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4−4 「くそぉ……悔しいなぁ」

前回の粗筋。


剛志に呼び出された野田は、無駄に熱い茶番劇もとい熱い親友との会話を交わし、剛志が提示した真剣勝負を受けて立つ事になった。……木下、呆然。

「さてと、野田。

 お前は『お前がどれだけ頑張ろうとも、俺には勝てねぇんだよ』ってほざきやがったな」

「あぁ、でもアレは」

「今更どう言い訳をしようが、お前がその言葉を吐いた。それに変わりはない。違うか?」

「……そうだな。俺は心の何処かでそうやって思っていた」

「へ、随分と素直になったな。……さて、そうまで言われちゃ俺も我慢ならん。

 だから俺がお前に教えてやろう」

「何をだ?」

「思い上がりも甚だしい、って事をだよ」


 そう言ってポンポンと器用にリフティングしながら話をする剛志は、俺から少し離れた位置に居た。

 俺は今現在、サッカーのゴールキーパー用のグローブを嵌めて、学校のグラウンドに置いてあるサッカーゴールの前に立たされている。

 ……懐かしいな、この光景。

 俺の目に映るこの剛志との距離感は、随分昔、剛志にサッカーの練習に無理矢理付き合わされていた頃と何ら変わりはない。個人的にセピア色に褪せる程度には昔の話なんだが、俺は当時の事をハッキリ覚えていた。あの時は二人とも小学生で、今は民家が建ってしまった空き地でこうやって向かい合ったもんだ。

 他にも友達は沢山居たけど、俺達はいつも最後まで、日が完全に沈むまで二人で残って遊んでたっけな。

 ……いや、遊んだ、のか?


「昔はよくこうやって遊んでたよな」

「遊んでたって言うよりは、俺が虐められてた気がするけどな。

 PK戦の筈なのに、お前一度も球蹴らせてくれなかったじゃねぇか」

「そうだっけ?……いや、冗談だよ、そう睨むな。しっかり覚えてるよ。

 だからここは、また昔のように行こうじゃないか、野田」


 そう言って剛志は平で整備が行き届いているグラウンドにボールを置いて、足でそれを踏みつけて固定する。風で軽く砂埃が舞う中、他のサッカー部員がチラチラとこちらを見て、何事かと話をしている。

 ……お前、練習中なのにゴールの一角を借りれるなんて、よっぽど期待されてるんだな。


「シュートだけはU-21レベルって言われてんだぜ。そりゃ期待もされるっつーの」

「……なるほどな。合点がいったよ」

「まぁ、俺にはシュートしか能がねぇからな。パスカットも取りこぼしもしょっちゅうだしよ」

「ははは、確かにそうだろうな」

「……何気に酷い事言いやがるな、お前。まぁいい。

 昔からやっていた、お前がずっとキーパーで俺がずっとキッカーのPK戦だ。

 ルールは簡単。三本勝負の二本先取。

 俺が二回シュートを決めれば俺の勝ち。決められなければお前の勝ちだ。どうだ?」

「お前、本当にそのルール好きだな。

 いっそ、三本中一本でも入ればお前の勝ち、の方がいいんじゃねぇの?」

「それじゃ対等じゃねぇだろ。対等じゃなきゃ意味がない」

「自信満々だな……いいぜ、お前がそれで良いってんならな」


 そもそもこのルール自体、俺が不利な条件にしか聞こえないかも知れないが、実際はそうでもない。俺の対剛志戦の戦績はシュート防衛率100%。つまりコイツからは過去、一回もシュートを決められた事は無いのだ。

 中学に上がった頃からは剛志は部活で忙しかった事もあって、その遊びをしてはいないが、果たして今のコイツの実力は如何に。悔しがりで負けず嫌いの剛志に夜遅くまで付き合わされたのはそう言う経緯もあっての事だ。


「じゃ、行くぜ……」

「かかってこいよ」


 二、三歩後ろに下がった剛志の目を見る。……僅かに見える剛志の目が見るのは、ゴールの右側。であれば、と俺は右足に重心をかけて身構える。剛志の振りかぶった右足が、球を捕らえる。足に弾かれたその白黒の球は、真っ直ぐに、そして猛スピードでこちらに飛んでくる。

