5−2 「まぁ、降霊術とか黒魔術とかチャネリングとか」
前回の粗筋。
サッカー部の朝練に参加した野田は、今日一日を平和に過ごせる貴重な木曜日を信じて疑わなかった。
放課後、更衣室で着替えていると、学先輩がやってきて、仕事があると告げる。
その仕事と言うのは、他部への派遣ではなく部室の掃除であった。
「ごめんね、茶香子ちゃん、実先輩。待たせちゃったみたいでさ」
「あ、お帰りなさい、学先輩!」
「よぅ、お帰り」
パンツ一丁じゃなくて本当に、本っ当に……良かったぜ。部室の中では既に茶香子と他一名の男子生徒が部室の掃除を行なっていた。ハタキを持って棚の上を払っていたのは、三角巾を被った茶香子。もう一人は棚の本を整理していたのだが。
他一名ってのがまた妙ちきりんな容姿をしている。
この学校の制服を着ているの以外は全部違和感を覚えてしまうような姿だ。掃除中で背を屈めているが、それでも分かる程背が低い。贔屓目に見ても茶香子よりは間違いなく小さい。全体的な身体の線も細く、男子生徒の服を来ていなければ少女と見まごうばかり体格をしている。顔立ちも丸顔で童顔、目もクリクリしていて性別不詳と言われてもおかしくない中性的な顔立ち。部長程ガキには見えないが、『この春中学生になるんです』と言われても全く違和感が無いくらいの子供っぽさ。
んでなんつーか、肌が青白い。病人って言うか最早……言っちゃ悪いが死人レベルの顔色だ。ついでに言うと、いやこっちの方が特筆すべきかも知れないけど、髪の毛が青い。肩くらいまでの長さの髪が、真っ青なのだ。黒が交じってるとかそんな生易しいレベルではない。それこそゲームかアニメで出てくるような青色だ。青ってお前、どこのRPGの出身者だよ。しかも青は青でも水色に近い、スカイブルーである。やべーよ、この人……。痛い人かDQNのどっちかだよ。かかわり合いたくねー。
「どうかしたかい?」
「へ!?な、何でもないっす!」
声変わり前の少年の様な声が俺に問いかけた。……マズい、口に出てたかな。
「あんだけジロジロボクの髪見てりゃ、嫌でも気づくって」
「いや、まだ何にも言ってないんですけど」
「おぉ、実先輩、今日は青ですか」
「今日のラッキーカラーは青だ。証拠にほら、靴下も青なんだよ」
「あ、本当だ。兎のワンポイントだぁ……カワイイですね、先輩!」
「へへへ、茶香子ちゃんに言われるとなんか照れるな……」
自慢げに、そして楽しそうに水色の女物の靴下を惜しげも無く披露する。そして学先輩も茶香子も、その青髪の少年と何の違和感も無く楽しげに談笑を繰り広げている。
……なんなの、この人達。と言うか、茶香子はなんでこんなに溶け込んでるんだよ、この人と。
「あの、学先輩?」
「どうした?」
「あの人、誰ですか?」
二年の学先輩よりの先輩って事はこの人は三年生で、この部長のアジトで掃除を行っているので助っ人部の部員である事に違いなさそうだ。見た目こそ中学一年位に見えるが、部長と言う前例を目にしていた俺は人間の外見情報の信憑性の低さを既に痛感していた。他に俺が知る事の出来る情報は、名前が実だって事くらいか。
俺の小声が聞き取られたのか、青髪の少年がこちらに向き直って自己紹介を始めた。
「茶香子ちゃんにはさっき自己紹介を済ませてたんだけどね。
君に会うのも初めてかな?ボクは三年の柳橋 実。
さっきからボクの髪を気にしているようだが、お察しの通り染めているよ。
元は黒かったけど、訳あって脱色をしてこんな色に……どうでも良い話だね」
学校的にはどうでもよくないだろ。髪脱色すると戻らないって聞いたぞ。実先輩は続けて自己紹介をする。
「隼弥とは何かしらの縁があったようで、この部活に参加させてもらってるんだ。
一応学や隼弥達の先輩だけど、部活の管理は全部隼弥がやってるよ。
ボクはそういうの苦手だしね。部を作ったのも隼弥だし」
「あの、それより今日のラッキーカラーとか何とか……って言うのは?」
「あぁ、そうだ。だから髪も靴下も青くしてきた。明日は赤だから赤に染め直しだよ」
んなことやってたら髪の毛死ぬぞ。この若さ、この容姿で禿げるのは、これが俺なら耐えられねぇよ。
「ボクだって禿げるのは嫌だけど、こうしないと霊力が保てないからさ」
「あぁ、そうで……ん?れ、霊力?」
さらっと日常生活に於いてまず耳にする事の無い単語が先輩の口から放たれた。
今この人、霊力とかなんとか言った?
