ってなかった。明日越楠公園のテニスコートで大会やるんだ。

 それに出て、優勝して来なさい」

 

 もっと早く言えよ。

 部長の指令はエラくアバウトであったが、俺は唯々諾々と従う事にした。もう国籍がミクロネシアとかに変わるのは御免だし。そして今日、初仕事を終えて成果を桐生部長に報告した訳だ。

 これで漸く時間軸が現在に追いつく。今の俺は万能人材派遣部の新人部員にして、唯一無二の運動部助っ人エースである。

 こちらがご理解頂ければ、これ幸い。それ以外は、ま、どうでもいいかもしれないしね。

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