 風を切るシュルルル、と言う音が一瞬だけ耳に届いた。右側高め。それが剛志の狙いだった。かなりの速度でゴールに迫るボール。一般の高校生レベルを知らないけど、コレが普通だったらかなり恐ろしい役割だな、キーパーって。当たったら骨折れそうな速さだぜ。しかし俺は軽々と跳躍、悠々と追いつき、胸の中心で易々とキャッチする。


「おいおい、昔と何にも変わらねぇじゃねぇか」

「……へ、へへへ……相変わらずだな」


 投げ返したサッカーボールを足で受け取った剛志は、薄笑いを浮かべつつも冷や汗を垂らす。そしてすぐさまポジションに戻り、第二球を放つ準備をする。軽く足を振って、先程より気持ち右寄りに構える。剛志の目線は、今度は左側に集中する。俺は足の幅一つ分くらい、右に寄った。きっと剛志にも見えているだろう。

 だからこそ剛志は左側を狙ってくるに違いない。俺は顔に浮かび上がってくる笑みを必死で堪えながら剛志を見つめた。何てことはないじゃねぇか。俺にとっては、これも単なる作業でしかない。

 俺は半ば勝利を確信しつつ、剛志の合図を待った。


「……行くぜ、第二球」


 剛志が足を振りかぶる。俺はそれを見て左側に一歩足を進める。コレで終わらせるつもりだったが……それは叶わなかった。

 俺の胸に飛び込んで来る筈だった小さなパンダは、予想とは反対の、無人の空間へ一直線に飛んで行く。

 フェイントだった。左ばかり気にしていたのは、俺が剛志の目を見ていたのに気がついていた剛志が仕掛けた罠だった。安い手にまんまと引っかかったのだ、俺は。一本目、素直な挙動で飛んで来たあのボールは布石だったか。

 考えている余裕はない。慌てて反対側に跳躍する。弾速は先程より遅い。これならば今からでも間に合う筈だ。ぐいっと手を伸ばして、ボールに迫る。あと十センチ、五センチ、一センチ……。やった、届く……!と思った矢先、ボールはまるで意志を持って、俺の手に捕まるのを嫌がるように、俺の手の先を通過して行った。

 カーブがかかっていた。スピードを少し落とした分だけ、僅かにボールの中心からわざとインパクトをずらして軌道を歪めたのだ。目の前をゆっくりと通り過ぎて行くボール。続いて揺れるゴールネット、地面に横ばいに倒れる俺。虚しく跳ねるボール。

 そして聞こえてくる、剛志の喜びの声。


「……やった……やったぞ!」


 剛志は感極まり地面を踏みしめて、嬉しそうに何度も何度もガッツポーズを決めた。遠くで見ていた茶香子も唖然とした表情でこちらを見ていた。

 俺は何となく苛ついてしまって、拾ったボールを剛志の頭目がけて投げ返してやった。剛志はそれすらも軽く足を上げて受け止める。


「ほれ、早くしろよ」

「まぁそう焦るなよ、野田」


 そう言ってほくそ笑む剛志。ええぃ、初ゴールを決めたからと言って調子に乗りやがって……!まだポイントは1対1の同点だ。肩を並べただけで喜んでたら世話ねぇよ。今のは少し手を抜き過ぎてしまったんだ。来るコースを確信して、身体の力を少し抜いてしまっていた。元々スポーツの心得なんてない俺の慢心がこの結果を招いてしまったんだ。スポーツにおいて騙し合いなんて日常茶飯事。相手の裏をかいてこその勝利なのだって、誰か言ってた様な気がする。

 じゃぁ、俺はどうすればいいんだろうか。……何も難しい話ではない。

 俺は真ん中にドッシリと腰を落として構えた。元々大した小細工は使っていなかったが、この際もう一切のセコい手は使うまい。全方位、何処に球が飛んで来るのかを見てから反応して取る。それこそがスポーツ素人の俺らしいスタイルじゃないか。

今までのスピードなら俺は反応出来る。この広いゴールも、俺の脚力から考えれば守備範囲としては小さいくらいだ。そして真っ直ぐにボールを見る。もはや剛志の目は見ない。立ち位置もどうでもいい。アイツが何処を狙っているかなんか考えちゃいない。