「霊力ってあの、アニメやゲームや漫画やらに出てくる超能力みたいなやつ?」
「ちょっと違うんだよなぁ。どう言えば伝わるか……」
「識君、霊力ってのはスピリチュアルなパワーの事ですよ」
茶香子が得意げな顔でフォローを入れてくれる。だが、お生憎様、横文字は俺の苦手分野。理解を促すどころか逆に分かりにくくなったぞ。でもスピ何とかってテレビで聞いた事あるな。死者と会話したり、悪霊を追っ払ったりするような胡散臭さ満点の番組に出てた人がそんなの言ってたっけ。
「失礼な。あんな編集でどうにでもなるような奴らと一緒にしないで欲しいな」
「え?あれ、編集なんすか?」
「……おや、この本またあった。隼弥、何で二冊買ってんだろ、馬っ鹿だなぁ」
無視して何くわぬ顔で本棚の整理に戻る実先輩。そこは否定なり肯定なりしようよ。自信が無いならその話を振るな。俺の疑問が宙ぶらりんの投げっぱなし状態じゃねぇか。気になるっつーの。
「識君、あれって編集なの?私、結構マジになって見てたんだけど」
「……何で俺に聞くんだよ」
茶香子が掃除を中断して、何故か真剣な顔で俺に尋ねてくる。お門違いって言葉がまさにぴったりだな。餅は餅屋って言うだろ。餅屋がお前の隣にいるのに、なんで俺みたいなスポーツショップに餅買いにくるかね。当店ではそのような商品は取り扱っておりません。
「って言うか茶香子、お前オカルト信じてないんじゃなかったのか?
前にそんな話してたろ。なのにそう言う番組とかは見るのか?」
「ソレはソレ、コレはコレ」
「何がソレでどれがコレなのか原稿用紙一枚以内で纏めてきてくれねぇかな」
「信じてないからこそ、もし本当に心霊現象に出くわしたらって思うと怖いんです!」
茶香子は信じてるのか信じてないのかをまずハッキリさせる事から始めるべきだと思う。
喚く茶香子に追随するように、学先輩がフォローの言葉を挟んだ。
「野田君が怪しむのも無理はないと思うけどね、実先輩のはホンモノだよ。
彼は心霊現象からUFO、UMAや古今東西の占術や呪術にまで精通する、万能オカルトプレイヤーだ」
「へへん!すげぇだろ!」
実先輩はふんぞり返ってニヤリと不敵な、小型の肉食獣みたいな笑みを浮かべる。口から覗く八重歯がキラリと煌めいた。どことなく部長に雰囲気というか面影が似ていると言うか、何となくそんな気がしたが、あの人と違って実先輩には邪気が感じられない。きっとあの全方位含み笑いみたいな部長よりはマトモな性格をしているんだろう。
髪色こそへんてこりんだけど。
「オカルトプレイってなんですか?」
「まぁ、降霊術とか黒魔術とかチャネリングとか」
実先輩はそんな事を平然と宣って下さった。
真顔でこんな事言ってたら電波にしか思えないだろ?事実俺も電波にしか思えない。そもそも、心霊と呪術とか占術とかと、UFOやらUMAやらって、分野が一緒でいいのか?その時点で胡散臭い以上に、もはや嘘っぽいんだけど。
猜疑心を顔に出さないように作り笑いを浮かべていると。不意に後ろから肩に手を置かれた。妙に厚くて巨大なその手は無論学先輩のものだ。
「僕、昔占ってもらったんだけどね、恋愛運」
学先輩が嬉々とした声で俺に微笑みかける。何が言いたいかが一瞬で理解出来た。
「あー、はいはい。桐生部長とラブラブで良かったすねー」
「まぁそうだったんだけどよく分かったね、識君」
目を丸くして驚愕するこの大男の脳味噌の神経回路は正常に繋がっているのか?見てりゃ分かるわ。それに俺は知っているのだ。火曜の昼下がりに相川からもたらされた、学先輩と部長の関係ってのを。
「ついでに言えば、昼休みはオタノシミだったこともあるんでしょ?ね、センパイ?」
少しおどけて耳元でそう言ってやると、流石の鉄面皮の微笑みの皮も剥がれ落ちた。
顔を赤くして、珍しく慌てて、なおかつ俺に怒りを向けた様な表情。……あれ、もしかしてまずかったかな?
あまりに文量が多かったんで、適当な所で切った。