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5−6 「あまりにも……変だと思わない?」

前回の粗筋。


部室の掃除を終え、帰路に着く野田達に、二宮が声をかけてきた。曰く、相川が行方不明なんだとか。尋常でない彼の慌てぶりに、野田達は二宮の言う通り、『興龍』へと足を向ける。

 学校から『興龍』への道のりは、先日の松井先輩との件で知っていた。結局途中で剛志をロストした俺は、曖昧な記憶を頼りになんとか『興龍』の前に辿り着いた。既に他の三人は『興龍』の前で店の様子を、唖然とした表情で窺っていた。商店街では店を締めている所も幾つかある。時計を見ると七時半を回っていた。夕飯時、商店街の他の飲食店は何処も看板をライトで照らして、営業をアピールしている。

 この『興龍』に碌に客が入っていないのはいつもの事である。あるのだが……。


「これは……」


 『興龍』の有様を間近で見て、俺は空いた口が塞がらない程愕然としてしまった。

 『興龍』はつい最近まで、具体的に言えば間違いなく火曜日……俺と松井先輩が訪れた日までは営業していた。

 曇りの無い窓ガラスは綺麗に貼られていたし、壁紙だって鮮やかな色を保っていた筈だ。

 店の門構えだけはやたらと立派だった筈の中華料理店『だった建物』は最早見る影もない。俺は地面に散らばっていたガラス片を見つめながら、完全に言葉を失ってしまった。

 『興龍』は、まるで爆破テロの現場かなにかと勘違いしてしまう程、荒廃した全容を晒していた。

 達筆で読めなかった木製の看板は文字通り木っ端となって吹き飛んでいた。

 赤を基調としていた壁は、何度も何かを叩き付けたかのようなへこみが幾つも刻まれて、外装だけは美しかったこの店が、今や見る影もない。店の前で喧嘩……いや、戦争でも起こっていたかの様な荒れ果て具合だった。


「……うっ……」


 剛志と茶香子の間に立っていた実先輩は、身体を小さく丸めて地面にうずくまっていた。それに気づいた剛志が、実先輩の背中を黙って擦っていた。茶香子は店の門の前で呆然と佇んでいるのみである。……俺と同じだ。


「なんなのよ……これ……」


 ガラス製の店の扉は割れずにすんでいるどころか、鍵がかけられて閉まっていて、明かりは消えている。外から見る限り、二階も電気は点いていない。人の気配が無い事が外から見ても分かるほど、店付近だけは未だに若干の客足が残る商店街に於いて、明らかに浮いていた。

 そうして暫く驚愕の中で動けなかった俺達の中、一番最初に口を開いたのは実先輩だった。


「……ありがとう、ええっと……剛志君、でいいのかな?」

「え?あぁ、そう……です」

「もう大丈夫、大分楽になったよ」


立ち上がった実先輩は、地面に散乱する窓ガラスの大きな破片を一枚手に取って、マジマジと眺めた。


「嫌な予感が当たっちゃったな……」

「……実先輩、嫌な予感って?」

「そうだなぁ。……あ、八百屋のオジさん!ちょっといいかな?」


 実先輩は隣の八百屋に、先程の苦しそうな声とは裏腹な明るい子供っぽい声を掛ける。声を変えられた八百屋は大体五十代半ば程に見えた。黒い野球帽を被った普通のオッサンだ。

 その八百屋はしかし、何故か実先輩と目を合わせないように顔を背け、道を通りかかる主婦にキャベツを持って走り寄って行く。


「オジさーん、ねーってばー」

「………………」


 それでも実先輩は問答無用で八百屋に声を掛け続ける。親父の後を一歩一歩追いつめるようにゆっくりと歩み寄る実先輩と同じペースで、親父も距離をおいた。

 八百屋の親父は一瞬だけ実先輩含む俺達を見たかと思うと、終いには冷や汗を垂らしながら店の奥に引っ込んでしまった。無視された実先輩は、口だけをニヤリと歪めて、唖然としていた俺達に振り返った。


「あまりにも……変だと思わない?」

「あのオジさん、何か知ってるんですかね?」

「よし、しばいてくる」


 剛志が指をバキボキ鳴らしながら駆け出したかと思うと、実先輩は剛志の足を引っかける。

 剛志はバランスを上手くとって何とか体勢を立て直し転倒を免れ、実先輩を睨みつけた。実先輩は涼しい顔をしたまま、剛志を諭す。


「どうせ無駄さ。何も吐きはしない。

 それに、あのオジさんに吐かせるまでもなく、何が起きているかは大体分かる」

「……それって、まさか」

「剛志君はともかくとして……野田君と茶香子ちゃんなら分かるだろう。

 こんな派手にボコボコになってるって事は、店の前か、店の中で何かしら一悶着……いや、かなり大規模な『何か』が起きていることになる。

 それも、大きな音が発生してもなんらおかしくない様な出来事が。

 それなのに事件にすらなっていない。周りの商店の人間は口を閉ざす。

 警察なんて一切手をつけていないようじゃないか。

 常識的に考えれば、むしろここら一帯にKeep Outの黄色いテープが張り巡らされているほうが、よっぽどまともな光景とだと思うね。

 もっと言えば、真見ちゃんは風邪で休んでいる筈だろう?

 なのに店はこんな風に……廃墟と化している。こんなものを見せられた人間にとって、彼女がここに居ないのは自明の理だろう。

 だが、今まででその事を口にする者はいなかった。

 誰も……彼女の友人、知人、親類、関係者全て、誰も、ね」


 実先輩は溜め息を一つつき、言葉を続ける。

 もう止めてほしかった、と言うのが俺の本音であった。

 分かってる。分かっているから、もうそれ以上は言わないでくれ。

 俺の悲愴な願い虚しく、実先輩は言葉を続ける。


「さて、このあまりにも不自然な状況。

 成り立たせるには絶対不可欠な要素を、ボクは知っている。

 即ち、ここから導かれる結論はたった一つだ」


 いくら俺の頭が鈍くても、流石にそれくらいは分かる。

 こんなあまりに異常な事態が平然とまかり通っている、なんてことはこれまで何度か見てきた。いや、正確には今年の春から何度か、である。そして俺自身だってつい最近世話になったじゃないか。完璧に復元されたあのサッカー部の部室が、ふと脳裏をよぎった。

 しかし、理解が出来ても納得は行かない。どうして……どうして相川みたいな普通の人が狙われなきゃなれないんだ?

 それに、どうして……?


「隼弥がこの事件に関わってるって事だ。それも……加害者側に、ね」


 どうして桐生部長はこんな酷い事してやがるんだよ!?

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