 ただ、ボールだけだ。コレが何処に飛んでくるか、それだけが俺の問題になるのだ。

 ジッと構えているのを見て剛志も、俺が先程とは違う事に気がついたらしい。


「……野田、お前はそうやってるのが一番怖いぜ」

「来いよ。もう助っ人とかそんなのはどうでもいい。

 ただし次のキックは止めてやるよ。絶対に……確実にな」

「な……に……?……フ、フフフハハハ!そうかい。

 じゃぁ、行くぜ。泣いても笑っても、これが!」


 剛志の足が振りかぶられた。来る……!


「最後の一球だぁ!」


 そう言って剛志の放ったボールは、カーブや軌道の揺れも一切無い、一直線の直球だった。

 しかし、先二つのボールに比べても格段に速い。まるで台風かと聞き違うかの様な唸りを轟かせて、俺に稲妻の如く襲いかかってくる。まさかサッカーで豪速球、なんて言葉が思い浮かぶなんて思ってもみなかった。

 飛んで来たのは右側高め。入るかどうか怪しい程ゴールポストギリギリの位置だ。反応は出来た。俺は右脚に力を思い切り込めて、ゴールポストに頭突きする気概で跳躍を試みる。


 しかし……まさか、それが敵わないだなんて、予想だにしていなかった。運命とは意地悪だ。


 右脚に鈍痛を感じた。それは一瞬だけ俺の足の筋肉を石のように固く硬直させる。……昨日の怪我だった。それがこの刹那の瞬間にチクリと痛んだのだ。運動能力そのものには大した影響はない。しかし一瞬だけ痛みに気を取られたのがあだになってしまった。ジャンプが遅れる。手がボールに届かない。ボールは俺をあざ笑うかのように俺の指先を擦って、ゴールに吸い込まれて行った。

 世界中の音が止んで、時が止まったように感じた。

 体中に入りっぱなしだった力が急速に抜けて行った。俺は地面に身体を叩き付けられながらも、溜め息をついた。

 負け、たのか……。

 俯せで地面にキスをしながら、俺は敗北を噛み締めていた。


「……嘘だろ……」


 おい、剛志。自分で放ったゴールがそんなに信じられないのかよ。嘘じゃねぇよ、お前のシュートは綺麗に決まったんだよ。そう言ってやると剛志は呆然として開きっぱなしだった口を閉じて、全身をワナワナと震わせた後大きく飛び跳ねて俺にVサインを繰り出して満面の笑みを浮かべた。


「ほれ、見た事か!俺の努力が、俺の日々の積み重ねが!お前の才能を打ち破ったんだ!」


 それを俺に楽しそうに言うんじゃねぇよ、馬鹿。畜生、どうして今ここで足が痛むんだよ。


「畜生!もう少し……あとちょっとだったのに……!」

「ねぇ、どんな気持ち?

 『お前がどれだけ頑張ろうとも、俺には勝てねぇんだよ』

 とかクールに言っちゃってたのに負けちゃった野田君、ねぇ、どんな気持ち?」


 う、うぜぇ……!ゲラゲラと声を上げて俺を指差す剛志はそう言って、未だに立ち上がらない俺を見下ろしていた。


「くそぉ……悔しいなぁ」

「……え?なんだって?」

「悔しいって言ったんだよ!」


 それと同じ位に腹が立つけどな。どうせそれを種にまた俺の事を笑うのだろうと思っていたが、剛志は急に真面目くさった声を出した。


「悔しいって、思えたんだな。お前でもさ……」

「……なんだそりゃ?」

「スポーツを作業、とか言ってたお前でも、やっぱり負けると悔しいんだな」


 言われてみれば、どうして俺はこんなに悔しいんだろう。負けてもバックボーンがないから何も悔しがる事はないだろうに。……うぅん、でもやっぱり悔しいなぁ。もう少しで勝てたのによぉ。

 剛志は俺の表情を見てどう思ったんだろうな。まるで諭す様な爽やかな声で話を続ける。


「『後ちょっと』って所で負けると悔しいだろ、野田。

 でもよ、その『後ちょっと』を埋めるには、努力するしかないんだよ。

 俺の場合の『後ちょっと』はお前だった。

 ……ま、『後ちょっと』って言うにはちっと差が大きかったけどよ。

 お前からどうしてもゴールを取ってやりたいって思って、俺はサッカーにのめり込んでたんだよ。

 で、今漸く悲願達成だ」

「……そうかい」


 剛志は俺に手を差し出した。俺は素直にその手を取って立ち上がる。


「結局二点取られちまったな、お前」


 コレがリアルな試合だったらまぁ、確かに二点取られた事になるな。

 でもこれPKだぜ?PKってお互いバンバン決まるもんじゃないのか?


