5−5 「真見が……い、いなくなっちまった……」
前回の粗筋。
部室を掃除していると、桐生の幼少期の写真を収めたアルバムが出てきた。
実先輩は、そのアルバムの一枚の写真から強烈な思念を感じ取る。
彼曰く、桐生の両親は既に他界しているとの事だが……。
その後横になったまま眠ってしまった実先輩を起こして掃除を手伝わせ、何とか下校時間までに清掃は完了、その日は解散となった。一番星が輝き出した夕闇の中を、校門を目指して三人で歩いていた。
実先輩は如何わしいと言うか怪しげな分野に精通している割には、実際の所、かなり平凡な高校生然としていた。テレビ番組の話でも、話題の歌手の話でも振れば大体何でも返ってくる。
「でさ、ボクは止めろって合図してんのにそいつ気づかないでさ」
「剛志もよくやってたな、それ。授業中なのに延々と漫画読んでばっかで」
「へぇ、剛志君って案外不真面目なんだね……」
「ここからがおもしろんだよ!先生に注意されて、そいつなんて言ったと思う?」
この妙な姿の先輩が、存外普通の人である事に驚きつつも、雑談に耽っていたまさにその時。
「野田!」
不意に後ろから男が俺に声を掛けて来た。
振り返った先にいたのは、肩を上下に揺らす剛志だった。サッカー部の方は休むって連絡してあった筈なんだが、何の用だろう?しかし、どうも様子がおかしい。何か慌てているようにも見える。
汗だくになりながら這々の体で駆け寄って来た剛志は、たっぷり二十秒かけて呼吸を整え、顔を上げた。
「どうしたんです?そんなに慌てて……」
「あぁ、木下さんか……それにそっちのは……」
「ウチの部の先輩だ。それより剛志、なんなんだよ。
お前がそんなに慌ててるのなんて中学の体育祭にサッカーが無いとか言って生徒会に突貫した時以来じゃねぇの?」
「違う!もっと大変な事が……ええと、何から言えばいいんだ!?とにかく、大変なんだ!」
全く要領を得ない剛志の言動に、俺はすっかり参ってしまう。何がどう大変なのかをハッキリさせてくれないと、こちらも対応の仕様がないぞ。
「深呼吸してみ。……そう、それをもう二回…………落ち着いた?」
「あぁ……すまん、気が動転してて……」
「で、何があった?」
剛志の事だからサッカー部関連の事件だろうと予想をつけていた。主要メンバーが練習中に怪我をしたとか、マネージャーが部を止めるって言い出したとかだろうと高を括っていた。
しかし、呼吸を落ち着けて尚慌てふためいた様子の剛志から発せられた言葉は結局意味不明なまんまだった。
「真見が……い、いなくなっちまった……」
「……は?」
真見ってのは相川真見の事だろう。生憎それ以外の真見さんは存じ上げない。しかし、いなくなったってなんだ。今日はアイツは元々病欠だかなんかじゃなかったっけ?
茶香子がそれについて、正確な情報を提供してくれた。
「真見ちゃんは今日も風邪だって先生も朝言ってたよ?
昨日今日と二日連続で休んでますし、ちょっと心配ですね」
「そうだなぁ。明日あたり、見舞いにでもいくか」
結局火曜日に喧嘩別れしてから、謝る機会が無かったんだよなぁ。季節の変わり目は身体が弱るから気をつけなきゃいけないってのに。きっと新聞の記事作りに夢中で、睡眠時間を削ってたりしたんだろう。熱心なのは良い事だが、少しは自重しないとな。
……なんて呑気な考えをよそに、剛志はワナワナと身体を震わせて言った。
「俺も……まぁ、ぶっちゃけちまうと練習終わってから見舞いに行ったんだよ、ついさっき」
「え?お前ら別れたんじゃねぇの?」
「そ……それとこれとは別だよ。タダの友達に戻っただけだ、ってんなのどうでもいい!
見舞いに行ったんだけどよ、あの店が、『興龍』が……」
「……『興龍』が?」
「……言っても信じてくれそうにねぇ。着いて来てくれ!」
そう言って俺達に背を向けて、全力疾走で走り出す剛志。
着いて来てくれって、お前、速!駆け出した剛志の背中は見る見る内に遠ざかっていく。急がなければ見失ってしまいそうだ。俺はともかく茶香子達は……。
「バイクとってくるわ!どうも剛志君、様子が変よ!
真見ちゃんに何かあったのかも!実先輩は!?」
「……嫌な予感がする。OK、ボクも行くよ」
二人は校門側ではなく、自転車小屋の方に走り出す。……バイクなんかあったら怒られそうだけど。
細かい事を気にしている余裕はない。そうこうしている内に剛志はすでに随分遠くまで行ってしまっている。茶香子のバイクに三人乗る訳にも行かないから、俺は急いで剛志の後を走って追う事にした。