「なぁに言ってんだよ。バンバン決められんじゃ、お前に助っ人頼む意味がねぇだろ。

 大体、実際の試合はもっと大変だぜ?

 もみくちゃになったゴール前から、あらゆる角度、速度で球が飛んでくるか分からない。

 チームメイトの位置を常に把握して、指示を出すのもキーパーの役割だ。

 ……まぁ、流石に指示は無茶だろうから、お前には兎に角シュートを止めてもらうしか無いだろうけどな。

 でも、だ。今のままじゃ不安で到底お前にキーパーなんか任せられないな」


 ……そう言えば俺、負けたから次のサッカーの試合、助っ人として出なきゃならんのか。ところで大会って何時だ?来週とか言ってたけど。


「あぁ、そうだ。来週の日曜」

「選手登録間に合うのか?」

「実はもう選手登録でお前の名前入れてあるんだよね。

 いやぁ、危ない危ない。俺が勝てて良かったぜ」


 随分と危ない橋を渡ったんだな、サッカー部。俺が勝ってたらどうするつもりだったんだろうか。


「そん時はそん時だ」

「そんな簡単な話かよ。三年の引退がかかってるんだろ?」

「俺個人はまだ一年生だからな……なんて言ったら先輩に殺されっけど。

 でもよ、だだこねたってしかたねぇじゃん。無い物ねだりはみっともないぜ。

 第一、それはそれ、これはこれ。

 結果が全てだ。お前が結局助っ人に参加する事が決まった以上、失策の事を考えても無意味なんだよ。

 だからこそ、お前には何がどうなっても従軍してもらうからな」


 ボールを拾い上げて、剛志はきっぱりとそう言い切った。格好つけやがって。

 ……まぁ、確かに結果が全てでは、あるんだけどさ。


「約束は約束だ。何とかして部長を説得してみるさ」

「ん、頼むぜ。放課後からお前も練習に参加しろよ」

「もう好きにしてくれ。何だってやってやらぁ」


 剛志は背を向けて、部室へと帰って行く。俺はそれについて行くのが何故か少し嫌で、ゴールポストの前で突っ立って空を見上げた。最近になって背の高いマンションが増えてきた我が町で、こうやって視界全域が蒼空に染まる場所はあまり多くない。つい先程、屋上で見上げた空と一体全体何がどう違うのだろう。太陽が眩しいのも、日差しが暑いのもさっきと同じ。なのになぜだろう。

 少し、口元が緩んでしまった。


「識くーん、早くしないと昼休み終わるよー!」


 遠くの方で手を振る茶香子が、大声で俺に向かってそう言った。校舎の頂点に小ぢんまりとくっついている時計塔を見れば、確かに昼休みは後十分も無い。急がなければ一人体育着で午後の授業を受ける羽目になってしまう。ブレザーの中に一人だけジャージは目立つ。授業中の先生の的だろう。それは避けたいな。俺は先行く剛志と茶香子を追いかけるように、急いで駆け出した。


 剛志は今、ここで証明してくれた。

 努力は才能に勝ると言う事を、身を以て俺に教えてくれた。

 俺の心の雲は、いま頭上に広がる青空と同じように……いや、それ以上に綺麗さっぱり晴れ晴れとしていた。胸の空く様なそれはそれは心地よい清々しさが、俺の心に波紋のように広がっていった。


……ついでに少し腹も空いた、なんて言ったら、台無しかな?

青春らしい青春はここで終わるので、今のうちに青春分を放出しておいた。

ここから暫く、妙な話がバンバン続く予定。

段々方向性が曖昧になってくるのもこの辺りから。

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